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(4)

 デザートまで全て食べ終えてレオナルドが淹れてくれた紅茶を飲む頃には、窓から見える空がオレンジ色になっていた。


「ところで、さっき『大食いの呪い』って言ってたけど、どういった経緯で?」

 レオナルドが首を傾げる。

 大食いの呪いにかかる魔道具は、クッキー型だけではないらしい。

 リリアナはマジックポーチから、大食いの呪いをもたらした星の形のクッキー型を取り出しテーブルの上に置く。

「これよ」

 レオナルドはクッキー型を持ち上げると、手首を動かして外側と内側を見てまたテーブルに戻した。


「説明書、読まなかったの?」

「なかったの」

 リリアナはテオとは違い、説明書を読まないタイプではない。ごく普通に見えるこのクッキー型が実は魔道具だと最初から知っていれば、触れることさえしなかったはずだ。

「お父様の誕生日にクッキーを焼いてプレゼントしようと思ったの。そしたらどういう訳かこのクッキー型が混ざっていて、呪われちゃったってこと」

 実家で起きた不幸な事故について、かいつまんで説明した。


「ふうん。それで、大食いを解除していいんだね?」

 レオナルドが口の片方だけを上げてなにか言いたげな顔をしている。

「どういう意味?」

 眉を顰めるリリアナに、レオナルドはくくっと笑って椅子の背にもたれた。

「大食いでなくなったら、このクッキー型を活かせなくなるって意味だよ」


 思わせぶりな言い方に戸惑うリリアナだ。

「知らないままで構わないわ。わたしは大食いの呪いを解いてもらって、冒険者を引退するつもり……」

 ふとハリス、テオ、コハクの顔が浮かんできて、言葉が尻すぼみになった。


「特別に教えてあげよう。その上で決めるといいよ」

 レオナルドが立ち上がってクッキー型を手に取る。

「これはね――」


 ******


「またおいで」

 クッキー型を握るリリアナを、レオナルドが優しく抱きしめる。

 視界が暗転した。

 数回の瞬きの後、リリアナはガーデンの門の外に立っていた。

 まだレオナルドの温もりが残っていて、まるで夢を見ていたかのようだ。


「リリアナ!」

 テオの声が聞こえた瞬間、ぎゅうっと抱きしめられる。

「日が暮れても戻ってこないから心配してた」

 テオの吐息が耳に当たってくすぐったい。リリアナは、うふふっと笑った。

「レオナルドに会ってきたわ。顔を合わせるなり殴ってやったわよ」


 テオの肩越しに、ハリスとコハクが見える。

「そうか。じゃあこれから祝賀会だな」

 ハリスが破顔し、コハクが足元にすり寄ってきた。

「腹減ってるだろ、さっそく……」

 体を離したテオが張り切った様子でリリアナの手を引こうとして動きを止め、顔をくしゃりとゆがめる。

「そうか。もう大食いじゃなくなったんだよな」


 数秒の沈黙の後。

「あのね!」

「あのさ!」

 テオとリリアナの声が重なった。


「テオから言って。なに?」

 リリアナが促すとテオはしばらく視線を彷徨わせて黙っていたが、意を決したように口を開く。

「俺はこれからもリリアナと一緒にガーデンで冒険したい。ダメか?」


 リリアナは思わず泣きそうになってうつむいた。

 テオがガックリと肩を落とした時、リリアナが満面の笑みで顔を上げる。

 

「あのね! わたし、まだ大食いのままなの! だからこれからも冒険者を続けるわ!」

「「ええっ!?」」

「にゃ!?」

 リリアナの発言にコハクを含めて全員びっくりしている。


「実はね、このクッキー型の魔道具なんだけど、これで魔物の体に触れたらどんな凶悪な魔物でもクッキーになっちゃうんですって!」

「はあっ!?」

 テオの声が裏返った。

 リリアナが得意げにクッキー型を見せる。

「ミスティをクッキーにしたら、きっとメレンゲクッキーみたいになるわ。ドラゴンだってクッキーにできちゃうのよ。すごくない!?」

 リリアナはレオナルドから教えてもらったクッキー型の効果を説明しはじめた。


 クッキー型を手に持った状態で魔物に近づき、体のどの部位でもいいから触れることができれば相手がクッキーになってしまうという。クッキーの重量は、魔物の重量に等しい。

 クッキー化は次に朝日を浴びるまで持続する。

 運べるほど小さい魔物なら朝日を浴びないよう建物内に閉じ込める手もあるが、ドラゴン級の巨大な魔物はそういうわけにもいかないだろう。だから、夜明けまでにクッキーを食べ切って討伐完了しなければならない。

 見事食べ切った暁には、通常通りの戦利品や素材一式がもらえるという。

 しかし普通の人間がドラゴンを一晩で食べ切ろうとすれば、どれほどの人数が必要になるだろうか。だからこのクッキー型には準備段階として、持ち主を大食い体質に変える機能が備わっている。

 この型を使用して普通のクッキーを作って食べれば大食い体質になり、ギルドで所有を放棄する手続きをとれば元に戻る。


 つまりリリアナは魔道具の誤使用で呪われていたのではなく、クッキー型を正しく使って大食い体質になっていただけだったのだ。

 一通り説明したレオナルドはリリアナに再度尋ねた。

「どうする? 大食い解除はギルドでできると思うけど、ここで解除する?」

「もちろんしないわ!」

 リリアナは即答で断った。

 いつでも解除できるなら、わざわざレオナルドにしてもらう必要もない。

「じゃあ改めて聞こう。君の望みはなんだい?」

 レオナルドに問われてリリアナは固まってしまった。大食いの呪いの解除、それしか頭になかったのだから――。


 

「それでね、咄嗟になにも思いつかなくて、レオナルドに長寿と若さの秘訣を聞いてきたわ!」

 ふんぞり返るリリアナに、ハリスとテオが口を半開きにして固まっている。

「ユグドラシルの樹と契約しているんですって! だから樹齢と同じだけゆっくり歳を取って長生きしているらしいの……ちょっと、ふたりともどうしたの?」

 リリアナが反応の鈍いハリスとテオを不思議そうに見る。


「俺がどれだけ心配しながら待ってたか知ってるか?」

 テオが呆れたように大きなため息をついた。

「欲がないな」

 苦笑するハリスにリリアナは胸を張る。

「そういうことだから。ドラゴンを完食してみたいから、とりあえずそれまでお世話になります!」

 ハリスは口元を綻ばせて頷いた。


「お腹すいた~! 祝賀会してくれるんでしょ。試練の塔でのわたしの武勇伝をうんと語って聞かせるからねっ!」

 リリアナのはつらつとした声が響いた。


 ******


 この数カ月後、ハリス・リリアナ・テオ・コハクのパーティーは見事にドラゴンのクッキー化に成功する。

 

 噂を聞きつけおこぼれに預かろうと、大勢の冒険者が討伐とクッキー試食会に参加した。

 そして大賑わいの中、見事夜明けまでにドラゴンクッキーを完食した。

 リリアナは半分以上をひとりで食べた。最後のひと口まで、実に美味しそうに。


 これがきっかけで、ハリスがリーダーのこのパーティーは「大食いパーティー」と呼ばれ、色々な意味でガーデン内外でほかの冒険者たちに怖れられたという。


 リリアナがいつ、クッキー型の所有権を放棄したか――それはまた、別のお話。


 

 ―END―

 

 


 

読者の皆様、ここまで読んでくださってありがとうございました!

作者の中では、やっとここで一部終了ぐらいの感覚なのですが、これぐらいの長さがちょうどいいかなということと、ここから先の展望がまだふんわりとしか描けていないことから、このお話は一旦ここで完結とします。

毎日お昼の更新を追いかけ続けてくれた方も、まとめて読んでくださった方も本当にありがとうございました。


おもしろかったよ! あるいは、もっと続きが読みたいよ!と思ってくださったのなら、↓☆をポチしていただけると嬉しいです。


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