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アルノーの在籍するパーティーも、リリアナたちと同じホワイトオウルベアの素材収集でこのエリアに来ていたようだ。
茶色いオウルベアなら仕留めたがホワイトがなかなか見つからず、探すうちに山頂付近まで登ったらしい。
他のパーティーが同じエリアに来ていることはリリアナも知っていた。
拠点に着いた時、雪の上にブーツと思われる複数の足跡を見つけたからだ。獲物の取り合いによる揉め事を避けるため、足跡が続いている方向とは逆回りで進んだのだ。
「急に雲行きが怪しくなってきたから下山することになって、その途中でホワイトオウルベアを見つけたんだ。一発で仕留めそこねて魔法使いが焦ったせいで……」
アルノーが言いにくそうに右手を首の後ろに持っていく。
リリアナは自分の予想を口にした。
「魔法の加減を間違えて雪崩を起こしちゃったってことね?」
アルノーがリリアナと目を合わさないまま、こくんと頷く。
大規模な雪崩が発生した場合、管理ギルドの検証が行われる。発生した時間帯に現場にいたパーティーへの聞き取り調査もある。そして原因が人為的なものだと結論付けられた時は、その原因を作ったパーティーにペナルティーが科せられる。
もしも今回、リリアナにも聞き取り調査が行われたら、いまアルノーに聞いたことを正直に話すだろう。
だからアルノーは言いにくそうにしていたのだ。
「とっさに木に登って流されそうになってるメンバーふたりをムチで引っ張って助けたんだが、俺のことは誰も助けてくれなかった。ムチの先をリーダーの方へ投げて引っ張ってくれって言ったのに、聞こえないフリして俺のことを置いて逃げやがったんだ!」
アルノーは悔しそうに拳を地面にたたきつける。
「それで木ごと流されてしまったというわけね。その状態でよくわたしに向かってムチを振るえたわね?」
リリアナは、雪崩に巻き込まれた状態でなにもできなかったことを思い返す。
狙いを定めて冷静にムチを振るうことが可能なんだろうか。
「ああ、横倒しになった木に跨ってたから雪には埋まってなかったんだ」
「なによそれ! だったら他人を巻き込まないで、そのまま滑っておけばよかったじゃない!」
無我夢中で、と言っていたわりに随分と余裕があったようだ。
「拠点が見えたからさ、そのまま流されるよりこの辺りで雪崩から離脱しようって思ったらリリアナちゃんに当たっちゃったんだよ、これは本当に偶然。悪かったと思ってる」
ちっとも悪かったと思っていなさそうな軽い口ぶりにますます腹立たしさを感じるリリアナだったが、ここでふとハリスがよく言っている言葉が脳裏に浮かんできた。
『過酷な状況であればあるほど、楽しく美味しくガーデン料理を食すことに大きな意味がある』
雪崩に流され拠点からだいぶ離れてしまった。吹雪と寒さをしのげる洞穴は見つかったが、猛吹雪が続いたり雪崩の恐れがあれば、ずっと足止めを食う可能性もある。
ギルドの受付で配布される指輪の強制送還機能が発動するまであと2日半。ヘタするとその間ずっとここでアルノーと一緒に過ごすことになりかねない。
だったら、カリカリ神経を苛立たせるよりも一緒に料理を作って食べて、楽しく時間を潰す方がいい。
リリアナは拳を握る。
「よし! ごはん作るわよっ!」
「唐突だな」
アルノーは苦笑しながらも、拾ったアルミラージを一緒に捌くと言った。
レンジャーは器用で狩猟が得意だから、アルノーも小型の魔物を捌いた経験はあるようだ。
アルノーは腰に手を当て「ああ、そうだった」とガックリうなだれた。
いつものクセで愛用のナイフを取り出そうとして、そこになにもないことを思い出したらしい。アルノーは、マジックポーチを雪崩に持っていかれたのだ。
リリアナが眉尻を下げ、気の毒そうな顔で自分のナイフを取り出すとアルノーに手渡す。
「調理用でよければ使って」
「おお、サンキュ」
さらにリリアナは、アカニンジンを取り出した。テオたちとスープを食べた時に余ったものだ。
短時間で煮込むためには薄切りに……いや、さっそくアレをやってみようか。
ハリスがこの場にいたら絶対にやめろと言われそうだが、いないこの状況なら試してみるチャンスじゃないだろうか。
リリアナはムクムクと大きくなる好奇心を止められなくなった。
あえてアカニンジンを大きく乱切りにして両手鍋の中へ放り込む。
アルミラージの肉もミンチにするのではなく、大きめに切ってみよう。
貴重な食材が無駄になる悪い予感が一瞬頭をよぎったが、ハリスから失敗談を聞いているのだから対処法はわかっている。
鍋の中を圧力でギュウギュウにする時短料理に挑戦よ!
リリアナは張り切って準備を進めた。