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Missing Never End  作者: 白田侑季
第7部 夢想
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K汰 - 雨燕




「けいっ……!!」


 我慢しきれずに思わず叫んでしまった。そのまま圭の懐に飛び込む。少し勢いがつき過ぎたのか、圭は「ぐふっ」と叫んで膝を折ってしまった。


「あ、ご、ごめん圭っ。大丈夫!?」

「謝るくれえならもうちょい労わってくれねえか……?」

「だ、だって」


 口ごもる。そんなぼくの肩に圭がそっと手を置く。「……ほら、俺いま汚ねえから。離れとけって」


 でもぼくは首を振る。圭の背中へ回した手を解かなかった。解けなかった。圭の胸元へほっぺを当てる。汗の匂い。土埃の匂い。それから鉄の匂い。力加減は気を付けつつ、でも服越しに伝わる圭の体温が分かって、だからこそ胸が痛くなって。


「だっ……!? ……だからス、スリスリすんなって、ガキかっての」

「だって圭。無茶しないって言った、のに」

「ンなの、俺がいつ言ったよ」

「言った。ちゃんと約束した。たぶん」

「さいで」


 圭の手が今度はぼくの頭に乗る。ゆっくりと、一定のリズムで撫でられる感触。圭の手は弱々しくて、でもそのあたたかさがどこか懐かしかった。


「メグっ」


 声で顔を上げると、今度はマキハルが圭とぼくの近くまで来ていた。


「大丈夫か、怪我しとらんか!?」

「だいじょうぶだよマキハル。ぼく、出て来ただけだし」

「そ、そんなら良えけど……」


 それでもマキハルは、さっきまでの戦闘の尾を引いているのか、深い溜め息とともに胸を撫で下ろした。「予定通りじゃ言うても、はぁ終わった思うたわ……」


 マキハルは心配そうな顔で覗き込んでくれるけど、本当に何ともない。ぼくは茂みから出て来ただけ。圭から頼まれたことはそれだけだし、ぼくの所まで戦いの余波は来なかった。圭とマキハルが怪我していくのを影でじっと見ているのは辛かったけど、実際に戦った2人ほどじゃない。


 ────そして。


 圭のあたたかい手の下、遠くに横たわる男のヒトをそっと見やる。


「……トリは。どうなったの?」


 いま横たわっているトリは、完全に意識を失っているように見える。ノアが近くのビルの屋上から飛び降り、そのままトリの頭に膝蹴りを入れたから、かなりの衝撃だったのは間違いないけど。


「あいつなら大丈夫だろ。なんせ、」

「────みみみ皆さんッ、大丈夫ですかッ!?」


 圭が言いかけたその時、タイミングよく声が響いた。声と同時に、ぼくがさっきまでいた茂みから人影が──イツキが姿を現す。


「け、K汰さん思ったより傷深くないですか!? だだだ大丈夫なんですかッ!?」

「落ち着け。そして落ち着け」宥める圭。「悪ぃがちょい治してくれるか」

「ももももももちろんですッ!! バッチリ、バシッと、バキッと治しますので!!」

「本当に治す気ある?」


 そう呆れながらも、圭はイツキに向けて頭を下げた。「だが、マジで助かった。感謝する。出てこられたら真っ先に狙われんのはあんただったからな」


 そう。イツキが最後まで隠れていたのは圭の提案だった。イツキの異能は【ケガの治療】。逆を言えば、イツキが先に倒されてしまうと、怪我をしても治してくれるヒトがいなくなってしまう。圭の言葉を借りれば「後方支援を真っ先に叩くのは戦争の定石」らしい。だからイツキには近くに待機してもらいながら、でも決着がつくまで出てこないようにお願いしていた。


 そのことに、イツキはまだ不服があるようだった。苦しそうな表情で謝る。「……いえ。謝るのは私の方です。私に、自分で自分を守れるくらいの力があれば」


 でも圭はハッと鼻で笑っただけだった。その間にも圭の額を濡らしていた赤色はみるみるうちに引いていく。


「間違えんな、頼んだのは俺だ。あんたの責任でもねえことをいちいち謝んじゃねえよ」

「そうそう。謝ることないよ!」


 圭に賛同するように、今度はノアが駆け寄って来る。パンパン、とスカートの裾を払うノア。いつもと変わらない、ふわりとした笑顔。「イツキちゃんが無事だったから、こうしてK汰君を治せているんだもん」


「ノアは怪我してない?」と、ぼく。

「ふふっ、ありがとうメグちゃん。見ての通り、痛いところはひとつも無いよ。安心して」


 そんなノアの様子に改めて感心してしまう。異能のおかげでいくら傷付かないとはいえ、ビルの屋上からここまでの落下。あんな高さから真っ逆さまに落ちるのはさすがに怖いんじゃないか、って心配していたけど。そんな心配すら通り越して、鈴のようにコロコロと笑うノアに、圭も唸っている。


「それよりイツキちゃん」とノア。「ミヤト君は?」

「そ、そうだった! ミヤトはまだリズさんと一緒に屋上(うえ)に……」


 そう1人で呟いて、イツキは圭の治療の手を止めないまま、近くにいた"羊"に焦りを含んだ声で言った。「ミヤト、聞こえてる? こっちは一段落ついた。すぐここを離れるから」


 イツキの声に呼応するように今度は迷彩柄の"羊"が喋る。


〈分カッタ。コッチモ早々ニ蹴リ付ケテ、ソッチニ合流スル〉

「うん。リズさんにも、無理しないでって伝えて」

〈リョーカイ〉


「よしっ、それなら早くこことはオサラバしようじゃん」マキハルがそう言いながら、注意深く遠くの様子を窺う。「……野次馬の方もそろそろ限界っぽいしナ」


 マキハルの言う通り、耳を澄ますと確かに遠くの方の騒めきが段々と大きくなっている気がする。ファンファン、という音もビルの間にこだましながら近付いている。


 いまリズと一緒に屋上の方にいるらしいミヤトは、それ以外にも"羊"を使って、周囲のヒトの通行を止めてもらうように頼んでいた。圭もリズも、どちらの異能も派手な音がする。周りへの影響も大きい。ヒトの多い場所で戦えば、多くの視線を集めてしまうのは当然だった。


 そんなヒトの視線をできるだけ減らすために、ミヤトはたくさんの"羊"を使って付近のヒトの動きを止めてくれていた。でも、それもそろそろ限界なんだと思う。


「とりあえず、あのドモルを運ぼうじゃん」とマキハル。「兄貴はまだ本調子じゃねぇし……ノアちゃん、一緒に頼める? 女の子に頼むのは申し訳ねぇけど」

「ふふっ、大丈夫だよ! 元はと言えばわたしが蹴っちゃったんだし。大きな怪我じゃないといいんだけど」

「ドモルを治療するかどうかも後で考えねぇとだナ」それからマキハルはぼく達を振り返った。「兄貴は立てるか? ミヤトっちが来るまで、メグとイツキちゃんも支えてやって、」


 そのとき。


「────おい」


 声がした。


 力尽きた声と、身をよじる音。


 トリが、目を覚ました。


 すぐさま全員が身構える。けれどトリ本人は掠れた、掻き消えそうな声で呟くだけだった。辛そうな声音で、真っ暗な夜空を見上げている。「どのくらい、眠っていた」


「……たかだか2、3分だ。大して経ってねえよ」圭が応える。「んだよ、まだやるか?」

「無理に、決まっている」トリが一瞬眉を顰める。ノアが蹴った頭がまだ痛むのかもしれない。「おおかた、オレに追い詰められるまでが、計画の内だった。違うか?」

「……まあ、そんなところだ」


 イツキのおかげか、圭の傷はほとんど癒えていた。ぼくの肩を抱き込みながら、ぼくも圭に肩を貸すように2人して立ち上がる。


「そもそも俺らはあんたらと対等じゃなかった。情報を探ろうにも接点がねえ。居場所も分かんねえから地の利がねえ。誘い出しも真っ向勝負も分が悪い。その時点で、最善手だった奇襲が通用しねえ。何よりあんたの前じゃ何もかも"予測(先読み)"される。あんたらに奇襲されりゃあ勝ち目は無え。俺らが圧倒的に不利だ。……だからこそ、()()()()()()


 そこまで言った圭に、トリは合点がいったようだった。力なくフン、と鼻を鳴らす。


「……"一芝居打った"、か。素人考えの計略、目的の透けて見える稚拙な策、それら低確率の策を全て仕掛け、息つく暇も与えず死に物狂いで特攻、お粗末な強行軍は容易く敗れる……、()()()()()()()。おまえ達の狙いは先手必勝ではなく、盛大な後出しじゃんけんだった。オレ達はまんまと誤誘導(ミスリード)させられた訳か」

「そんな大袈裟なもんじゃねえよ。下手に動いて先手を取られるくれえなら、最初(ハナ)っから追い詰められた方が都合がよかった。そんだけだ」


 そこまで言って、圭は「まあ」と愚痴を漏らす。「あんたが、視界を塞いだ程度じゃビクともしねえほど異能を使いこなしてる、とは想定してなかったがな」


 そう、圭の言う通りだ。マキハルが異能で作り出した花びらの壁を、トリはまるで息をするように簡単にいなしてしまった。当のマキハルも思い返したのか、静かに唇を噛んでいる。


 トリの異能は彼自身の視界に依存している。それが圭の、ぼく達の立てた仮説だった。それに基づいて対策を考えた。夜の暗闇、障害物の多い公園、そしてマキハルの異能。それらを駆使して彼の視界さえ抑えてしまえば、彼の"予測"は封じられる。あとはたくさんの策でトリ達を戸惑わせ、負けたと見せかけてイツキの異能で全回復、圭の最大威力を叩きこむ。


 ……そう思っていたのに。


 トリは難なくマキハルの花の壁を突破してしまった。狭く塞がれた空間の中、身動きすら取り辛かったはずなのに、マキハルの拳や蹴りを全部弾いていた。その他にも、上に向かって投げ上げた鉄の棒を、圭に背中を向けたまま狙ったように落としたりもしていた。草陰から見ていたぼくも思わず叫びそうになったほどだ。


 決めていた作戦の中の一番重要なカギを、ぼく達は読み誤っていた。こうしてトリを押さえることができたのは奇跡に近い。


 けれど、圭は何食わぬ顔で続ける。


「あんたの異能は視覚に頼っている。そこは事前に俺らが話し合ったのと変わんねえ。だがあんたの異能はそれだけだ」

「"それだけ"……?」

「ああ」


 ぼくの疑問に圭は軽く相槌を打つ。「さっきのあいつとの会話でようやく腑に落ちた。あいつの異能の本質は、十中八九『()()()()』だ。『スローモーションで見える』っつーオマケはあるかもしれねえが、本質はそんなとこだろ」


 一瞬頭が追い付かなかった。圭の言葉が理解できなかったわけじゃない、その逆だ。理解できたからこそ尚更信じられなかった。


「で、でも圭、それじゃ、トリの"予測"は」

「そうだな。あいつは俺らの動きを読んでた。見透かしていた。それはもう"未来予知"って言いてえぐらいにな」


 つまりだ、と圭は顔を上げる。トリを見据える。


「あいつの"予測"は、あいつ自身の異能とは全く関係ねえ。あの"予測"はあいつ個人の力だ。誰がどう動くか、何を考えてんのか、その結果何が起こるか……。あいつは異能を使ってスローモーションで見た光景を元に、その全部を自分(てめえ)の頭で分析して予測してんだよ」


 傍らのイツキが息を呑むのが分かった。マキハルも目を白黒させている。


「ほ、ほんじゃったら兄貴、ドモルがわしの動きを読んだんも……」

「ふん」


 圭の代わりにトリ本人が返事をする。「大したことではない。おまえはケンカ慣れしているのだろうが、動き自体は直情的かつ短絡的だ。どれだけ花で視界を塞ごうが、あんなものは妨害ではない」

「じゃ、じゃけど。さっきあんた、背中向けたまんまで鉄パイプ投げて、」

「あの程度、高校レベルの物理学の延長に過ぎん」


 苦しそうに息を吸うトリ。それが身体の痛みからなのか、心の奥の痛みからなのか。暗い街の中では分からなかった。彼はかぼそく呟くだけ。ただ。


 その瞳には夜の色が映っていた。夜の色に塗り潰されていた。


「……そうだ。この程度、心理分析(プロファイリング)物理演算(シミュレーション)、体術を少しでも齧れば誰でも出来る。視線1つ、仕草1つ、言動1つ。人間の行動予測など観察だけで事足りる。この"眼"があれば尚更だ。全てが予定調和。何もかもが想定通りに進んでいるに過ぎない。……こんな『見るだけ』の眼をご大層に"異能"などと、滑稽にも程がある」


 それは、今にも途切れそうなほど微かな声。そんなトリに、やっぱな、と圭が静かに溜め息を吐く。


「今ので確信した……。あんたさっきこう言ったな。『才能のねえ人間が幸せに生きられる筈がねえ。なぜなら才能のある人間でさえまともに生きられねえからだ』と。あんたは、自分に才能があるなんざ微塵も思ってねえ。……あんたにとっての"才能のある奴"は、もうあんたの側にはいねえんだな?」


 トリは黙ったまま。でもその顔色は、どこか諦めたように。


「トリ──いや『℃-more(ドモル)』。あんたの曲、全部聴いた。『トキサヤ』の方もな。その大半が、どうしようもねえ程の"喪失"だった。そん中に1曲あったんだよ。『傍観者だった自分(てめえ)を責める』曲がな」


 ハッとした。圭のその言葉で思い出される、1つの曲があった。


 そう。ぼくは圭と一緒に、彼の曲をたくさん聴いた。


 トリ──『℃-more@疾走P』。P名にもなっているように、走り抜けるようなメロディ。爽やかに流れる繊細なピアノ。殴りつけるようなドラム。そして、時折歪むような、雄叫びのような、鼓膜を埋め尽くすほどに唸るギターの音。


 その中に在った1曲。張り裂けそうなほどのギターの重低音から始まるイントロ。叫ぶような歌詞。責め立てるような言葉の数々。


 それはまるで、全てを諦めるかのように。


 全てを諦める自分に、いつまでも後ろ指を刺すように。


「────【独鮮舞台】」


 そう答えたのはトリ本人だった。「あの曲は非公開にしていたはずだが」

「ハッ、全部言わねえでも分かるだろ」と圭。「かの有名な『トキサヤ』のコンポーザー様だからな。P時代の曲の無断転載なんざ、そこら中に転がってんだよ」


 トリはそっと溜め息をついただけだった。圭が続ける。


「あんたの『視界内の速度を操作する』異能。その元になった曲。ここまで来りゃ、あんたの願いも分かるってもんだ。その代償もなんとなく……いや」


 そこで圭は言葉を切った。「……それこそ、全部言うまでもねえな」


 そうだ。ぼくにもようやく少し分かった。トリの異能の本質。トリが心の奥底で望んでいること。願い。きっと圭がさっき言った通りだ。


 トリの側にはかつて誰かが居た。"才能のあるヒト"が居た。トリにとって掛け替えのなかったそのヒトは、理由はどうあれ、いなくなってしまったんだ。


 あとは、これまでのトリの会話を思い出せば自然と分かる。


 トリは言った。才能の無い奴は死んだ方がいい、と。


 それはたぶん、トリ自身に向けた言葉。


 トリは"そのヒト"にずっと居て欲しかったんだ。自分の側に居て欲しかった。


 ずっと、側で見ていたかったんだ。




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