(4)
(テオ視点)
テオの故郷の里は山間にあり、近くの沢は泳げるような深さではなかったため、これまで本格的に泳いだ経験がなかった。
それをリリアナとコハクがからかってくるのが悔しくて、懸命にもがいているうちにどうやらコツを掴んだらしい。
特にクラーケンを食べてからはバフのおかげかスイスイ泳げるようになったが、海底まで潜って貝を拾うのはまた勝手が違って苦戦していると、リリアナが網いっぱいに貝を詰め込んで泳いでいるのが見えた。
あっちには宝石貝がそんなにたくさんいるのかと思って、リリアナがいた方向へ泳いでいく。
その付近の海底には不自然なほど大量の宝石貝がいるのが見えた。
そのせいだろうか、妙な違和感がある。
よく確かめるために一旦海面に出て大きく息を吸い、潜って近づいていく途中で背筋がゾクリとしてテオは動きを止める。
なにかいる。宝石貝ではなく別の、もっと大きな魔物だ。
しかしよく見渡せる海の中は平穏そのものだ。
嫌な予感の正体を探ろうとしていると、テオの視界の端にリリアナが泳いでくるのが見えた。
ダメだ。来ちゃいけない!
声が出せないから手を振って止めようとしたが、伝わらなかったらしい。
次の瞬間、海底から盛り上がるように動き始めたそれはリリアナに襲いかかり、大きな口を開けてリリアナを飲み込んでしまった。
嘘だろ。海底の風景に擬態していたのか!?
それは平べったい大きな魚だった。
おびき寄せるためのエサになりそうなものをそばに置き、擬態して獲物をじっと待つ大きな魔魚がいると聞いたことがある。
「先生! リリアナが魚に飲みこまれた!」
海面に浮上して叫んだテオは再び潜る。
魚のヒレを掴もうとするもヌルヌルしていてうまく掴めない。急いで頭の方へ泳ぎ、今度はエラをがっちり掴んだ。
もう片方の手で魚を殴ったものの、水の抵抗と海中で踏ん張りがきかないためうまく力が出せない。エラを掴まれても構うことなく海底を這うように沖へ逃げようとする魚に引き摺られる。
このままではどうしようもないと思った時、テオの足に岩が当たった。
きっとこれが唯一のチャンスだ。
テオは瞬時に、この岩に足をかけて踏ん張り魚をぶん投げるイメージを膨らませて手足にありったけの闘気を込める。
そして、利き腕が壊れたって構うものかとさらに気合を入れて歯を食いしばり、魚を持ち上げて海面に向かって投げ飛ばした。
大きな魚が飛んでいくのを見届けたところで息が続かなくなり、慌てて海面に顔を出す。
水の抵抗に逆らいながら渾身の力を込めて魚を投げた右肩が悲鳴をあげている。
砂浜に横たわる魚の目にハリスの出刃包丁が刺さっているのが見えた。
そうだ、リリアナがまだアイツの中に……。
「肩いてえとか言ってる場合かっ!」
テオは懸命に泳ぎ、砂浜に戻った。
魚はすでに息絶えているようだった。
コハクが心配そうに魚の周りを行ったり来たりウロウロしている。
「海王魚だ。浅瀬にはあまりいない魔物だが、さっきのクラーケンを追ってきたのかもしれない」
ハリスはテオに説明しながら包丁で手早く海王魚の腹を割き、内臓を取り出した。
でろんと飛び出した胃と思われる大きな袋状のものが暴れるように激しく動いている。
「リリアナ、助けてやるから動くな」
ハリスが声をかけると、ぴたりと動かなくなった。
中にいるリリアナを傷つけないようハリスが丁寧に切り開くと、粘液やほかの魚とともにリリアナが出てきた。
ハリスが水魔法でリリアナにまとわりついている粘液をきれいに洗い流す。
「死ぬかと思ったあぁぁぁっ!」
砂浜にペタンと座って半べそをかいているが、どこもなんともないようだ。
リリアナの元気な声を聞いた途端、再びテオの右肩が再び痛み出した。
「テオ、よくやった」
ハリスに褒められたテオは、肩を押さえながらもホッとしたように笑ったのだった。