(3)
「出て来いよ、おらあっ!」
テオの大きな声と騒がしい足音に反応して、畝から続々とマンドラゴラが飛び出してきた。
マンドラゴラは総勢30匹で、どれもみな丸々と大きく成長している。
その立派なマンドラゴラたちが根っこのように見える触手をムチのようにしならせて一斉にテオに襲い掛かった。
リリアナたちがひどく驚いていたのは、マンドラゴラの急成長した姿だった。
畑に乾燥した欠片を撒いてからまだたったの2週間だ。しかもここは安全地帯で魔物は弱体化しているはずなのに、このマンドラゴラたちはかなり好戦的な様子だ。
本来ならば、まだ成長しきっておらず動けないマンドラゴラを初心者たちがドキドキしながら引っこ抜くという体験だったはずが、一体どうしてこうなったのか。
しかしいまは、それを考えている場合ではない。
初心者たちがこのマンドラゴラの群れに襲われたら大変なことになる。
ハリスは武器である出刃包丁を取り出すと、テオを囲んでいるマンドラゴラに向かって駆け出した。
一瞬、何が起きているのか理解が追い付かずポカンとしていたリリアナだったが、初心者たちのざわつく声を聞いてハッと我にかえる。
それと同時に「何てことをしてくれたのよっ!」と、ふつふつとテオに対する怒りを沸き上がらせながらマジックポーチからセーフティカードを取り出そうとした。
「にゃっ!!」
コハクの鋭い鳴き声を聞いて顔を上げたリリアナの視界に、こちらへ近づいてくるマンドラゴラが見えた。テオの斧で薙ぎ払われて飛んで来たらしい。
「テオ! 後でお仕置きだからね~~っ!」
マジックポーチの中から咄嗟に掴んだフライパンを引っ張り出したリリアナは、見事なフルスイングでマンドラゴラをスコーンと打ち返した。
「おおっ!」
どよめく初心者たちの足元にリリアナはセーフティカードを2枚並べ、この周辺で待つようにと促す。
しかしこれが余興のパフォーマンスだと思っているのか、皆なかなか結界に入ってくれない。
危険だと脅すのもどうかと迷いながら、試しにレジャーシートを取り出して広げた。
「みなさーん、リリアナさんのご厚意でレジャーシートをご用意しましたので、ここで座って見学していてくださいね」
エミリーののんびりした声でようやく参加者全員が従ってくれた。
ひとまずホッとしたリリアナにエミリーがそっと耳打ちする。
「ありがとう。みなさんのことよろしくお願いしますね」
エミリーがスカートの裾を持ち上げて、太腿に忍ばせていたムチを手に取った。
ピシィ!と地面に打ち付けてそれを伸ばすと、柔らかい表情を消し去ったエミリーが不敵な笑みを浮かべながら軽い足取りでマンドラゴラの群れへと向かっていく。
後ろからテオの首に巻きつこうとしていたマンドラゴラは、逆にムチ絡めとられて振り回され地面に叩きつけられた。
「すっげー!」
「かっこいい!」
結界の中で観戦している初心者たちから歓声と拍手があがる。
油断するとすぐに背後をとられ足や首に巻きつかれて苦戦していたテオとハリスだが、エミリーが加わったことで形勢が逆転した。
さらにそこへ、畑の向こう側で実演調理に使用する野菜の下ごしらえをしていたリストランテ・ガーデンの調理士たちも騒ぎに気づいて駆けつけてきた。
「ハリス先生! 楽しそうっスね!」
「俺たちも仲間に入れてください」
ペティナイフを投げたり木製の麺棒を両手に持って振り回したりと、調理士たちの武器と戦い方は多彩で華麗だ。その様子に初心者たちの目が釘付けになる。
「あの人たち、ただのコックじゃなかったんだ」
そんな呟きも聞こえて、リリアナはうふふっと笑ったのだった。
「みなさーん、先程のテオさんの行動は、マンドラゴラには最もやってはいけない行為だったということがよくわかりましたね?」
エミリーはいつものほんわかした笑顔に戻り、畑でハリスに叱られているテオを指さしている。
さすがベテラン受付嬢なだけあって、機転の利かせ方も抜群だ。
倒したマンドラゴラは記念品として参加者に1体ずつ配布された。そして余った分をガーデン料理の食材にする。ここまでは予定通りだがマンドラゴラが予想外の大きさのため、かなりの量のポトフが作れそうだ。
念のため初心者たちにはそのまま結界内にとどまってもらい、リストランテ・ガーデンから借りた大鍋をはじめとする調理道具一式と食材をセッティングし終えた。
「ハリス先生、出番ですよー」
エミリーに呼ばれてやって来たのはハリスだけだった。
テオはその場にとどまり大きなスコップでマンドラゴラがいた畝を掘り返している。おそらく、取りこぼしがないかよく確認しろと言われたのだろう。
もしもちぎれた葉や体の一部が土に残っていたらまた凶悪なマンドラゴラが育ってしまう恐れがあるため、これは大事な作業だ。
結界の中にいるコハクは持ち前の人懐っこさを発揮してすっかり初心者たちの人気者となり、もふもふされまくっている。
コハクはそのまま初心者たちに任せることにして、リリアナはハリスを手伝い始めた。
今回はガーデン料理の実演ということで、マンドラゴラのポトフを作る。
リリアナが魔法で木桶に水をたっぷり入れマンドラゴラについた土を洗い落としている間に、ハリスは先日仕込んだカリュドールのパンチェッタを取り出した。
すっかり乾燥して熟成したパンチェッタは、赤黒いガーネットのような光沢を帯びている。
この日のためにハリスの弟子たちが布を何度も取り換え、干したり塩抜きしたりと手間暇かけて熟成を手伝ってくれたおかげで理想的な仕上がりだ。
ハリスはそれを持ち上げて初心者たちにカリュドールの説明をした後、手早くブロック状に刻んで火にかけた鍋へ投入していった。
鍋底でジュワジュワと音を立てながら脂がしみ出てくると、スパイスの香りと深みを増したカリュドールの肉の香りが漂い始める。
ポトフじゃなくていいから、いますぐそれを食べさせて!と言いたくなる衝動を振り払うように、リリアナはマンドラゴラをごしごし洗った。
滋養強壮効果の高い高級薬剤として重宝されているマンドラゴラだが、一般に流通している乾燥品の場合、葉の部分はチリチリに枯れて落ちてしまうため、緑色の葉を食べられるのはガーデンの中だけだ。
ガーデン料理としてマンドラゴラの体の部分を食べると全てのステータスが向上するというバフが付与されるのだが、葉の部分は吸収力を高める働きがあるためさらに飛躍的にステータスが向上することになる。
ハリスはリリアナから洗い終えたマンドラゴラを受け取ると、葉も体も全て余すことなくサクサクと切って鍋に投入していった。