3皿目 マンドラゴラのポトフ(1)
「はい、みなさん揃ってますね。ここは初心者用のエリアでーす」
エミリーの明るい声が響く。
ガーデンは、入り口の転移門をくぐった瞬間、指輪に記録されているエリアへ転送される。
初心者講習会の参加者一行がやって来たのは、ほぼ無害に等しいブルースライムが群生するエリアだった。
芝生の上をブルースライムたちがぽよんぽよんと跳ねまわっている光景に目を輝かす者がいる一方で、冷めた表情の参加者も少なくない。
近年では紛争もなく、ガーデン以外の場所で魔物が出ることもない平和そのもののこの大陸だが、それでも傭兵経験があったり騎士の訓練を受けた経験がある者はいる。そういった腕に覚えがある者にとっては、この光景がなんとものどかで牧歌的に映るのだろう。
リリアナの横で、テオもすんっとした顔になっている。
「あんなヤツら倒しても、ちっともかっこつかねえじゃん」
つまらなさそうに文句を言うテオに呆れるリリアナだ。
「だからね、テオにカッコつけてもらうために来たわけじゃないって何度言えばわかるのよ」
「そういや、なんのために来たんだっけ」
「マンドラゴラのポトフを食べるためでしょ!」
今朝、初心者講習会の講師として招かれていると話すハリスに、当初は興味がないから今日は別行動すると宣言したテオだった。しかしハリスが、先日仕込んだカリュドールのパンチェッタを使ってマンドラゴラのポトフを振る舞う予定だと言うと、そういうことなら着いていってやると言い出したのだ。
「あ、そうだった」
もう忘れたのか、とまたリリアナは呆れてしまう。
テオは戦うこと以外に関して全く興味がない。いったいこれまでどうやって生きてきたのかとリリアナが問うと、曇りのない目で「修行と戦いに明け暮れてきた」と答える。
出自も経歴もバラバラなリリアナたちを結び付けているのは、魔物を美味しく食べるというたったひとつの要素だ。
食に興味のないテオの胃袋を掴むことは、調理士のハリスにとってとても喜ばしいことに違いない。
「スライムはさすがに食わねえよな?」
ぽよんぽよんと跳ね続けるブルースライムに目を向けたまま、テオがぽつりと言った。
「食べようと思えば食べられるわよ」
「え! 食ったことあんのかよ。おまえ、なんでも食うんだな」
「そうよ、だってすぐお腹すいちゃうんだもの」
ケロッと答えるリリアナに、テオが若干引いていた。
再びエミリーの明るい声が響いた。
「さあ! ブルースライムを倒してみましょう!」
剣を振るい、槍を突き刺し、矢を放ち、銃を撃ち、魔法を当てて初心者たちが思い思いにブルースライムを倒したところでエミリーがパチパチと拍手をした。
「みなさん、非常にお上手です! これで冒険者カードに自動的に功績ポイントが1ポイント付与されているはずですよー」
参加者たちが首から下げている冒険者カードを確認している。
魔物を倒したり、採集したり、素材を売ったりと、ガーデンでのあらゆる活動や滞在時間に応じて「功績ポイント」が加算されていく仕組みだ。
貯めたポイントは管理ギルドの窓口で装備や魔導書、魔道具に交換できる。
どれもポイント交換でしか入手できない限定品のため、冒険者たちの中には功績ポイントを意識しながら活動する者も少なくない。
人気商品は「レオナルドの装備」シリーズと『火球隕石弾』という広範囲殲滅魔法を習得できる魔導書だが、それには見向きもせずにひたすらポイントを貯め続けている冒険者もいる。彼らの狙いは「レオナルドの招待状」だ。
交換ポイントは1億ポイントと途方もないが、この招待状を入手すればガーデンの創始者であるレオナルド・ジュリアーニの住む塔へ招待してもらえるというプラチナチケットだ。
テオも自分のカードを持ち上げてポイントを確認している。
「なんで俺、1000ポイントしかないんだ?」
「ペナルティが多すぎてマイナスばっかりなのよ」
横からのぞいたリリアナが呆れた声で言う。
テオのことだから、功績ポイントなど全く気にせず暴れまわっていたに違いない。
ガーデンでトラブルを起こしたり規約に抵触するような違反行為をすると、自動的にポイントが減らされる仕組みになっているのだ。
「スライムをきれいに倒せた方は、スライムの皮を素材として売ることができますので、内容物を絞り出してマジックポーチに入れてくださいねー」
エミリーのその言葉に、初心者たちが悲喜こもごもの表情を浮かべて自分が倒したスライムを見つめる。
真っ二つにスパっと切った場合は内容物も切り口から自然とドロリと流れ出て処理も簡単だが、魔法で派手に爆散させてしまった場合は全てが散り散りに吹っ飛んでいるため素材としては使えない。
「これ、買い取ってもらえるでしょうか?」
「あらあ、どうかしら。一応、精算所に出してみましょうか」
弾丸で蜂の巣にしてしまった穴だらけのスライムの皮を涙目でエミリーに見せている者の後ろで、槍や弓矢でスライムを仕留めた初心者たちがおそるおそる、その致命傷を負わせた穴から内容物を絞り出している。
「一か所だけ穴を開けて仕留めるっていうのがスライムの正しい倒し方よ。皮が大きな状態で残るし、鍋に絞り出せば食べられるから」
初心者たちの様子を眺めていたリリアナがテオに指南する。
「あの青いドロドロ美味いのか?」
「それがね」
ここで言葉を切って、リリアナがにこっと笑った。
「残念なことに、なんの味もしないの!」
以前は食べ物の味になど無関心だったテオだが、徐々に舌が肥えてきている。
ドロドロのスライムが無味であるという情報を聞いたテオは「うえーっ!」と唸ったのだった。