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8皿目 アルミラージの圧力スープ(1)

【オウルベアの毛皮 白色なら尚よし】


 今回はこの依頼を受けるためにしっかり防寒着を着こんできたリリアナたちだ。

 オウルベアはフクロウとクマを合体させたような魔物で、雪山エリアに生息している。獣の体毛と鳥の羽が合わさったようなフカフカの毛皮は保温性と防水性に優れている。

 特に白い毛色のオウルベアは、周辺諸国の金持ちが着用するコートの素材として人気だ。

 

 常に極寒の地で暮らしているため脂をたっぷり蓄えた肉は霜降りで、クマ肉のような旨味の強さと鶏肉のやわらかさを併せ持つ極上の逸品でもある。


 少々驚いたのは、昨夜テオが突然リリアナに耳当てをプレゼントしてくれたことだった。白いふわふわの毛は、以前ネリスとの一件で訪れたワカヤシの湖の周辺でテオ本人が狩ったシロイタチのものだ。

 リリアナはあの時気にも留めていなかったが、テオがイタチの毛を清算せずに持ち出していた記憶がよみがえる。

「もしかして作ってくれていたの?」

 ガーデン周辺の街には、直接素材を持ち込んで装備品や装飾品をオーダーメイドできる店がいくつかある。

「あん時、リリアナの耳が寒そうだって思ったから」

 テオはぶっきらぼうにそう言って、耳当てを押し付けてきた。

 昨晩のそのやり取りを思い出し、リリアナの口元はひとりでに綻んでしまう。


 いまのところ幸いなことに吹雪にはなっていない。雪が少々チラついている程度だが、それでも寒い者は寒い。

 スノーブーツのかかとが埋まるぐらい積もっている雪をギュッギュッと踏み固めながら先へ進む。

「寒い……」

 雪道を歩くリリアナがぶるりと震えた。

 筋肉量の多いハリスやテオと違い、体の細いリリアナにはしっかり防寒していても雪山エリアの寒さがこたえる。

 すると隣を歩くコハクがリリアナのコートの袖を咥えてクイクイと引っ張った。

 どうやら背中に乗れと言っているようだ。


 成体のレオリージャになりつつあるコハクは、あっという間にリリアナを軽々背中に乗せられる大きさになった。

「コハク~! ありがとう!」

 コハクの厚意に甘えて背中に飛び乗ったリリアナは上半身を倒し、しがみつくようにしてモフモフの白い毛に顔を埋める。

 あったかい! モフモフ万歳っ!!

 

 しばらくそうして暖を取った後、リリアナはマジックポーチからチョコレートバーを出した。

 雪山のような滞在しているだけで体力を消耗してしまうエリアでは、こまめに補助食をとる必要がある。

 このチョコレートバーは、バターと旬のフルーツをふんだんに使い、塩で味を締めているハリスの特製だ。

 チョコレートと水は相性が悪いため、生フルーツのみずみずしさを残しつつどこまで水分を飛ばせばチョコレートバーの形状と味の調和が保てるのか、ハリスが何度も試行錯誤を繰り返して辿り着いたという配合で作られている。


 口に含むとチョコレートがじんわりと溶ける。チョコレートの甘さの後にバターのコクが広がる。奥歯で潰すように噛むと、皮ごとナパージュでコーティングしているマスカットがプチッと弾けた。

 マスカットの甘酸っぱさがバターの少々しつこいコクを爽やかに喉の奥へと流し、後味に残る微かなしょっぱさが絶妙だ。


 チョコレートバーの摂取は、体力だけでなく気力の維持も兼ねている。気象条件が過酷なエリアではモチベーションをいかにして保つかも重要になってくる。

 リリアナにとってハリス特製のチョコレートバーは、モチベーション維持どころではなく大幅アップする絶品の非常食だ。どんな魔法をもってしても、こんなに素晴らしいチョコレートバーは作れないだろうと舌を巻いてしまう。


 雪道の脇、誰も足を踏み入れていないきれいな雪原に小さな足跡を見つけた。雪と同じ色でわかりにくいが、よく目を凝らすと前方に2匹のアルミラージがいる。

 ハリスが無言のまま手で止まるように指示を出し、リリアナは音を立てないよう静かにコハクから降りた。

 アルミラージは額に尖った角が1本生えているウサギに似た魔物で、肉食のオウルベアの大好物でもある。

 まずアルミラージを仕留めて、それを囮にオウルベアを呼び寄せる作戦だ。


 ハリスとアイコンタクトを取ると、リリアナはアルミラージの背後へ向けて魔法の波動を放ち、雪をわずかに爆発させる。

 ポン!という破裂音に驚いたアルミラージたちが、こちらへピョンピョン跳ねてきた。

 一匹はハリスが投げたおろし金が額に当たり、失神したところでハリスがすばやく急所を出刃包丁のひと刺しで仕留めた。おろし金を投擲武器にするとはさすがはベテラン調理士だ。

 もう一匹の方は、テオが一撃で仕留め損ねたらしい。

「待てコラァ!」

 斧を振り回しながら追いかけて、どうにか倒したテオだった。


「一旦ここで休憩だ」

 雪洞の脇の、雪が吹き溜まりになってこんもり積もっている箇所を利用することにした。リリアナとテオがかまくらを作りハリスが食事の用意をする間、コハクは周囲の警戒をする。

 セーフティカードを置けば結界が張られるため魔物に襲われる心配はないが、それよりも危険なのは雪崩だ。


 雪山エリアは常に気温が低いため、気温の上昇で雪が緩むことによる雪崩は起こらない。

 しかし魔物を狩るための魔法や罠の爆薬の加減を間違うと、その衝撃で雪崩が発生することがある。

 セーフティカードは招かざる魔物の侵入を防ぐだけで、あらゆるものから身を守ってくれるシェルターではない。雪崩に巻き込まれれば流されてしまうし、猛吹雪の寒さをしのげるわけでもない。

 そのためコハクは、視覚と聴覚を使って山頂付近からの雪崩がないか警戒してくれているというわけだ。


 リリアナは、かまくら作りの途中で雪の下からアカニンジンを発見した。

 雪の下でも育つニンジンで、これがアルミラージの餌になっている。真っ赤な色をしていて、少し辛みがあるのが特徴だ。

「ハリス先生! これも一緒に調理して」

 リリアナからアカニンジンを受け取ったハリスは、ちょうどアルミラージを捌き終えたところだった。

「いいね。一緒に煮込むか」

 

 コハク用の生肉を取り分け、残りのアルミラージの肉は細かくミンチにして香辛料とともにひと口大の団子状にまとめてある。

 ハリスは、アカニンジンを薄切りにして水を張った鍋に入れて火にかけると立ち上がった。

 テオが首を切り落とした方は囮には使えないが、ハリスが仕留めたアルミラージの皮は、腹部を開かれただけでまだきれいに姿を残している。この皮に内臓を詰め直すと、ハリスは少し離れた岩陰に置いた。


 一見すると、怪我をして動けなくなっているアルミラージのようだ。

 この見た目と血の匂いでオウルベアを誘う。オウルベアを探して歩き回るよりも、向こうから獲物がやって来るのをかまくらで食事しながら待つ方が効率がいい。


「お腹すいたー。テオ、早くかまくら完成させるわよっ!」

 呆れた顔で笑うテオをせかして、アルミラージの肉団子スープを早く食べるべく張り切るリリアナだ。

 

 

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