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3年前。
裕福な商家の末娘として何不自由ない暮らしを送っていた15歳のリリアナにとんでもない不幸が襲いかかった。
魔道具の呪いにかかってしまったのだ。
魔道具の製作には、かなり高度な古代魔法が使われている。
現在では魔導書を読めるだけの魔力があれば、覚えたい魔法の魔導書を読破して習得するのが一般的な方法だ。魔法が身近で便利なものとなり、すっかり体系化された世の中では、魔法の原理をよく理解し魔道具の設計図を描いてそれを形にするという面倒な作業をしようと思う魔法使いはいない――レオナルド・ジュリアーニを除いて。
現存している古い魔道具には骨董品的な価値はあるものの、古すぎてなにが起こるかわからないためインテリア以外の用途で使用することは禁じられている。
そしてレオナルドの作る魔道具は、ガーデン以外の場所で無理に使おうとするとさまざまな呪いを受ける仕様だ。
つまり、魔道具をガーデン以外の場所で使用するという命知らずな真似をする者はいないというのがこの大陸の常識なのだが、リリアナはそのタブーをおかしてしまった。
まさか、家の厨房にあったクッキー生地をくり抜くためのクッキー型が魔道具だとは気づかなかったのだ。一体あれがガーデンで魔物相手になにをするための道具なのか、リリアナはいまだに正解を導き出せてはいないが、そのせいで「大食い」の呪いにかかった。
そうなるに至った原因や経緯について文句を言ってやりたい相手は数名いるものの、もともとポジティブでおてんばな性格であるリリアナは自分の状況を前向きにとらえた。
「魔物を食べまくって、レオナルド・ジュリアーニとかいうふざけた魔法使いをぶん殴って呪いを解いてもらうんだから!」
そう啖呵を切ってガーデンの冒険者になったのだ。
リリアナのガーデン冒険者としての滑り出しは上々のように思われた。初心者講習会に参加した後すぐに、複数のパーティーから声をかけられたのだから。
しかしどのパーティーもリリアナの大食いに怖気づき、さすがにこれは面倒を見切れないと愛想尽かしされて気づけばひとりぼっちになってしまった。
多少の魔法なら使えるものの、いくらおてんばとはいえ獰猛な魔物と戦うような命知らずな真似はできない。リリアナは、この初心者用のエリアでひたすらブルースライムを倒しては食べ続ける日々を送ることを余儀なくされた。
このエリアで稼げるポイントはせいぜい1日1000ポイント。
レオナルドの招待状とポイント交換するための1億ポイントを貯めるには、単純に計算して10万日かかる。
これ以上は計算しなくてもわかった。これを続けていてもレオナルドをぶん殴る前に寿命で死んでると。
「どうしろって言うのよおぉぉぉっ!」
飢えをしのぐために味のしないブルースライムを食べながら頭を抱えていた時に声をかけられた。
「もっと美味いもの食わせてやろうか」
それがリリアナとハリスの出会いだ。
あれからもう3年も経つのね。
過去をしみじみ回想しているリリアナを現実に引き戻す遠慮のない声が聞こえた。
「うえー! なんだよこれ、ほんと味しねえな!」
テオだ。
大鍋の中身をつまみ食いしたらしい。
「でも水分補給にはなるから、ドロドロの青い水だと思えばまあなんとかいけるわよ」
「ドロドロの時点で水じゃねえだろ」
テオが珍しくまともなことを言っている。
リリアナは思わずプッと笑った。
大鍋いっぱいにブルースライムの中身が集まったところで、リリアナは魔法を使って味付けしてみることにした。
ボウルを4つ取り出して並べ、そこへ中身をすくって入れていく。
手をかざしてそれぞれ異なる味を想像しながら魔法をかけた。
出来上がったのは、ミルク味、チョコレート味、オレンジ味、いちご味のスライムだった。
「やだ、美味しいぃぃっ!」
リリアナはスプーンですくって一口ずつ食べるたびに感動で震えている。
味が付くだけでドロドロ食感がムースのようにもふるふるゼリーのようにも思えてくる。
鼻をひくひくさせて興味津々な様子で近づいてきたコハクにミルク味を食べさせてみたが、イマイチだったようだ。味がどうこうよりも口の周りの毛がベタベタしてしまうのが気になるようで、前足で口や鼻をこすっている。
するとハリスが凍らせてみてはどうかと提案してくれた。
これが大当たりで、リリアナが加減を上手く調整した魔法で凍らせたミルクシャーベットならコハクも美味しそうにシャリシャリと食べ始めたではないか。
リリアナにはそもそも凍らせてみようという発想すらなかった。
初心者だった頃にそれに気づいていれば、小分けにして凍らせた状態でマジックボーチに入れておき、それをつまんで食べながらブルースライムをやっつけていくというさらなる効率化が図れたかもしれない。
さらにハリスはリキュールを取り出すとオレンジ味に大量にかけて混ぜ、それを氷魔法で少しひんやりさせたチョコレート味に乗せてふたつの味を一緒にスプーンですくって一口食べた。
無言でうんうんと頷きながら一皿食べ終えると
「これはいけるな」
と呟いている。
ハリス先生ったら大人だわ!
そう思っているリリアナの目の前に、いちご味を山盛りにした取り皿がぬっと差し出された。
「これ、凍らせてくれ」
お子様ねぇと思いながらリリアナがそれを凍らせると、テオはそこにミルク味をトロリとかけた。
「うわ、うまっ!」
テオがものすごい勢いで食べている。
いちごミルク……そんなの絶対に美味しいやつだ。
「ちょっと! 脳筋のくせになんでそんなの思いつくのよ!」
ハリスはともかくテオの応用力に内心舌を巻くと同時に、なんだか無性に腹が立ってきたリリアナだった。
「残り全部わたしが食べるから!」
「急になに怒ってんだよ、わけわかんねえよ」
「フンっ!」
ボウルを抱えて食べ始めるリリアナと、どういうことかわからずに首をかしげて戸惑うテオを、ハリスはいつものように苦笑しながら見ていたのだった。
こうして自在にスライムに味を付けられるようになったことが、この後思わぬ役に立つとは、この時は誰も想像もしていなかった。