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「今日はありがとうございます。よろしくお願いします」

 参加者たちに指輪を配り終えたエミリーが、ハリスたちの元へやって来て同じ指輪を渡していく。

「コハクちゃんも、よろしくね」

「にゃあ」

 エミリーにあごを撫でられたコハクは喉をゴロゴロ鳴らしてご機嫌だ。

「なに猫かぶってんだよ」

「だって猫だもの」

 テオとリリアナのやり取りにハリスは苦笑している。


 この日のためにイノシシ型の魔物が多く生息するエリアで肉の調達と仕込みをしたのは2週間前。テオが仲間になった2日後のことだった。

 イノシシ型の魔物は木の実や木の根、キノコを好んで食べるため、前回の草原エリアとは違い広葉樹林や竹林のあるゆるやかな丘陵が広がる地形になっている。大きく息を吸い込むと、少し甘酸っぱいような湿った土の香りがするエリアだ。

 ハリスが狙いを定めたのはカリュドールという、イノシシ型の中で最も大きな魔物だった。

 竹林に生息しており主食がタケノコであるため、肉が柔らかく風味がある。


 イノシシ型の魔物に共通する注意点は、肉を食材として利用する場合は内臓を傷つけずに仕留めなければならないことだ。

 腹部に血が溜まると肉がとても臭くなってしまうため、血抜きや解体も内臓を傷つけないよう繊細な包丁捌きと手早さが求められる。

 そういう意味で調理士にとっては難易度の高い魔物だ。ハリスはこのカリュドールのバラ肉をパンチェッタにして、講習会で実演料理するガーデン料理の食材にしたいとこだわった。


 ここでのテオのやらかしはひどいものだった。

 腹部を傷つけないようにとハリスが注意したそばから斧を手当たり次第に振り回し始めたのだ。

 危なげなく倒したものの、カリュドールは切り刻まれてボロボロだし周りの竹まで折れている。

 

 あまりの悲惨な状況にもかかわらずドヤ顔をしているテオの態度に呆れたリリアナは、しばし言葉を失った後ふつふつと怒りをたぎらせて盛大に叫んだ。

「ちっとも人の話を聞いてないじゃない! それどうするのよ~~っ!」

 

 肉が食材として使えない上に、こうも傷だらけだと毛皮素材として使える面積が小さくて買取価格が下がる。

 せめて下あごの牙と背脂だけはひとりできれいに処理しろとリリアナがテオを叱っているうちに、ハリスは武器でもある大きな出刃包丁で鮮やかにカリュドールの首を落として胴体を傷つけないまま仕留めていた。そしてすぐさま捌き始める。

 その様子をリリアナは食い入るように見つめている。

 リリアナの本職は魔法使いだが、空腹を満たすためには大量の食事を摂取する必要があり、いずれ独り立ちできるようにハリスに手ほどきを受けているのだ。


 その背後では、テオにカリュドールの生肉を差し出されたコハクが匂いをくんくん嗅ぎ、あまりの臭さに食べることなくネコパンチで拒否していた。


 ハリスは2頭のカリュドールを仕留めて手早く捌き、ロース肉とモモ肉はリリアナが調理を担当してその場で食べることになった。

 コハクは、ハリスの捌いた生肉には美味しそうに食いついている。

 

 薄くスライスした肉を並べて塩を振り、付近で採集したタケノコとキノコ、臭み消しのハーブと解毒ハーブを巻いて棒状にする。それを水溶き小麦粉にくぐらせてパン粉をまぶした。

 フライパンで多めの背脂を熱して溶かすと、高温になるのを待って揚げていく。


 ジュワジュワという油が泡立つ音とともにコクのある濃い香りが漂う。

 リリアナがふと横を見ると、テオがお腹を押さえていた。

 鼻をくすぐるこの匂いだけで、これは絶対に美味いやつだと察知した腹の虫たちが騒ぎ始めたのかもしれない。

 2日前、魔牛のステーキを最初に拒否していた理由を

「美食は敵だとウォーリアの里で教えられた」

と、テオは語った。

 美味しい物を食べたいという当然の欲求を否定していたテオが、ハリスとリリアナの作るガーデン料理を口にすることへの抵抗感は徐々にやわらいできている。

 それが嬉しくて、思わずうふふっと笑っているとテオと目が合った。

「なにニヤニヤ笑ってんだよ」

「もうすぐ出来上がるから、楽しみにしててね」

 

「別に楽しみじゃねーし! 強化バフをつけたいだけだ!」

 ぶすくれるテオが、暴れまわる腹の虫をなだめるようにお腹をさする。

 そんなテオに向かって、ハリスが大きな革袋を投げてよこした。

「素材にならない部位はまとめて細かく砕いてその中へ入れてくれ。余った分は竹の根元に穴を掘って埋めること」

「なんで俺がそんなこと――」

 文句を言い始めるテオを手で制したハリスは、丁寧に理由を説明する。

「マナー違反だからだ」

 

 肉食系の魔物が生息しているエリアでは、素材の採集を終えた屍をそのまま放置しておいても、それを餌とする魔物がいるため問題はない。

 しかしこのような草食系の魔物しかいないエリアでは大きな屍を放置しておくのはマナー違反とされている。

 

「美味い料理を食いたいなら、環境を荒らさないことも大事だ」

 ハリスはテオに説明しながら、せっせとパンチェッタの仕込みをする手は止めていない。

 バラ肉をブロック状に成形し、フォークを刺して細かい穴を開ける。表面にまんべんなく塩・こしょう・数種類のハーブを刷り込むと吸水性の高い布にくるむ。この作業を手早く繰り返している。


 テオのことだから、マナー違反行為をこれまでさんざん平気で行ってきたに違いない。

 テオがハリスに反論するのではないかと、リリアナは内心ハラハラしていた。しかしテオはリリアナのフライパンに一瞥をくれると、くるっと背中を向けて黙々と言いつけられた作業をし始める。


 食い気が勝ったのね!

 リリアナは口元をニヨニヨさせながらもどうにか笑いをかみ殺し、調理に集中することにした。

 

 3人それぞれの作業が終わったのは、ほぼ同時だった。

 大皿の上にはこんがりと揚がったカリュドールのロールカツが山積みにされ、ほかほかの湯気と美味しそうな香りを漂わせていた。

 


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