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「この街を離れる前に、ぜひもう一度当店へお立ち寄りください」
「はい、また来ますね。ごちそうさまでした」
食事を終えたリリアナたちを、店の入り口でヨアナが見送る。
外に出てみるとあたりはすっかり日が暮れて薄闇になっていた。
ブルーノ会長とはソバの実亭の前で別れ、宿の方向へと足を進めてしばらく経った時だった。
刺すような視線を感じた気がして振り返ろうとするリリアナを、横を歩くハリスが小声で制す。
「そのまま気付かないふりをして歩くぞ」
ここで神妙な顔をして頷いたりしては、尾行に気付いたことがバレてしまう。
「先生、ガレット美味しかったわね!」
リリアナが明るく言うと、ハリスが口角を上げる。
「そうだな」
その調子だと言ってくれているような微笑みに安心してリリアナも笑った。
ふたりは宿に向かう途中の商店や酒場で、あえて大っぴらにペットの違法取引に関する聞き込みをして回った。その間もずっと尾行がついている気配を感じていたが、気づかないふりを続ける。
聞き込みで得られた情報は、檻に入れられた猫や犬を見かけたことはあるが、それがガーデンの生き物かどうかはわからないという内容ばかりだった。
ガーデンの魔物の見分け方は、赤い石がはめ込まれた首輪を着けているか否かだが、ガーデンに興味のない者たちはそこまで知らないため、動物たちの首輪に注目しないのだろう。
ガーデン管理ギルドが手配してくれた宿に到着した。街で最も高級な宿のため、盗聴されたり賊に寝込みを襲われたりする心配はなさそうだ。
3階のハリスの客室でくつろぎながら今日のことをおさらいする。
「先生はヨアナさんと知り合いなの?」
「直接の関わり合いはなかったが、彼女は元調理士だ」
ガーデンで調理士を専業にしている冒険者の人数は多くない。だから言葉を交わしたことはなくても、顔と名前ぐらいは知っているのが普通だ。
それにハリスのことを知らない調理士はいない。ソバの実亭でハリスとヨアナが無言のまま一瞬視線を絡めていたのは、互いの素性を知ってのことだろう。
「たしかケガを負って引退して、故郷に帰ったと聞いた」
「商会長さんと仲がよさそうだったわね」
ヨアナが気安い口調で話していた様子を思い返す。
成金趣味の商会長とナチュラルで質素な女性シェフ。気が合いそうだとは思えない。
「年齢が近いから、子供の頃からの知り合いかもしれないな」
なるほど、その線はあるかもしれないと納得したリリアナだ。
ここまで来れば今回の依頼のタレコミを誰がしたのか、リリアナにもなんとなく見えてくる。
その答えを口にしていいものか迷った時、窓をカリカリ引っ掻く音が聞こえた。
ハリスが窓を開けるとコハクがするりと中へ入ってくる。
「コハク、ご苦労様」
ピョンと膝に飛び乗ったコハクは、リリアナに抱きしめられて嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らす。
実はマルドに着いて馬車を降りてから、コハクとは距離をとって歩いていた。
ブルーノ商会に入る時は外で待機させていたため、リリアナとハリスがペットを連れてきていると気付かれていないだろう。
魔道具の首輪の上から別の首輪をつけていたため、よほど接近しなければ本当は魔物だとバレる心配もない。
食事の後、ハリスはさりげなくコハクにハンドサインを送った。それに従って、ブルーノ会長へ着いていったコハクがようやく合流した。
ガーデンのペットは主人の居場所がわかるため、離れていてもきちんと主人の元へ戻ってくる。
ハリスがコハクの首に重ねてつけた首輪のひとつを外した。
録音石という魔石がある。
ガーデンの熱帯エリアに生息するオウム似のカラフルな鳥型の魔物・コダマ鳥から採れる石だ。コダマ鳥は、周りの音や声を真似るのではなく鮮明に録音し、再生する変わった能力がある。
そのコダマ鳥の喉から稀に採れる石は綺麗な緑色をしている。これを特殊な製造方法で加工したのが録音石だ。
コダマ鳥の数が少ない上に稀にしか採集できないため、きわめて希少価値の高い魔石で、ガーデン管理ギルドが録音石の製造方法を秘匿し流通を独占している。それを高値で各国の要人に売っているという噂もある。
今回の潜入ミッションにあたり、録音石をギルドから借りた。リリアナは実物を見るのは初めてだ。革のベルトの装飾を装った緑色の小さな石を眺めていると、誓約書へのサインを求められた。
この石を悪用したり横流した場合は、口がオウムのクチバシになる呪いにかかると明記されている箇所を読み、ゾッとしたリリアナだ。
大食いの呪いだけでも厄介なのに、クチバシ!? 冗談じゃないわ、食べにくいじゃないの!
そう思いながらサインをした。
その録音石があしらわれたベルトをコハクの首輪の上に巻いて、別行動させていたという訳だ。
録音石を借りた時に教えられた再生の呪文をハリスが唱えると、石から音が流れ始める。
最初は雑踏の音が続いていた。
途中でハリスとブルーノ会長の声が聞こえ始めた。これはブルーノ商会からソバの実亭へ向かう途中に交わしていた会話だ。
リリアナはあの時コハクがどこにいるか把握していなかったが、しっかり後を付けていたらしい。
そしてまた雑踏がしばらく続く。
『はい、また来ますね。ごちそうさまでした』
リリアナの声が聞こえる。ソバの実亭から出てきた時の会話だろう。
この後コハクは、ブルーノ会長を尾行したはずだ。
するとその後すぐに、ボソボソとした声が聞こえた。