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(3)

 勝負はあっさり決着した。

 リリアナにとっては恐怖でしかないおぞましい見た目の巨大昆虫だって、霧になってしまえばなんてことはない。

 相手をしっかり見据えて大きめの火球を放つと、魔物たちは次々に霧散して消えていった。


「霧玉を多めに持ってきていてよかった」

 リリアナはホッと息をつく。

 途端に空腹を感じて、マジックポーチから残りのチョコレートバーを取り出して食べた。

 いつにも増して舌に伝わるカカオのほろ苦さが心地よく感じる。ゆっくりと咀嚼して食べ終える頃には、たかぶった気持ちが落ち着いていた。


 振り返ると、消えていたはずの扉がいつの間にか出現している。

 開けてみると下へと続く階段はなく、上へと向かう階段のみがあった。

 リリアナはフロアを出て階段を駆け上がる。

 

 その先にあった、素朴な木製の扉を開けると――。


「やあ、お疲れ様。試練の塔クリアおめでとう!」

 リリアナとたいして歳が変わらないような風貌の、ローブを羽織った黒髪の男が拍手で出迎えてくれた。

 キッチンにテーブル、暖炉、ロッキングチェアのあるこぢんまりとした質素な生活空間にいるのは、この男ひとりだけだ。


 リリアナは無言のまま、ブーツのかかとをコツコツ鳴らしながらその男に歩み寄る。

 感動のあまり抱き着くとでも思ったのだろうか、男が両手を広げてにっこりと笑っている。

 その無防備なみぞおちに、リリアナは渾身のパンチを食らわせた。

「~~っ!!」

 黒い長髪がふわりと揺れて男がうずくまる。

「あなたがレオナルド・ジュリアーニね? なにが『おめでとう』よ、踏破させる気なんてなかったくせに!」

 仁王立ちのリリアナが悶絶するレオナルドを見下ろした。


「あいたたた、随分とバイオレンスなお嬢さんだね」

 お腹をさすり、顔をしかめながらレオナルドが立ち上がる。

 そして、テーブルを指さした。

「そんなことはないよ。ほら、ちゃんとご馳走を用意して待っていたんだから」

 レオナルドの緋色の目がいたずらっぽく光る。


 分厚いステーキにクリームシチュー、骨付き肉のグリル、パスタ、サラダ、スープにデザートまで、テーブルいっぱいに料理が並べられていた。

 しかも、まるでできたてのような湯気を立てているではないか。

 リリアナがゴクリと喉を鳴らす。急にお腹がすいてきた。


「さあ、まずは一緒に祝杯をあげようじゃないか」

 みぞおちを殴られたことなど全く意に介していなさそうな様子のレオナルドだ。

 リリアナはレオナルドにエスコートされるまま椅子に腰かけた。

 

 正面に座ったレオナルドとシャンパンで乾杯する。

「おめでとう。遠慮なくお食べ」

「いただきます!」

 呪いを解いてもらうつもりなのだから、これが最後の大食いになるだろう。

 もちろん遠慮なく全部いただくわっ!

 リリアナは目を輝かせて料理に舌鼓を打った。

 その様子をレオナルドはにこにこ笑いながら眺めている。


「見事だったよ、まさか魔物たちを霧化させるとはね。途中の魔物たちの攻略だってガーデンを知り尽くしていないとできない芸当だ。正直脱帽した。ただ同じ手を使う冒険者が増えるのは不本意だから、これからは霧玉の使用は禁止にしようかな」

 レオナルドがすべて見ていたかのように語る。

 

 リリアナは、ちょうどいいミディアムレアの焼き加減のステーキを咀嚼しながら適当にうんうんと頷く。

 これがレオナルドの手料理なのか魔法で作ったのかは知らないが、じんわりと体が活性化していく感じから察するに食材は魔物だろう。

 どうせ自分に「これから」はない。呪いを解いてもらえば冒険者を引退するつもりだから、霧玉の使用禁止云々はどうでもいい。


「でも、たとえばわたしが目を瞑った状態で前方に魔法を撃ち続ければ、それでも勝てていたと思うけど」

 リリアナの質問に、レオナルドの形のいい唇が深い弧を描く。

「あの昆虫たちはね、絶命する間際に卵を産むんだ。そしてその卵からまた昆虫が出てきて、倒しても倒しても無限湧き状態になるはずだった」


 やめて! せっかくの美味しいステーキが不味くなりそうだわ!


 レオナルドが続ける。

「しかも、火球隕石弾(メテオ)のような強力な殲滅魔法を使うと、床が崩落して1階まで落ちる仕様だったんだよ」

 なぜそんなに意地の悪い設定になっているんだろうか。本当にレオナルドは性格が歪んでいる。

 リリアナが心の中でそう思ったことが顔に出ていたようだ。

 レオナルドがおかしそうにくくっと笑った。

「だって、それぐらい難関じゃないとおもしろくないだろう? それをどう攻略していくかっていうゲームなんだから」


「じゃあハリス先生が挑戦した時に、どれだけ食べさせても満腹にならなかった大食いのオークにも正解があったということ?」

 リリアナが何気なく尋ねると、レオナルドは緋色の目をすっと細める。

「それを教えるのが君の願い事?」

 レオナルドが叶えてくれる願い事はひとつだけと注意事項に明記されていた。


 冗談じゃない。大食いの呪いを解いてもらわないといけないのに!

 リリアナは慌てて首を横に振った。

「わたしの願いは、大食いの呪いを解いてもらうことよ。でも待って! 食べ終わってからにして」


 食事を続けるリリアナを、レオナルドは楽しそうに眺めていた。

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