(7)
「よかったなあ、リリアナちゃん」
隣にいたアルノーがのんきな声をあげた途端、テオがリリアナを放しアルノーに掴みかかった。
勢いのままふたりが雪に倒れ込む。
「てめえ! わざとリリアナを雪崩に引き込んだだろっ!」
抵抗しないアルノーに向けてテオが振り上げた拳を、リリアナが慌てて止める。
「テオ、やめて。心配してくれたのはありがたいけど、大丈夫だったから。ね?」
怒りをおさめておとなしく立ち上がったテオは、心配そうにリリアナを覗き込む。
「腹減ってないか?」
「アルノーがアルミラージを捕まえてくれたの。美味しく食べたわ」
「そうか。まあいざとなったらコハクを食えばいいしな」
コハクにパンチを食らっても構うことなく、テオがまたリリアナを抱きしめる。
「テオ、ごめんね。せっかくもらった耳当て失くしちゃったの」
「そんなのどうでもいいって。またいくらでも作る」
どうしたんだろう。
テオが妙に甘いわ……。
リリアナがテオの腕の中に閉じ込められたまま困っていると、ようやくハリスが追いついた。リリアナの元気そうな様子にホッとした表情を浮かべ、テオを見て首をすくめて笑っている。
「あんたがこのパーティーのリーダーさんか? 悪いことしたな」
立ち上がったアルノーがハリスに謝罪した。
「昨日の雪崩の原因に関して管理ギルドの調査が始まった。事情を知っていそうな冒険者がいたら連れてくるよう言い使っている。一緒に来てもらえるか」
ハリスが低い声で静かに告げる。
リリアナはどうにかテオから逃れ、アルノーを見つめた。
「わかってる」
神妙な顔で頷くアルノーにどう言おうか迷った。
もしも調査員に聞かれたら、昨日のアルノーの話を正直に話さなければならないだろう。
しかし彼は、リリアナの無茶な圧力鍋の挑戦を手伝ってくれたし、リリアナに代わって寝ずの番をしてランタンに魔力を流し続けてくれた恩人でもある。
そんなリリアナの迷いを見て取ったのか、アルノーがリリアナを真っすぐ見つめニカッと笑みをこぼす。
「リリアナちゃん、世話になったな。ちゃんと全部白状して潔くペナルティを受けるよ。これからも用心棒たちと仲良く頑張れよ」
昨日は悔しさをにじませながら経緯を語っていたアルノーだったが、いまの彼は清々しい顔をしている。
どういうわけかアルノーを睨んで鼻にしわを寄せていたコハクがスッと表情を戻し、アルノーに返事をするように「ガウッ」と鳴いたのだった。
みんなで拠点へ戻る道中、リリアナは昨日の圧力鍋について語りはじめた。
「鍋がガタガタ揺れてね、アルノーがひーひー言いながら蓋を押さえてくれたのよ!」
話を聞くハリスとテオの顔はどことなく引きつっている。
アルノーは苦笑しながら人差し指で頬をかく。
「あれはヤバかったなー」
ここでふとリリアナが大事なことを思い出した。
「そういえば、昨日のオウルベアの肉はどうしたの? もう食べちゃった?」
「ああ、あれならリリアナが無事に帰ってきたらみんなで食べようと思って、リストランテ・ガーデンで保管してもらっている」
さすがはハリスだ。なんて気が利くんだろうか!
「じゃあ、オウルベア鍋も圧力かけて作ってみましょうよ!」
その提案に首を縦に振る者はひとりもいない。
リリアナがハリスとテオを交互に見たが、目をそらされてしまった。
「アルノーは経験者だもの。もう一度手伝ってくれるわよね?」
リリアナがにっこり笑って言うと、アルノーは勘弁してくれと言わんばかりの渋い表情になる。
「俺は……ほら、あれだ。拠点に戻ったら真っすぐ自首するから、手伝うのは無理だ。残念だなあ」
最後の「残念だなあ」が棒読みだ。
「もっと頑丈な鍋を用意した方がいいから、とりあえずまた今度だな」
ハリスの提案にテオが首を激しく縦に振る。
「そうだ、それがいい。そん時は俺が手伝ってやるからまかしとけ」
「ガウッ!」
普段テオと仲の悪いコハクが意気投合して頷きあっている様子が妙におもしろくないリリアナだ。
「もうっ! オウルベアの肉はぜーんぶ、わたしがひとりでいただくわっ!!」
晴天の雪山に、リリアナの不満げな声と皆の笑い声が響いた。
(8皿目・了)