(2)
キングマンドラゴラはテオの予想を遥かに上回る大きさだった。
顔の位置はテオの目線よりも上にあり、頭頂部から生えている緑色の野菜に擬態している部分を合わせると、いまテオが暮らしているハリスの家の屋根ほどの高さがある。
たしかにキングサイズだ。
その巨大なマンドラゴラが触手を振り回し、草原エリアで暴れまわっている。
「なんだよ、あれ……」
「あらあ」
呆然とキングマンドラゴラを見つめるテオの横にはエミリーもいる。
エミリーは元冒険者だ。初心者講習会で助けてもらったため、彼女が相当な手練れであることは承知している。
「倒し甲斐がありそうだわぁ」
嬉しそうに嫣然と笑ったエミリーがムチをピシィっと地面に打ち付け、キングマンドラゴラに向かっていく。
そんなエミリーの背中を追いかけて駆け出したテオは、低木の陰でブルブル震えながらライフルを構えているガンナーの男がいることに気付いた。
キングマンドラゴラと戦おうと思った勇気は称えるが、あんなに震えていたんじゃ弾が冒険者に当たってしまいそうだ。
「おまえ、なにやってんだよ」
「ひっ!!」
背後から声をかけると男は肩をビクっと震わせて振り返り、テオに銃口を向ける。
「待て待て待て!」
テオは慌てて手を大きく振り、自分が無害であることを示した。
「あのなあ、怖いなら無理に討伐に参加せずに帰れよ」
「いや……あの、実はあれ……僕のせいなんです」
「は?」
男はジョージと名乗り、手短にキングマンドラゴラ誕生のいきさつを語った。
ジョージが元いたパーティーのメンバーがマンドラゴラの成長促進禁止のお触れを見て、逆にやってみようじゃないかと言い出したらしい。
そして2カ月前に草原エリアの一角でこっそり土を耕し禁断の3条件を揃えて試してみたのだが、2週間経っても頼りない小さな芽が出ているだけでうまくいかなかった。それを見て興味を失い、マンドラゴラを蒔いたことすら忘れていたらしい。
ところが、今日パーティーで草原エリアにやってきて、たまたまその場所を通りかかった時に、あり得ないぐらい巨大な緑色の葉が茂っていたという。
『なあ! これもしかして!』
メンバーのひとりの大声に反応して周辺の土がボコボコっと盛り上がり、キングマンドラゴラが飛び出してきたらしい。どうにか逃げ伸びたパーティーは、偶然見かけましたという体でギルドにキングマンドラゴラが暴れていると報告だけして知らん顔を決め込んだ。
ジョージはこれに異議を唱え、きちんと事実を報告してペナルティを受けた方がいいと主張したが聞き入れられず、あろうことかパーティーを追放されてしまったようだ。
うんうん、と頷きながらジョージの話を聞いていたテオはいいことを思いついた。
「ジョージ、おまえ家事は得意か?」
「え、家事ですか? はい、もともと調理士を目指していたんで料理を中心に一通りは……」
ジョージが言い終える前にテオが彼の手をガシっと握る。
「よし、さっきの話は聞かなかったことにしてやる。俺がジョージの分までしっかり戦ってアイツをサクっと倒してきてやるから、その代わりにここを出たら俺ん家の手伝いをしてくれ」
ジョージが戸惑いつつもとりあえず頷いたのを見届けて、テオはキングマンドラゴラに向かっていった。
緊急要請だったため、討伐隊の中にはリストランテ・ガーデンの調理士たちまでいる。
「丸々太って美味そうじゃねーか!」
テオが豪快に斧を振り回し、触手を1本切り落とした。
昼食がひどかったせいで空腹のテオには、キングマンドラゴラが食材にしか見えない。
おあつらえ向きに調理士が何人もこの場に居合わせている。討伐完了後はなにかご馳走してくれるだろう。
テオは、ちょっとリリアナの気持ちがわかった気がした。
「とっとと倒して食ってやるからなっ!」
ハリスとリリアナと出会わなければ決して口にしなかったであろう言葉を叫びながら、凄まじい闘気を放った。
そんなテオの活躍もあり、ほどなくしてキングマンドラゴラは討伐完了となった。
大怪我を負った者もおらず全員無事だ。
そしてテオの目論見通り、安全地帯で調理士たちがキングマンドラゴラを捌いてガーデン料理を振る舞ってくれた。
コンソメ仕立てのマンドラゴラのポトフをはじめ、柑橘系のハーブを使った爽やかなマンドラゴラサラダ、緑色の葉の部分をみじん切りにしてそぼろ風にしたあんかけ。
クリーム煮は、マンドラゴラが口の中でとろけていく絶品だった。
続々と出来上がる料理を、テオは片っ端から食べていく。
「美味すぎる!」
サラダのシャキっとした歯ごたえも、よく煮込まれてほろりと崩れる食感も、どちらも楽しくて美味しい。
食べる手が止まらず、すごい勢いでかき込み続けた。
マンドラゴラの味にクセがないため肉とも魚介とも相性が良く、ハリスならこれでどんな料理を作るんだろうかと考えて、ふと隣にリリアナがいないことを寂しく思ったテオだ。
「相当お腹が空いていたんですね」
今日はリリアナの代わりにジョージが隣にいる。
「そうなんだよ。リリアナが俺を置いていくから……」
するとジョージは、納得いったように大きく頷いた。
「なるほど、奥さんが出ていったんですね!」
「ちげーし!」
夕食の分もと欲張ってマンドラゴラ料理をたらふく食べたテオは、大満足でジョージを家に連れ帰った。
「料理はもういいから掃除を手伝ってくれ」
リリアナのメモを渡すと、ジョージはそれにサッと目を通して頷いた。
「ええっと、エプロンはありますか?」
「エプロン? 必要か?」
確かにリリアナはこの家で家事をする時にいつもエプロンを着用しているが、テオは着けなくても構わない。
「家事をする時の装備みたいなものです。エプロンを着けることで『さあ、やるぞ』って気合を入れるんですよ」
「そ、そうなのか」
急に雰囲気の変わったジョージに少々たじろぎながら、キッチンの棚に畳んで置いてあったエプロンを掴んでジョージに手渡す。
「テオさんも着けるんですよ!」
「ええっ!?」
なぜだろう、エプロン着用でさらにジョージに妙なスイッチが入ってしまったらしい。
ジョージに家事を頼んだのは自分だ。ちょっと思っていたのと違うとも言いにくく、指示されるままにもう一枚の花柄のエプロンを着けるテオだった。
キングマンドラゴラを前にライフルを持つ手を震わせていたジョージは、家事となると人が変わったようにハキハキ、キビキビしていた。
こいつ、冒険者向いてねえな。
「テオさん、手を止めない! しっかり雑巾がけしてください!」
「はい!」
こうしてジョージの厳しい指導の下、テオは拙いながらも一通りの家事をこなせるようになった。
数日後、予定よりも早く帰ってきたリリアナにエプロン姿を見られたのは誤算だったが、リリアナの元気な声を聞いてほんの少し胸が高鳴ったことは絶対に秘密だ。
(閑話・了)