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(6)

「お、ちょうどいい大きさだな」

 ハリスは早速ワカヤシに水溶き小麦粉の衣をつけて油に投入していった。

 手伝うリリアナにコハクがすり寄って来て、足元を温めてくれる。

 小ぶりのワカヤシは、はらわたも取らずにそのままで、そこそこ育っているものは包丁でサッとはらわたを取り除いてから揚げる。


 サクっと揚がったワカヤシに塩を振り、あっというまにワカヤシのフリッターが完成した。

 ワカヤシは、頭から尻尾まで骨も全て食べられるのが魅力のひとつだ。

 

 バスケットに並べていると、横からヒョイっと手が伸びてきた。

「うわ、美味そうだな」

 つまみ食いしたのはテオだ。

「ちょっと! これマリールちゃんの分なんだから、やめてよね!」

 サクサクといい音を立ててワカヤシのフリッターを咀嚼しているテオは、聞く耳を持たずにさらに手を伸ばそうとする。

 リリアナはその手をペシっ叩いてたしなめ、フォークを添えてバスケットを差し出した。

「これ、ネリスたちのところへ届けてね。途中でつまみ食いしたらダメだからね!」


 かわりにテオのバケツを受け取ると、ワカヤシが10尾入っていた。

「テオもなかなかやるわね」

「そうだな」

 リリアナとハリスは顔を見合わせて笑い、またフリッターを作り始める。


「おーい! 竿引いてるぞー!」

 テオの声が聞こえて顔を上げる。どうやらリリアナの竿に当たりがあったらしい。

「いま手が離せないから、テオが上げてー!」

 フライパンの前に立ったままリリアナが手を振った。

 

 ワカヤシには、体を温め耐寒性をアップさせる効果がある。

 フリッターを10尾食べて体がホカホカになったテオは、どこかへ行ってしまった。


 このエリアは安全地帯(セーフティゾーン)ではない。

 モダヤシの天敵であるシロイタチも生息しているのだ。しかし稚魚の間は氷の下で天敵に襲われることなく成長できる仕組みになっている。

 ワカヤシのフリッターの匂いに誘われたのかゴミ狙いなのかは定かでないが、シロイタチが遠巻きに集まってきた。

 積極的に人間を襲う魔物ではないけれど、牙や爪が鋭いため警戒は怠らないほうがいい。

 そのシロイタチに気づいたテオが、斧を振り回して追いかけていったという訳だ。

 

「あいつはどこへ行ったんだ?」

 ネリスがバケツを持ってきた。

「テオならパトロール中だから気にしなくていいわ、じっとできない性格なのよ」

 バケツにはまたたくさんのワカヤシが入っている。


「ワカヤシのフリッターは、お姫様の口に合ったかな」

 ハリスの問いにネリスは大きく頷いた。

「自分たちで釣り上げたものをその場で食べるのは、格別の美味しさだな。マリールもとても気に入ったようだ」

 まさにそれがガーデン料理の醍醐味だ。


 ナイフはどこかと言うマリールに、ここではそんな上品な食べ方はしないのだとネリスが説明し、フォークを突き刺して噛りついて見せたところ、彼女もおずおずそれを真似て食べたという。

「『美味しい』って笑う顔が可愛すぎて……」

 ネリスが顔を赤くする。

「よかったわね」

「ありがとう、リリアナ。ところで私たちはあと10尾ずつ食べればもう十分なんだが、彼女がもっと釣りたい様子なんだ。残りはリリアナたちに食べてもらっていいだろうか」

「もちろんよっ!」

 リリアナが前のめりで答える。

「じゃんじゃん持ってきてちょうだい!」


 マリールの釣果が凄まじく、ワカヤシの調理に追われているため、自分ではほとんど釣りができていないリリアナだ。

 本当はずっと空腹で仕方なかったのだが、今回はネリスとマリールの仲を取り持つことが大きな目標のため密かに耐えていた。

 出来上がったフリッターをネリスたちに届け、自分の釣り道具を片付けてハリスのもとへ戻ると、皿に盛られたワカヤシのフリッターが待っていた。

「お疲れさん、リリアナの分だ」

「いただきますっ!」


 折り畳みチェアに座り、足元に寄ってきたコハクの鼻先に一尾差し出す。

「はい、コハクもどうぞ」

 コハクは嬉しそうにパクリと咥え、シャクシャクといい音を立てて食べ始めた。

 リリアナもワカヤシのフリッターに頭から齧りつく。


 稚魚でありながらしっかり脂ののった白身は、ふっくらとしていて食べ応えがある。

 骨はやわらかくて、まったく気にせずに飲み込める。

 はらわたのほどよい苦みがいいアクセントになっていて、いくらでも食べられそうだ。

 ハリスの調理もいつもながら見事で、衣は軽くサクサクに揚がっている。


 口当たりの良さに手が止まらず、リリアナは物凄い勢いで食べ続けた。

 

「酒が呑みたくなるな」

 味見したハリスの呟きが聞こえたリリアナは、コハクと顔を見合わせて笑った。

 互いの口元から漏れた湯気が、白く舞って溶けていった。


 ******

 

「勝負の結果は、マリールちゃんの勝ちです!」

 リリアナとハリスが拍手を送り、テオは少々おもしろくなさそうな顔をしている。

 マリールはひとりでとんでもない数のワカヤシを釣り、それをリリアナと戻ってきたテオがきれいに平らげた。

 ワカヤシの効果で全員ほかほかだ。


「ありがとうございます! とっても楽しかったです。ネリス様、また誘ってくださいね」

「そうだな、また来よう。マリールがこんなにも釣りが得意だとは知らなかった」

「まあ、ビギナーズラックですわ」


 ビギナーズラックであんなに釣られてたまるか!というワカヤシたちの声が湖底から聞こえそうだ。

 ネリスとマリールはすっかり親密度が増して、手までつないでいる。

 

「リリアナ、もしよかったら私の第二夫人にならないか。食べ物に困ることはないと約束しよう」


 婚約者が横にいる状況でなんてことを言いだすんだと目を瞬かせるリリアナに、マリールまでとんでもないことを言い始める。

「いいですわね! わたくしたち、仲良く暮らせると思いますわ!」


 どうやら北方の国々とリリアナの出身国とでは、夫婦や家族の概念が違うらしい。

 そのことはひとまず置いといて、食いっぱぐれる心配がないというのは大食いの呪いにかかっているリリアナにとって非常に魅力的な提案だ。

 とりあえず保留にしてもらえないかと答えようとするリリアナの腕をテオが掴んで引っ張った。

「くだらねえこと言ってないでもう帰るぞ」


「なんだ。しっかり恋しているじゃないか」

 ネリスのそんな呟きが聞こえた気がしたが、リリアナにはなんのことかよくわからなかった。


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