(2)
テオは、自分がいつ起き上がったのかさえもよく覚えていないほど夢中になってステーキを食べ続けた。
捕食される側だとか、逃げようだとかいうことも忘れて無心でステーキを咀嚼しては胃袋へと流し込み、リリアナと競うかのように「おかわり!」とハリスに空の皿を差し出す。
不思議なことに、食べれば食べるほど体の痛みが取れて元気になり、さらに食欲が増すのだ。
肉は柔らかく、いくら食べても顎が疲れない。味は牛肉に近い気がする。
味は牛肉に近い気もするが、これまでこんな分厚いステーキを食べた経験のないテオには、なんの肉かわからないままだ。
ハリスが1皿ごとに香辛料や付け合わせのハーブを替えて味に変化をつける細やかな気遣いをしてくれるため、単調な味に飽きるということもない。
ハリスは相変わらず黙々と肉を焼き続けていたが、テオの様子に満足しているのか口元には笑みを浮かべていた。
生肉が残り1枚となった時、リリアナがテオを睨んだ。
「最後の1枚はハリス先生の分だから。ずうずうしくまだ食べたいとか言っちゃダメよ」
「おまえがそれを言うか? いったい何枚食ったんだよ」
テオが呆れながら言い返す。
リリアナは恐ろしい魔物だ。
普段は鍛え上げた腹筋で引き締まっているテオの下っ腹がぽっこり出て少々苦しいというのに、リリアナの腰は薄っぺらいままだ。
あの大量の肉はどこへ消えたのか。
コイツに食べられたらその答えがわかるんだろうか。
そんなことを考えていたらいつの間にかテオの真ん前にリリアナの顔があって、驚いてのけぞった。
「うわっ」
「ずいぶん元気になったじゃないの。さすがは魔牛のステーキね」
「魔牛の肉だったのか……」
魔牛は黒毛の牛型で頭部には2本の太いツノがある。普通の牛よりも体がかなり大きく、しかも獰猛な魔物だ。
まさかあの巨体1頭分の肉をこの食事で食べ尽くしたってことだろうかと考えて、テオはゾッとした。
「魔牛は干し肉しか食べたことがない。生肉を焼いたらあんなにも美味いんだな」
「しかも回復効果が干し肉よりも遥かに高いのよ」
リリアナに得意げに言われて納得したテオだ。
ステーキを食べれば食べるほど元気になっていったのは単に空腹が満たされたからというだけでなく、実際に体力も怪我も回復していたということだろう。
疲労回復効果を謳っている巷の商店の魔牛の干し肉は、実際は気休め程度の効果しかない。
それでも持ち運びに便利な上にそのまま食べられるため、最近ではもっぱら干し肉がテオの主食のようになっている。
「『トラブルメーカーのテオ』ってあなたのことだったのね」
「え?」
なぜ自分の名前をと思ったテオだったが、首に下げている冒険者カードをリリアナが見ていることに気づいた。
冒険者カードには名前と生年月日が印字されているほか、冒険者がガーデンで倒した魔物の記録も保存される金属製のプレートで、ガーデンに入る際には携帯が義務付けられている。
「とんでもない野生児でトラブルメーカーだっていう噂を聞いていたからきっと強いんだろうなって思っていたのに、あなたこんなちっちゃい子にズタボロにされるだなんて、意外と弱いのね」
リリアナがレオリージャの子供を抱きかかえてテオに見せる。
間近でその白い毛を見た時に気づいた。
倒れる寸前、テオの顔めがけて飛んで来た物体はコイツだったのかと。
「ちげーし! 俺は弱くなんかない!」
テオはムスッとしながら叫んだ。