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 ハリスが大鍋のパンチェッタとマンドラゴラを木べらで混ぜ合わせ、リストランテ・ガーデンの調理士たちが下準備してくれていたジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、キャベツ、ハーブを投入する。

 材料全てにパンチェッタからしみ出した脂がいきわたるように木べらを回し、白ワインをかけて蓋をした。


 その横では同じように大鍋を2つ並べてほかの調理士たちもポトフを作っている。

 いくらなんでもこの量は多すぎないか――と思っているのは初心者たちだけで、リリアナの大食いを知っている面々にとっては当然の量だ。

 ハリスがほかの鍋の様子を見まわっている間、リリアナが代わりに木べらを持って材料が焦げつかないようにたまに蓋を開けてかき混ぜ、火力の調整をする。

 スープで煮込む前に蒸すのは、素材の甘みと旨味を最大限引き出すための大事な工程だ。


 野菜とマンドラゴラにパンチェッタの脂が十分に絡まりトロリとしてきたところでハーブと水、スープの素を入れた。

 この煮込み時間を利用して、ハリスが初心者たちに調理士の説明を始める。


 冒険者に憧れてガーデンを目指す若者たちにとって、調理士はなじみの薄い(クラス)だ。

 剣や弓を手に、あるいは強力な魔法で派手にかっこよく魔物を倒す姿を夢見ることはあっても、倒した魔物をせっせと捌いて調理し、その場で食べる自分の姿など思い浮かべもしないのが普通だろう。


 そもそも最初に魔物を食べてみようと思ったのが誰だったのかは定かではない。

 ガーデン創設当初から捕えた魔物を食べる冒険者が存在していたとも言われているが、記録には残っていない。

 調理士誕生のきっかけは、25年前に大陸全土を襲った歴史的な冷害だった。

 農作物の収穫量が激減し、人々が食料を求めてガーデンに押し寄せた。しかし何の知識も持たないまま魔物の肉や内臓を食べたせいで毒にあてられたりアレルギー症状で体を壊す冒険者が後を絶たず、これを問題視したガーデン管理ギルドが専門家の養成に乗り出した。

 こうして魔物の正しい捌き方や適した調理方法、人体に与える影響についての調査報告が体系的にまとめられ、その知識とスキルを有したエキスパートである調理士が誕生したのが20年前のことである。


 ハリスが調理士の称号を最初に授与された調理士養成所の第1期卒業生のひとりであることを、リリアナもこの時初めて知った。

 

「ガーデンという異空間世界で魔物と冒険者が命のやり取りをする。それが過酷な状況であればあるほど、楽しく美味しくガーデン料理を食すことに大きな意味があるというのが、調理士として私が行きついた持論です」

 初心者たちは神妙な面持ちでハリスの話に耳を傾けている。

「ガーデンには私ですらまだ遭遇したことのない魔物や食材が多数存在しています。初めて食べる食材は必ず解毒効果のあるハーブや木の実と一緒に食べることを覚えておいてください。そして新しいレシピを思いついた際は、ぜひ私にも教えてください」

 最後にちょっぴり笑いを誘って、ハリスは説明を締めくくった。


 出来上がったマンドラゴラのポトフを全員に配り終える頃には、テオの畑作業も終了した。

「お疲れ様」

 リリアナが笑顔で差し出したポトフを、テオは無言で受け取る。

 

 寡黙であまり感情を表に出さないハリスに、初心者たちの命を危険にさらした件で強く叱責されたことを反省しているのなら、ずいぶん成長したわねとリリアナは内心喜んだ。

 しかしテオが呟いた言葉でそれがあっさり砕かれる。

「ひとりで倒せると思ったのに……俺もまだまだだな」

「ちょっと! 反省すべき点が違うでしょう?」

 己の浅慮を反省しても、他人に迷惑をかけたことはどうでもいいと思っているテオの様子に呆れてしまう。


「テオにおかわりなんてあげないからね!」

「待てい! 負けねえからな!」


 テオはマンドラゴラの顔にかぶりついた。

 たまたま顔の部分が当たってしまった他の初心者たちはおっかなびっくりの様子で恐る恐る口へ運んでいるが、テオはお構いなしだ。

 

 リリアナも苦笑しながらポトフを食べ始める。

 煮込まれて半透明になったマンドラゴラはとろけるように柔らかくなっており、スープがしっかりしみ込んでいる。

 奥歯で潰すように噛むと、マンドラゴラの甘みとスープの旨味がジュワっと口の中にあふれる。全ての具材の甘みと旨味が最大限に引き出され、それが凝縮した味わい深いスープだ。

 カリュドールのパンチェッタもちょうどいい塩加減で、主張しすぎずにほかの具材との調和を保っている。


 おかわりをしたのはリリアナとテオだけではなかった。

 ガーデン料理を始めて食べる初心者も多かったが、こんなに美味しいものだとは思っていなかったと言いながらこぞっておかわりをしていたのだった。


 みんなが笑顔でポトフを食べている様子を一通り見てから、ハリスはようやくポトフを口にしていた。

 あり得ないハプニングを起こしてしまったことに関して、表情には出さなかったものの彼はひどく動揺していたのかもしれないとリリアナは気付いた。

 どうしてマンドラゴラがあんなに急成長していたのかという疑問と、テオの暴走を咄嗟に止められなかった反省、もしも初心者たちが巻き込まれていたらと想像して押し寄せて来る恐怖。

 責任感の強いハリスならリリアナ以上にそれを強く感じているだろう。

 

 ポトフを食べてホッと表情を緩めるハリスの様子を見て、マンドラゴラにはもしかすると気持ちを落ち着かせる効果もあるのかもしれないと思うリリアナだった。

 

 

「みなさん、お疲れさまでした。では精算所で素材の清算を済ませて退場してくださいねー。売りたくない素材はマジックポーチから出して手に持って退場してください。持てないほど大きな物や重い物は有料の配送サービスもあるのでぜひご利用ください」

 エミリーが商売っ気たっぷりに締めくくって初心者講習会はおひらきとなった。


 カリュドールとマンドラゴラで活力を得たテオが、どこでどう暴れようかとソワソワしている。

 そんなテオにエミリーが近づいた。

「さあ、テオさん。あなたにやってもらわないといけないことがあります」

 エミリーの笑顔を見て嫌な予感がしたのか、テオは後ずさりしようとしたが、いつの間にかその背後にハリスが立っている。

「もちろん協力します」

 ハリスは逃がさないぞと言うようにテオの両肩に大きな手を置いてにっこり笑った。


 テオの嫌な予感は当たった。

 なぜマンドラゴラが急成長したのかあらゆる可能性を検証するために、この後1か月間、毎日土を耕し続けるテオの姿があった。


  


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