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(3)

「よし、終了。拠点まで戻るぞ」

 オウルベアの解体作業が終わり荷物をマジックポーチにしまうと、すぐに雪山エリアから出ることにした。

 雪が強くなってきたものの視界は良好で、拠点からはさほど離れていない。

 行きは上りだったため少々時間がかかったが帰りはすぐだろう。

 しかし雪山の天気の変わりやすさを考えると、余裕のあるうちに撤退しておくほうがいい。


 コハクが乗れと促してくるので、リリアナはまたそれに甘えて背中に跨った。

 モフモフの毛に顔をうずめるリリアナの頭の中はすでに、オウルベア鍋のことでいっぱいになっている。

 しかし拠点が見えてきた時、コハクがピクッ背中を揺らして足を止め、山頂を振り返った。


「ガウッ!」

 コハクが緊迫した鳴き声を上げたと同時に、ゴゴゴゴッという音が辺りに響く。

 雪崩かもしれない。

 コハクが駆け出し、テオとハリスも後を追って駆け出した。


 背後でザザーッとなにかが流れるような音がして白い雪煙がもうもうと立ち上る。

 リリアナがコハクにしがみついたまま振り返ると、すぐ後ろを大量の雪とともに木や魔物たちも流されているのが見えた。

 テオとハリスはぎりぎり巻き込まれずに済み、走り続けている。

 気付くのが遅れてゆっくり歩いていたら巻き込まれていただろうと思うとゾッとする。


 このまま拠点まで走り続ければ大丈夫――そう思った時だった。

 腰になにかが巻きついたような感触があり「ん?」と思った直後、リリアナはコハクの背中から離れ後ろへと引っ張られるように飛んだ。


 背中が軽くなったことに気付いたコハクが急停止し、体を反転させてリリアナに向かって飛んでくる様子。そしてテオとハリスが驚いた顔で振り返る様子が、まるでスローモーションのようにゆっくり見える。

「リリアナ!」

 視界が真っ白になる直前、テオの声が聞こえた気がした。


 雪に埋まりながら流されて息もできない。しかし、どうにか身体強化の魔法だけはかけた。

 ほどなくして流れは止まったが、自分がいまどこを向いて倒れているのか、腰に巻きついたものがなんだったのか、どこまで流されたのか皆目見当がつかない。

 雪に潰され体が思うように動かせず、リリアナの心に焦りと恐怖だけが渦巻き始めた時、すぐ近くでなにかが雪を掻き分けている気配を感じた。

 オウルベアだろうか。だとしたらこの状態で勝ち目はまずない。


 覚悟を決めた時、視界が開けた。

 そこから顔を覗かせたのは……きらきら輝く琥珀色の目と白いモフモフの毛。コハクだった。

 コハクはリリアナの頬をいたわるようにペロリと舐めると、大きな前肢で雪を掻き分けリリアナのコートのフードをくわえて引きずり出してくれた。

「コハク~! ありがとう!」

 自分を追いかけて雪崩に飛び込んでくれたんだろうか。なんて勇敢な子なんだろう。

 リリアナはコハクの首に抱き着いて頬ずりする。

 

 しかしまだ腰を引っ張られるような感覚がある。巻きついたままになっているものを確認すると、それは黒いムチだった。

「なにこれ……」

 コハクにも手伝ってもらってそのムチを手繰り寄せてみた。


 すると少し離れた場所の雪がボコっと盛り上がり、

「ぷはっ」

と、顔を上げて出てきたのは見知らぬ男だった。冒険者だろうか。

 男は体中についた雪を手で払いながら立ち上がると、にっこり笑った。細身で背が高く軽装。ムチを持っているということはレンジャーだろう。

「いやあ、助かったよ。サンキュー」


 男の軽い口調に腹が立つリリアナだ。

「ちょっと! どういうことよ。あなたがわたしを雪崩に引きずり込んだのね!?」

「悪い悪い。雪崩に流されながらなんかに引っかかればって無我夢中でムチを振ったら、こんなかわいいお嬢ちゃんが釣れるだなんてなあ」


 レンジャーは軽薄な男が多いと思うのは偏見だろうか。

 ムスっとするリリアナの傍らでコハクは男に向かって牙をむいている。


「待て待て! 俺は怪しいもんじゃない。本当に感謝してます。このとおり!」

 男が両手を合わせて深々と頭を下げる。


 とそこへ強い風が吹きつけ、吹雪を連れてきた。

 リリアナは辺りを見るが視界が悪く、テオとハリスの姿も拠点も見えない。

 相当流されたのか、現在位置がさっぱりわからない。

「テオ! ハリス先生!」

 大きな声で名を呼んでみたが、風の音でかき消されてしまった。


「こりゃマズいな。避難できそうな場所を探そう」

 嫌だとは言っていられない。もたもたしていたら今度こそ雪の中から一緒に流された魔物が出てくるかもしれないし、ホワイトアウトする前に避難場所を探さなければいけない。

 レンジャーは探索スキルが高いから視界が悪い悪天候の中でもいい避難場所を見つけてくれるだろう。

 

「俺はアルノー。よろしくな」

「リリアナよ。こっちはレオリージャのコハク。わたしの……用心棒よ」

 ペットだと言いかけて、飼い主がハリスだったことを思い出して用心棒にしておいた。

 こう言っておけば、このアルノーと名乗った男が妙な気を起こすこともないだろう。


 リリアナがコハクに跨る。

「こっちだ」

 しばらく耳を澄ませていたアルノーが歩き出し、コハクがその後ろをついていく。

 アルノーは途中、食料にとムチでアルミラージを2匹仕留める余裕さえ見せながらまっすぐ進んだ。

 

 到着したのはほどよい広さのある洞穴だった。

 アルノーは、この洞穴に吹き込む風が微かに立てる笛のような音を頼りに探し当てたと言っているが、リリアナには全く聞こえていなかった。

 レンジャーに向いているのは、聴覚・嗅覚・視覚が鋭敏で勘がよく、器用な人間だ。一流のレンジャーになるためには生まれ持っての素質のほかに、どれだけ実地訓練を積んでその能力を伸ばしてきたかという努力の積み重ねも大きいと聞いたことがある。

 吹雪が強まる中で慌てることなく洞穴を簡単に見つけたアルノーは、レンジャーとしてそこそこの腕前なのだろう。


 しかし引っかかることがひとつ。

「雪崩に巻き込まれるだなんてレンジャー失格ね。パーティーのほかのメンバーたちは?」

 リリアナは暖を取るためにマジックポーチから魔導コンロを取り出して火をつけた。

 マジックポーチが流されなくて助かった。


「さあ、どうなったんだろうな」

 アルノーはどこか投げやりに言って横を向く。

「俺だけ後から入ったメンバーだったからさ、お調子者のフリしながら早く認めてもらえるようにって頑張ってたし、うまくやれてるって思ってたのによ」


 どうやらお調子者はキャラづくりだったようだ。

 アルノーは憂いを含んだ青灰の目を伏せ、経緯をぽつりぽつりと語り始めた。

 

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