(2)
リリアナたちが目指すのは、拠点からまっすぐ行ったところにある沼だ。
ジョセフが行方不明になった時もその沼を目指している途中だったという。濃霧ではぐれ、方向感覚も失って拠点とは反対の沼に向かったのかもしれない。
ハリスによれば、このエリアはずっと霧が濃いわけではなく、薄くなったり濃くなったりを繰り返しているらしい。厄介なのは、一瞬にして霧が立ち込めて突然視界が真っ白になることなんだとか。
大きくて武骨な手がしっかりと自分の手を握ってくれている安心感に包まれながら、リリアナは視線をあちこち移動させながら手がかりを探し続ける。
遠くで怒号がうっすら聞こえるのはチャーリーたちが魔物と戦闘している声だろうか。
手がかりを見つけるか応援が必要になった時は救援信号を上げると申し合わせているが、まだそれがないということは大丈夫なのだろう。
前方に低木が繁っているのが見えてきた。
沼地に生息する特有の木で、むき出しになったタコの足のような根っこが放射状に広がって水に浸かり、幹を支えている。
この木が取り囲んでいる場所がオオナマズの生息する沼だ。
「ナマズは沼から出てこないが、毒ガエルと泥マンドラゴラは飛び出してくるから注意してくれ」
ハリスが静かに告げる。
ここからは魔物との戦闘になる恐れがあるため、もう手を繋いではいられない。
オオナマズに毒ガエル、泥マンドラゴラって美味しいんだろうか……ついつい意識が食い気に支配されそうになるリリアナだ。
ジョセフの冒険者カードをはじめとする手がかりの捜索が一番の目的であることは承知している。その上で、リリアナにとっては初めて足を踏み入れたこのエリアの魔物を倒し、ガーデン料理をいただくのもまた大きな目的のひとつだ。
「もしも冒険者カードがオオナマズに飲み込まれていたり、沼の底に沈んでいたりしたら、見つけるのが大変よね」
リリアナは呟きながら沼に近づき、スライムで作った餌をまいた。
今朝ここへ来る前に初心者エリアへ寄ってブルースライムを狩り、ワカヤシ釣りの餌と同じ味をつけてみた。
ワカヤシの食いつきはとてもよかったが、果たしてオオナマズにはどうか。そう心配していたリリアナだったが、どうやら杞憂だったらしい。
沼の水面がゆらりと揺れて、なにか大きなものが近づいてくるのが見える。
ハリスに「下がれ」と手で合図され、オオナマズの討伐を任せることにした。ハリスならおそらく出刃包丁のひと刺しで仕留めるだろう。
リリアナが後ろに下がる途中、視界の端でなにかが微かに動くのが見えた。
ハッとしてよく見れば、泥の中で丸い大きな目がギョロリと動いているではないか。その視線の先にいるのは――。
「テオ! 逃げてっ!」
リリアナの声にすぐさま反応したテオが後ろに飛び退くと同時に、泥の中からオレンジ色に黒い斑点の毒々しい模様をした大きなカエルが飛び出してきた。
「うわっ!」
驚いたテオが大きな声を上げる。
さらにはちょうどその瞬間、ハリスがオオナマズに出刃包丁を刺しバシャンと大きく水が跳ね上がった。
悪いことは重なる、とはこういうことだろうか。なんと、一連の音に反応した泥マンドラゴラまで木の根っこの隙間から飛び出してきたのだった。
「カエルは爪に気をつけろ! 引っかかれると麻痺毒にかかるぞ」
ハリスが自分の体と同じぐらいの大きさのオオナマズを沼から引き上げながら注意を促す。
「まかしとけ!」
テオが斧を構えた。
いまのところ霧は薄く、視界がハッキリしているからテオなら大丈夫だろう。
リリアナは、泥マンドラゴラの相手をすることにした。
草原エリアにいるマンドラゴラとは違い、泥まみれである上にこちらの顔めがけて泥を投げつけてくる。
触手を振り回してさらに泥を投げようとするマンドラゴラに向かってリリアナは水魔法を放った。
真水を上からザバーッとかけるだけの簡単な魔法だ。勢いよく水をかけられてすっかり泥が落ち、つるりと白い体がむき出しになったマンドラゴラが一瞬、虚を突かれたように動きを止める。
その隙にマンドラゴラの表面に残る水を魔法で凍らせた。
中までガチガチに凍らせなかったのはもちろん、食べることを考えているからだ。
それにマンドラゴラは、驚かせば簡単に死ぬ。
水を被り、さらに体の表面が凍るという2段階の驚きを体験したマンドラゴラは、ポカンと驚いた表情のまま絶命して苔の上に転がった。
「よくやった」
振り返るとハリスが親指を立ててニッと笑っている。
リリアナが泥マンドラゴラ相手にどう戦うか見守っていてくれたようだ。
そんなハリスの背後では、テオとコハクが協力して毒ガエルの頭を落としたところだった。
魔物が3種類獲れたところで休憩を兼ねた食事をとることとなった。
ハリスによれば、この沼地に生息する泥マンドラゴラを食べれば泥耐性アップと霧耐性アップのバフがつくらしい。
普段なら五感の敏感なコハクが警戒してくれているため、さきほどの泥の中に潜んでいた毒ガエルだってもっと早く気づくはずだ。
このエリアの、まとわりつくような湿気がコハクの感覚を鈍らせているのだろう。
だったら早めにバフをつけておいたほうが捜索もはかどるはずだ。
リリアナたちは沼のほとりにセーフティカードを置き、防水シートを敷いてそこで調理を始めた。




