(4)
『あのふたりだ。頼むぞ』
低い声だがブルーノ会長ものだと思われる。
「やっぱり尾行は、ブルーノ会長の差し金だったのね」
リリアナが呟くとハリスも無言で頷いた。
食事に誘って時間稼ぎをし、その間に尾行役を手配したのだろう。
次に会話が聞こえた場所は、ブルーノ商会の一室のようだった。
ドアの開閉音の後、ブルーノ会長ともうひとり男の声がする。
『あちこちで聞き込みをしながら宿に入っていきました』
『ご苦労だった』
『明後日の取引はどうします?』
『予定通りだ。ただしこれが最後だな。それにふさわしい取引だからちょうどよかった。よろしく頼む』
『かしこまりました』
コハクは、この部屋の窓のひさしかフラワーボックスにでも潜んでいたに違いない。レオリージャの知能が高いことは知っているリリアナだが、なんて優秀なんだろうかと感心しながら膝の上のコハクを優しく撫でる。
ガーデンの魔物は、冒険者のことを自分の主人であると認めなければペットにはならない。
ただ捕まえて無理矢理首輪を着けたとしても、首輪の効果は発動しない。
圧倒的な力の差があって服従を誓ったり、懐いて心を許さなければ冒険者のペットにはならないのだ。
冒険者に信頼を寄せて主従契約を結んだのに、そのペットを横流しして弱体化させたまま貴族の自己顕示欲を満たすための愛玩動物にするなど、断じて許してはならない。
クアッと小さくあくびをするコハクの柔らかい毛を撫でながら、リリアナはこの一件の完全決着を心に誓った。
翌日、リリアナとハリスは再びブルーノ商会を訪れた。
コハクは昨日たくさん働いてもらったため、今日はホテルの部屋で休ませている。
出迎えたブルーノ会長のスーツの襟には、趣味の悪いデザインのべっ甲のブローチがつけられていた。
「お嬢さん、お目が高いですね。これは希少価値の高いレッドタイマイの甲羅で作った高価なブローチでしてね」
応接室に向かいながらブルーノ会長の自慢話が始まる。
リリアナの視線に気付いたからというよりは、このブローチの話をしたくてたまらなかった様子だ。
レッドタイマイは、ガーデンの熱帯エリアに生息する大きなカメ型の魔物で、その名の通り甲羅が赤い。
その甲羅から作る赤みがかったべっ甲は希少価値が高くて貴族の間でとても人気だと聞いている。しかし彼がつけているブローチは赤すぎる。
温かみのある柔らかい色合いが魅力のべっ甲にわざわざ着色を施すことはあり得ない。だからこれも昨日の魔牛の角と同様、よく確認するまでもなく偽物だとわかってしまった。
リリアナは愛想笑いと適当な相槌を打ちながら応接室へ入った。
ソファに座るなりハリスが切り出す。
「我々の得た情報では、明日ペットの取引が行われるようです」
さあ、ブルーノ会長はどんな反応をするだろうか。
リリアナは正面に腰かける彼の顔をじっと見つめたが、動揺するような仕草は見せない。
「そうですか。お手柄ですね! では警備隊にも協力を仰いで国境の関所でラシンダへ運ばれる荷物をよく点検しましょう」
ここでソバ茶が運ばれてきた。
湯気の立つソバ茶を一口飲んで、ブルーノ会長がにっこり笑う。
「私どもでは普通の動物とガーデンのペットの区別がつきませんので、おふたりにも明朝から関所に待機していただきたいのですが、よろしいですか?」
ハリスがこれを了承し、ソバ茶を飲み終えるとあっさりブルーノ商会を後にしたことがリリアナには不可解だった。
首謀者はブルーノ会長だとわかっているのに、ハリスはそのことには触れなかった。まだ泳がせるつもりなのだろうか。
もちろん実際にペットを確認しないことには告発できないが、それにしてもブルーノ会長の態度も不可解だ。
明日の取引のことを把握しているとこちらの手の内を見せたにも関わらず顔色ひとつ変えなかった。明日の積み荷に混ぜる予定だったペットを取りやめて、情報はガセだったことにするつもりかもしれない。
今回のリリアナたちの行動でガーデン管理ギルドの調査が身近に迫っていると知り、ペットの取引を当分やめよう、あるいは金輪際やめようと思ってくれたのならそれでいい。
しかし昨晩、録音石で聞いた『これが最後』『それにふさわしい取引』というブルーノ会長がどうも引っかかる。
リリアナはモヤモヤした気持ちを抱えたまま、ハリスと朝市へと赴いた。
今日は尾行はついていないようだが、歩きながらする話ではないため、ホテルに戻ったらハリスがどういうつもりなのか聞いてみようと思った。
「よしっ、ひとまず腹ごしらえよっ!」
「ああ、そうしよう」
ハリスが苦笑しながら頷いた。