(2)
どうしてガーデンで冒険をしているのか――リリアナは普段であればタブーであるその質問を思わず漏らしてしまった。
「レオナルド・ジュリアーニに会うためだ」
ネリスはあっさり答える。
ここでリリアナはある噂を思い出した。
「半年ちょっとでプラチナチケットを手に入れたっていう噂の……?」
ここ最近ガーデン周辺で話題の、密かに「キャリーお坊ちゃま」というあだ名で呼ばれている冒険者のことだ。
ガーデンの功績ポイントの交換品の中で最もポイントが高いのが「レオナルドの招待状」だ。1億ポイントと交換でレオナルドが住んでいる塔へ転送してもらえるプラチナチケットなのだが、1億ポイント貯めるには途方もなく時間がかかる。
一流の冒険者がソロで狩りをして稼げるポイントの平均が1万ポイントだと言われている。これを毎日繰り返すとプラチナチケットを手に入れるのに1万日、つまり27年と少しかかる計算だ。
リリアナが3年で7000万ポイントも貯められたのは、ハリスの手助けで難易度の高い任務をクリアしたりレア素材を売ったことだけでなく、ガーデン料理を食べていることが大きい。
魔物を食べることでも功績ポイントが貯まるのだが、リリアナの場合は食べる量が尋常ではないため、通常よりも多くポイントが入るというわけだ。
ガーデンには、キャリーを請け負うパーティーがいくつかある。
キャリーとは、金銭を受け取って初心者同然の冒険者をおんぶに抱っこで難易度の高い任務のクリアを手助けしたり、ドラゴンを倒してみたいという願いを叶えたり、功績ポイントを効率よく稼ぐ手助けをしたりすることだ。
中には門外不出のガーデンで高ポイントを稼ぐための裏技を駆使するパーティーもあるらしい。
以前、このキャリーという仕組みを始めて知ったリリアナは、自分もキャリーしてもらっているようなものだから金銭を支払うとハリスに申し出たのだが、自分たちの関係はキャリーではなく師弟関係だからそんなものはいらないと拒否されたことがある。
噂のキャリーお坊ちゃまは、キャリーパーティーをいくつも掛け持ちして毎日50万ポイントを荒稼ぎし、あっという間にプラチナチケットを入手したらしい。
羽振りのいいお坊ちゃまだとは聞いていたが、まさか王子様だったとは。
ネリスと一緒にいた屈強そうな冒険者たちは、お金で雇われたキャリーパーティーのメンバーということだろう。
全身を高級な黒龍シリーズの装備で揃え、さらにはキャリーパーティーを掛け持ちして毎日その見返りとして高額の報酬を支払えるのは、ネリスが潤沢な資産を持つ王子様という立場だからだと納得するリリアナだ。
「そうだ。今日プラチナチケットを使って塔に行ってきた……」
ネリスの声のトーンが低くなったことを知ってか知らずか、リリアナがはしゃいだ声をあげる。
「それで? レオナルド・ジュリアーニはどんな人だったの?」
リリアナにとってレオナルドは、大食いの呪いを受けた腹いせに一発ぶん殴ってやらないと気が済まないと思っている憎き魔法使いだ。
するとネリスは忌々し気に顔をゆがめた。
「……会えなかった」
「え?」
「だから! 会えなかったんだ!」
「留守だったのか?」
テオがのんびりした声で尋ねると、ネリスは顔を真っ赤にして叫んだ。
「違う! 試練を突破できなかったんだっ!」
「なあんだ、やっぱり弱っちいお坊ちゃまだな。試練の塔を突破することもできなかったのかよ」
ニヤニヤ笑うテオにネリスがさらに気色ばむ。
「そういうおまえは塔に挑戦したことがあるのか?」
「いや、ないけど」
「フンッ、挑戦したこともないヤツがなにを偉そうに」
「なんだと、コラァ!」
再び一触即発で睨み合っているふたりの間にリリアナがずいっと割り込んだ。
「待って! 試練の塔ってなに? 『レオナルドの招待状』を手に入れたらすぐにレオナルド・ジュリアーニに会えるわけじゃないってこと?」
ネリスはそんなリリアナの手をガシっと握る。
「そうだ、知らなかっただろう? 招待状なのだからそのまま会えると思うのが普通じゃないか。それがまさか、制限時間内に塔の最上階まで辿り着けなければ会えないとか、ひとりで挑戦しないといけないとか、レオナルドとかいう魔法使いは随分と性格の悪い男のようだな」
「わかる! わたしもレオナルドに会ったら一発殴ってやらないと気が済まないわっ!」
大きく頷くリリアナに、ネリスは表情を緩める。
「さすが私の知り合いなだけはあるな。話が合う」
するとテオが、おもしろくなさそうに大声をあげた。
「仲良くしてんじゃねえ!」
シュパッと手刀を振り下ろされ、ネリスとリリアナの手が離れた。
そこへ、細目の男が持ったままだった黒龍の兜を差し出した。
「じゃあ、あとはよろしく! 俺たちはここまでなんで、お疲れ様!」
細目の男は相変わらずの軽い口調で兜をネリスに手渡すと、仲間の元へと小走りで戻っていく。
「またご贔屓に!」
「お疲れさん!」
そう言ってキャリーパーティーのメンバーたちは背中を向けてぞろぞろ歩き出した。
「待てい! こんなヤツ、よろしくされても迷惑だっ!」
テオが叫ぶが、彼らは振り返ることなく行ってしまった。
「お金で雇われているだけのドライな関係なんだから仕方ないわよ」
リリアナはあっけらかんと言ってハリスを振り返った。
「ねえ、先生。ネリスも一緒にご飯食べてもいいわよね?」
「そうだな……」
コハクを抱くハリスは苦笑しながら頷いた。
そんなハリスをいたわるようにコハクが彼の手に頬ずりしたのだった。