5皿目 ワカヤシのフリッター(1)
「よし、やっと7000万ポイント達成したわ! 記念に美味しいものごちそうしちゃう!」
1日の冒険を終え清算を済ませてガーデンを出たところで、冒険者カードを確認したリリアナがはしゃいだ声をあげた。
「待て、俺まだ腹いっぱいなんだけど」
テオがぎょっとした顔でお腹を押さえる。
「何よ、情けないわねえ」
「いやいや、おかしいだろ。あんだけキノコ食ったくせに!」
テオがそう言うのも無理はない。
ガーデンのキノコが群生するエリアに、つい先ほどまでいたのだ。
キノコに擬態して襲い掛かってくる魔物がいたり、近寄るだけで幻覚作用のある胞子を飛ばしてきたり、なにかと危険なエリアだ。
管理ギルドの依頼自体は【市販薬の材料となるキノコの採集】というありきたりな内容だったが、そういった理由から積極的に引き受ける冒険者は少ない。
しかし、ハリスのような知識と経験が豊富な調理士にとっては難易度の低い依頼だし、人気がないせいで買取価格も高い。
「かなり美味しい依頼だな」
と言うハリスと、それに呼応してリリアナが
「ほんと! 美味しそうだわ!」
と喜ぶいつものやり取りを経てキノコエリアへと向かった。
もちろん採集だけで終わるはずもなく、たらふくキノコスープを食べて戻って来たところだった。
大食いの呪いのことはすでにテオにも話しているが、食べたものが一体どこへ消えていくのか不思議でたまらないといった表情でリリアナのぺったんこなお腹に視線を送ってくる。
そんなリリアナたち一行が、ガーデンの転移門を出て歩き始めた時だった。
黒い物が飛んできたと思ったら、テオの左側頭部にゴツン!とクリーンヒットした。
頭を押さえるテオに代わって足元に転がるその物体を拾い上げたリリアナは、それが黒い兜であることを確認した。
「わあ、すごい。これ黒龍の兜よね?」
「そうだな」
リリアナとハリスはその兜を見て瞠目する。
実物を触るのはふたりとも初めてだ。
ガーデンに隣接する街には冒険者用の装備品を扱う店も多数あるが、黒龍・白竜・炎竜のドラゴンシリーズは最高級品で、その名の通りドラゴンの鱗や皮や爪といった希少価値の高い素材で作る装備品のため、兜だけでも相当な値段だ。
「あ、すみませーん。それ返してもらえます?」
軽い口調でやってきた細目の男が、リリアナの手から黒龍の兜をひょいっと奪うと、身を翻して立ち去ろうとした。
その襟首をテオがむんずと掴む。
「オイ、待てコラァ!」
「な、な、なんでしょうかっ!?」
「なんでしょうかじゃねえし! 人の頭にこんなもんぶつけておいて、それだけかよっ!」
確かにその通りだとリリアナとハリスも無言のまま頷く。
硬い兜が当たったのだ、いくら頑丈なテオだって相当痛かったに違いない。
それを「あ、すみませーん」などという軽い謝罪で済まそうだなんて、どうかと思うのが普通だ。
いつもなら喧嘩っ早いテオがトラブルを起こさないよう不穏な空気を察知した時はすぐに止めに入るリリアナだが、今回ばかりはこちらには全く非がないため成り行きを見守ることにした。
「いや、これ投げたの俺じゃないんで」
悪びれもせずに言う細目の男をテオが締め上げる。
「じゃあ誰が投げたんだよっ!」
「ぐっ……ぼ、坊ちゃんです……」
男は苦しそうにあえぎながら後方を指さした。
そこには屈強そうな冒険者たちが10人ほど立っていて、気まずそうにこちらの様子を窺っている。
その集団からひとり、全身を黒い装備で覆った白髪の男が歩み寄ってきた。
「そんなところに突っ立って、私の投げた兜に当たるようなマヌケなおまえが悪い」
飄々と言うその口調にテオがさらに怒りを募らせる。
「なんだとコラァ!」
テオが細目の男をぶん投げて、今度は白髪の男に掴みかかろうとした。
そのテオの鼻先に漆黒の剣が突きつけられた。
白髪の男が剣を抜いたのだ。
その場にいた全員に緊張が走る。
ガーデン内だけでなくこの街においても冒険者同士のいざこざはご法度だ。まして流血騒ぎでも起こせばそのペナルティは当事者同士のみならずパーティー全体に科せられる。
どうしてこうも血の気の多い人ばっかりなのよ。
連帯責任でわたしのポイントまで減っちゃうじゃない!
リリアナが焦りながら止めに入ろうとしたが、それよりも早くテオが漆黒の剣を手の甲で薙ぎ払った。
「――っ!」
落とした剣を拾おうと伸ばした男の手を踏みつけたテオが、勝ち誇ったように笑う。
「構え方がなってねえんだよ。弱いくせに粋がるな」
駆け寄ったリリアナは、白髪の男を見てひどく驚き立ち止まった。
彼の装備が全て黒龍シリーズで揃えられていたことに……ではなく、その容貌に驚いたのだ。
白髪に見えたのは光のせいで、よく見れば彼の髪はプラチナブロンドだった。そして燃えるような紅蓮の目。
それは、北方のルーノランド王家の一族である証だ。
十代だと思しきどこか幼さを残すその顔を見て、リリアナはひとりだけ思い当たる人物の名を記憶から手繰り寄せる。
ルーノランド国王の末っ子、第三王子のネリス殿下だ。
リリアナが他国の王族のことに詳しいのは、彼女の実家が周辺諸国とも手広く取引をしている商家であることが関係している。
魔道具の呪いにかからなければ家業の手伝いをするつもりだったリリアナは、店の顧客情報を頭に叩き込んでいたのだ。
「ネリス……」
リリアナは「殿下」と敬称をつけそうになるのをどうにか回避した。
王族が冒険者をしているのは、訳ありのお忍びに違いない。それにガーデンとその周辺は無礼講となっていて、出身地の貴賤を問わず皆対等というルールがある。
リリアナがハリスのことを「先生」と呼びながらタメ口なのもそのためだ。
「なんだよ、知り合いか?」
テオが足を離してネリスを見下ろす。
ネリスは静かに立ち上がり、剣を拾って土ぼこりを払い鞘に戻した。
「すまない。きみが誰か覚えていないが、私の素性を知っているんだな」
気まずそうではなく、どことなく満足げな表情のネリスだ。
面識はありません。
そう言ったらまた揉めそうだと思ったリリアナは曖昧な笑みでごまかし、そんなリリアナとネリスのことをテオが不思議そうに見ていたのだった。