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Missing Never End  作者: 白田侑季
第7部 夢想
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K汰 - 絶えて雷嵐




 ふいに頭上に影が差した。


 一拍の間もなく、ズンッ、という大きな衝撃と共に黒い影が──"羊"に抱きかかえられたリズが落ちて来た。


「リズ……?」

「アラ、キティちゃん! まだみんな居たのネ!?」


 優雅な仕草でスルリ、と"羊"の腕から降りるリズ。いまだ横になったままのトリや、疲れ切ったぼくらの状況を焦りを含んだ表情で瞬時に見回している。「……悪いケド話はあとヨ。イマは早く、」


 そうリズが言うが早いか、再びズンッ、という衝撃音が。


「────おや、トリさんは惨敗かい?」


 ……次の瞬間、視界が暗くなる。


 映ったのは髪。髪。髪。


 一面の髪の毛が視界を覆う。張り巡らされた髪が網のように、巣のように暗闇に広がって、瞬きの間に、ぼくの顔まで、鼻先まで、


 ぼくは思わず、目を閉じて、


 ──バキッ


 鈍い音。けど何かが壊れたわけじゃなかった。その音はまるで、空間そのものが何かを弾き返したような。


 うっすら目を開ける。圭が片手でぼくを庇うように抱えながら、もう片方の手を真っ直ぐ突き出している。圭が異能で守ってくれたんだ、とゆっくりと理解した。圭の異能──【破壊】じゃない、【拒絶】の異能。


 それとは別にノアが、ぼくと圭を守るように脇から襲おうとする髪の毛を振り払ってくれていた。


「おっとっと……、メグちゃん平気?」

「う、うん……」


 あまりに急なことに焦りつつ、何とか答える。そのままノアの肩越しに見えたのは。


 髪を周囲一帯に広げたカル。


 そのカルとぼくの間を遮るように立つノアやリズ、マキハルに、ミヤトの"羊"たち──みんなの背中。


「君等さぁ」溜め息混じりに肩をすくめるカル。「本当に過保護だよねぇ。いや、過保護通り越してもはや信者だね。そんなモノにご執心だなんてさ」


 ハッ、と隣の圭が歯を剥き出して嘲笑う。


「んだよ、ブーメランか? あんたこそ随分こいつに固執してんじゃねえか。奇襲しねえと勝ち目がねえ、っつってるようなもんだぞ」

「いやいや、君ほどじゃないさK汰。それに僕のは"固執"じゃなくて"後処理"。ほら、立つ鳥跡を濁さず、って言うだろう? 自分で蒔いた種は自分で収穫。ましてやゴミ処理なんて、」


 けれどカルはそこで笑顔を引っ込めた。


 ──みんなが、一斉に動いたから。


 マキハルが一瞬にして身体を花びらへと分解する。薄桃色の花びらの嵐が夜の闇の中を舞い、張り巡らされた無数のカルの髪の毛の間をすり抜けていく。


 そんなマキハルの動きに合わせるようにリズとノアも駆け出した。一直線にカルへと向かっていく。2人を追うようにうねるカルの髪を、追随するミヤトの"羊"達が盾となって防いでいる。量は多いけど、それでも髪の毛に変わりはない。コンクリートで出来た"羊"達の質量には敵わない。絡み付く髪の毛も"羊"達は気にすることなく、ノアとリズへ向かないよう的確に捌いていく。


 けれどカルの異能も凄まじかった。視界を埋め尽くすほど広範囲の髪の空間は圧倒的で、進むのをためらうほどだ。躱しきれないくらいの髪の量に一瞬リズがたじろいだように進路を変え、その躊躇いをカルは見逃さなかった。瞬き一度の間にリズの足首へ、手首へ、そして首元へ髪先が巻き付き、あっという間に縛り上げてしまう。


「リズっ……!!」


 ぼくが叫ぶ間にも、リズに絡みついた髪はどんどん絞まっていく。リズの肌に髪の毛が喰い込んで、


 でも次の瞬間、空気が揺らいだ──圭が腕を振ったのだ。揺らいだ空気はそのまま、リズを縛る髪の毛をブチッという音とともに勢いよく引き千切った。


 圭はそのまま射殺すような目をしたまま、人差し指と親指で銃の形を作って、その指先をカルへと向ける。指先の空間はひずみ、ねじれ、圧縮され。


 ドンッ────!


 重たい何かが吹っ飛ぶ音。圧縮された空間がカルの耳元を掠めた。近くに張り巡らされていた髪の毛をも貫通して、一線。カル本人には当たらなかったけど、その後ろにあったビルの外壁に巨大な罅が入る。


「ヒュウ!」


 あと少しずれていたら直撃していたはずなのに、カルは軽やかに口笛を吹く。「まったく、君の【破壊】の異能は応用が利きすぎだ。末恐ろしいよ」


 ざわざわと髪を蠢かせて、カルは笑う。そしてそのまま踵を返そうとする。


「でもまあ今晩はこの辺でお開きとしようか。面倒な野次馬も来そうだし、残念だけど、」


 けれど、カルがそう言うが早いか、今度はリズがすぐさま口を大きく開け、甲高い一声がカルへと飛ぶ。その余波は離れているぼくや圭にも届くほどで、ぼく達に向けているわけじゃないのに鼓膜がキーン、と痛んだ。


 リズの一声を避けるためか、カルは新たに伸ばした髪を背後の樹まで伸ばして、瞬時に後方へ飛んだ。リズとカルはさっきまで近くの屋上で戦っていたはず。たぶんカルも、リズの攻撃の避け方に慣れたんだと思う。直撃は避けたみたいだった。


 難なく避けたカルに、けれど今度はマキハルの花びらが追い付いた。両手だけ実体化したマキハルがすぐさまカルの襟元を掴んで、カルが一瞬バランスを崩す。それに続くようにノアが濁流のような髪を掻き分けて、カルへと突進した。


 すごい。リズの声による足止め。そこから畳みかけるようにマキハルがすばやく妨害、傷付かないノアが全てを振り切って、軽やかな足取りで一瞬にしてカルの懐へ潜り込んだ。全てが息する間もなく、流れるようで。


 絡み付く髪束をものともせず、ノアがふわり、と構えた拳がカルの頬をめがけて振り下ろされる。


 ────でも、




 ビリッ




 ……それは、想像していなかった音。


 重たい音でも、固い物がぶつかるような音でもない。引き千切れるような音でもない。トリが膝蹴りされた時とも違う、もっと別の。そう、まるで、


 まるで()()()()()()、みたいな。


 カルを凝視する。その口元が嬉しそうに、楽しそうに歪んでいく。


『────ハハッ、良い表情(かお)をありがとう、君等に感謝しなくちゃなぁ!!』


 そんなカルの姿に、息を呑んだ。


 ────メグだ。唄川メグがそこにいた。


 もちろん唄川メグ本人じゃない。薄水色のセーラー服。青い髪。青い瞳。でもメグじゃない、異能によって変身したカルだ、それは分かる。


 でも、なんで。なんでこのタイミングで。


 さっきまで至る所に伸びていたカルの髪の毛も一瞬にして消えた。暗い夜に沈んだ公園はまるで何事もなかったみたいに静まり返って、ぼくらだけが必死な表情のまま、取り残されたみたいに立っていた。


 髪に覆われた狭い景色から一転、急に開けた視界に戻ったことで、ノアもマキハルも動揺したのか動きを止めた。ぼくらもすぐには動けなかった。


 その隙をカルは見逃さなかった。


 マキハルの両手を振り切って、流れるような仕草で身を翻して跳躍。再び髪の毛を伸ばして、少し離れた場所にあった背の高い街灯の上に着地した。


『いやぁ、やっぱり本気出した異能者ほど怖いものは無いね。もう"1枚"削られるなんてさ』


 さっきまでの戦いの影響で少し折れ曲がった街灯、その上に爪先立ちで、気取ったようにくるり、と半回転するカル。足元から照らされたカルの──メグの整った顔は、陰影が濃く、不気味なくらいに。


『でも全く痛くないわけじゃないんだ。だから名残惜しいだろうけど、今夜はこれでおしまい。ほら、誰だって痛いのは嫌だろう?』


「……何なんじゃ、ありゃあ」分解していた身体を元に戻しながら、マキハルが歯噛みする。「あの男の異能は【変身】じゃ無かったんか……?」

「ドウかしらネ。何せ、さっきからああなのヨ」


 リズが割り込むように、街灯上のカルから目を離さないまま真剣な表情で呟く。「アタクシ達の時も2回、同じコトが起こったワ。決定打が入った、って思った次の瞬間にはもう『唄川メグ』の姿で、何食わぬ顔でソコに立っているんだもノ。本当に"パゥワー"ね、笑えないケド」


 その時声を上げたのは、意外にもトリだった。


「……【スイゲツカ】、か」


 近くの壊れかけたベンチの元で、背中を預けるみたいに身体を横たえている。さっきの戦闘中、イツキがミヤトの"羊"と協力して運んでいたのは、視界の隅で知っていたけれど。


 ボロボロの身体のまま、トリは呻くようにカルを睨み上げる。「おまえ……、"ドゥ"に何枚撮らせた?」

「んもぅ、タネ明かしが早いよトリさぁん!」声だけ元に戻すカル。「こういう伏線は最後まで取っておく物だろう! 仮にも演劇齧ってたんじゃないのかい!?」

「うるさい。答えろ」


 カルの明るい声を遮るトリ。その言葉には、どこか苛立ちが垣間見えて。「……"ドゥ(あいつ)"の異能の代償、知らない訳では無いだろう」


 その言葉で、近くにいたイツキが何かを察したのかハッ、と表情を変えた。


「……カルさん、アナタ、」

「イツキ?」


 ぼくの視線を受けたイツキが目を伏せる。灯りの少ない夜の中でも分かるほどの、苦虫を噛み潰したような表情。


「……"ドゥ"さんは、五重奏(クインテット)のメンバーの1人で。ざっくり言えば、写真を媒介にしたデータセーブの異能で。……その、代償が」

「──【運動機能の低下】」


 言い辛そうだったイツキの言葉をトリが引き取る。「言い換えれば、異能で写真を撮れば撮るほど奴は立ち上がれなくなり、動けなくなり、最終的には()()()、」

「ちょっとちょっと、そんな暗い話にしないでよぉ! まるで僕が酷い人間みたいじゃないか」


 トリの言葉を、睨みを、カルはヘラリと笑って流す。「()()()()30枚くらいだよ。あ、今日3回やられたから残り27枚だけど」


 そう言って笑うカルを、イツキは凝視している。


「……カルさん、私がまだ五重奏にいた頃に聞いた、ドゥさんがご自身で試した実験では、あの方の限界値は()()()()()()

「あのねぇ"元"クインさん、物事は正確に言わなきゃ……。正しくは『歩行困難になるのが18枚』だ。ほら! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 イツキは呆然として、言葉を失ったままカルを見上げる。信じられないとでも言うような。ヒトでないモノを見るような。


「だってさ、せっかくの記念に、と思ったら気分が乗っちゃったんだ。仕方ないだろう? それに保険は多いに越したことはない。今回みたいなことがこの先無いとも限らないからね」


 ────あまりのことに、誰一人動けなかった。


 カルの話。トリとイツキの話。その話を一気に整理できなかったし、信じ切ることもすぐにはできなかった。


 けれど、それらが全て本当なら。


 その"ドゥ"という人物は。カルによって、いま────


 それなのにカルは笑う。きっと全部分かった上で。自覚した上で。何食わぬ顔で。何気ない風を装って、試すように。カルの笑いはそういう笑いだ、と直感でそう思った。


 そんな静まり返ったぼくらを他所に、カルはその身体を元の自分の姿に戻して、パン、と手のひらを合わせた。


「さて。今度こそお開きだ。君等の異能は間近で見られた、情報収集もバッチリ。ステキな夜になったよ。ありがとう諸君!」


 ぼくらの沈黙を打ち破って、圭がすぐさま噛み付く。「待てよ、勝手に終わらそうとすんじゃねえ。まだ」


 けれどカルは退屈そうに「ハイハイ」と片手で払う仕草をする。


「そんなに急かさないでおくれよ。感動的なフィナーレは最後まで取っておくものだ。血気盛んなのは良いけどさ、それ大丈夫? 血管詰まらない?」

「……てめえ、」

「それに後ろの野次馬たちは良いのかい?」そう言ってカルは遠くを見るように眉の位置へ手を添えた。「もう君等の"羊"軍団も限界のようだけど」


 確かに、背後の騒めきはさっきと比べて遥かに膨れ上がっていた。時折ケンカのような、必死に軍勢を押し留めようとするような、ある種怒号のような声もする。


 犬歯を剥き出す圭を、カルは街灯の高さから笑顔で見下ろす。ゆるく巻いた長い髪が生ぬるい夏の夜風に揺れる。楕円形の黒ぶち眼鏡が妖しく光る。


「あ、そうだ忘れてた。トリさんはどうするんだい? そんなボロボロのままじゃ死んじゃうよ?」

「……フン、白々しい。オレの代償を知っているくせに無駄口を叩くな」

「無駄口じゃないよ、友達同士のじゃれ合いと言ってくれたまえ! トリさんの代償が【死亡不全】だってことくらい知っているさ。でもそれ"不全"なだけで、実際は"死ぬほど痛いのに死ねない"ってことだろう。親友のよしみで介錯くらいはしてあげるよ?」

「その気がないことをペラペラ喋るな、偽善者め」


 すげなく断るトリ。大袈裟に肩をすくめるカル。


「ハイハイ、いつものツンデレだね、公式供給どうも。それじゃあ"唄川メグ"の合成音源は僕が貰っていくから」


 そう言ってカルは、いつの間に奪ったのか、トリが持っていたはずの荷物を肩に掛ける。


「……最初からそれが狙いか。全ては、オレがこいつらに潰されるまでの時間稼ぎ、か」とトリ。

「んまぁヒト聞きの悪い! でも当然だろう。僕の優しさを断るヒトに、僕が優しくする義理は無いからね」


 そのままくるり、と背を向けるカル。その背中目掛けて圭が人差し指を向けた。照準を合わせて、力を込め始める。


「圭、待って、それ以上は……!」


 思わず止める。圭の横顔からは既に苦しさが滲み出ていた。一度イツキに治してもらったけれど、それでも圭の異能は、圭自身への負担が大き過ぎる。


 けれど、圭を止める前にカルが振り向いた。


「そうだ、先に"最後の日"を決めておこうか!」

「……何?」


 急なカルの言葉に面食らう圭。それとは真逆に、意気揚々と顔を輝かせるカル。


「だから、さっき話した"感動的なフィナーレ"のことさ! 劇的な終焉の為には、それ相応の準備が必要だからね。最高に盛り上げて、センセーショナルに知らしめて、この世界の全員に認知させるんだ。『唄川メグ』とは何なのか、『唄川メグ』とはどんな存在なのか。────それから、()()()()()()()()()


 その輝くような顔にあるのは、笑顔であって笑顔じゃない。その恍惚とした表情に、ぼくらは映っていない。


「4日後だ、4日後にしよう。その日まで君等も何でも好きに過ごすといい。そうして僕等は、4日後の()()()()()に全てを終わらせる。感動的なフィナーレと共に『唄川メグ』は新生し、僕は完全に『唄川メグ( きみ )』になり、この世界は『唄川メグ( ぼく )』という終わらない現実(ユメ)に沈むんだ……!」


 にしても、とカルは両手を広げる。そして瞳にぼくを映さないまま、嬉しそうにぼくを見下ろす。


「やっぱり僕って天才だ。君も、そう思うだろう?」

「……どういう、意味」

「だってそうだろう? 君の最期と僕の最初が"8月31日"だなんて────最高の皮肉だとは思わないかい?」

「……」


 ぼくは口を噤む。その意味にカルも気付いたようだった。


 にやりと微笑んだカルは、その隙を突いて今度こそ踵を返した。なびく長髪は、夜の街を背景に一瞬黒い炎のように揺らめいて、そのままカルは夜闇に溶けるように消えた。




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