岸サヤカは探偵のつもりでいる。 一
このお話は少し続きます。
「ふむ。」
放課後の誰もいなくなった教室で、私は推理小説の本を途中で閉じていた。ページをめくれば主人公である探偵が犯人を当てる場面になる所で。
何故ここで手を止めているのか、それは物語の主人公が答えを出す前に犯人を当てたい、という自分勝手さだ。昔はテレビでやっていた探偵ドラマの犯人を探偵よりも早く当てようとしていた母の気持ちが分からなかった。
しかし、こうして自分が推理物の作品を読んでいると、だんだんと物語の中に自分が引き込まれていき、自分が主人公のライバルだと勝手に思い込むようになった。
ようするに、私はこの小説を楽しんでいるのだ。
「えーと、確かこんな感じだったよね?」
私は小説内で起きた殺人現場や被害者の特徴や死因をノートに書いていき、主人公を除く登場人物の関係図を簡潔にまとめてみた。
亡くなったのはメグロという男。死因は刃物による殺人。刺された場所は腹部、それも一刺し。容疑者はメグロの妻であるサツキ。メグロの母、ミヨコ。ミヨコの親友であるマツコ、そして娘のキク。そしてもう一組、マグロの友人であるイツキと、その妻であるカズコ。
うーん、改めて書いてみると容疑者が多い。
「うーむ・・・。」
「そんな難しい顔してどうしたのよ?」
ノートに書いた関係図を見て考えていると、サヤカが覗き込んできた。サヤカは私が書いたノートの内容を見ると眉をひそめ、ゆっくりと私に視線を移した。
「あんた・・・殺しでもしようってんじゃ!?」
「そんな訳ないだろ私は無実だ。それよりサヤカも一緒に考えてよ。」
「考えるって?」
視線をノートに向けたまま、机の上に置いていた小説を指で叩いた。
「あー、小説ね。あんたでも小説なんて小難しいものを読むのね?」
「本屋で適当に手に取ったのがこれだったの。それで一応最後らへんまで読んだんだけど、犯人がまだ分からなくてね。」
「犯人が誰かなんて簡単な事じゃない。」
「どうやって?」
「ページをめくればいいの。」
「そりゃ賢い。けど、私は自分の力で犯人を当てたいの。」
「ふ~ん・・・ま、そういう楽しみもあるわよね。いいわ!私も考えてあげる!」
そう言ってサヤカは自分の席の椅子を私の席の前に置き、私の筆箱からペンを一つ拝借して顎に押し当てた。
これで探偵は二人になった。頭の良いサヤカの助けがあれば、意外と早く犯人を見つけられるかも。
「それで?この汚い字で書かれたのが小説内で起きた殺人事件と関係者ね。」
「そそ。まず犯行現場だけどさ、丁度サヤカの部屋くらいの広さの部屋でメグロは殺された。部屋には荒らされた跡は無く、二つある窓の内、一つだけが開いている。」
「ここね?」
サヤカはノートに書かれた犯行現場の開いていた窓の部分にペンで丸を書いた。
「この窓はどこに出れるの?」
「窓の外は家の庭に出る。もう一つの窓は隣に建ててある小屋が見える。」
「それじゃあ犯人はこの窓から入った・・・つまり、犯行時刻に外にいた人物が怪しいわね。」
私は書いた人物達の隣に犯行現場どこにいたのかを書いていく。書き上げた後、私達は一人ずつ改めて見ていき、犯行時刻に外に出ていたのが二人だと判明した。
その人物は殺されたメグロの友達であるイツキ、マツコの娘であるキク。
「この二人の内、一人が犯人ね。」
「単純にいけばそうだね。」
「と言うと?」
「この小説はこんな分厚い本だよ?そんな単純な事なら、もっとペラッペラな本になるだろう?」
「・・・確かにね。」
しかし、イツキ・キクの二人の内、どちらかが怪しいのは確か。そして何よりも不可思議なのは、この二人が外に出ていた理由を小説内で書かれていない事だ。
というか、この小説はどこか変だ。小説だというのに、細かな所が書かれていない。主人公以外の登場人物の心情が不明のまま進んでいき、気付くと主人公が事件の犯人を言い当てるところまで進んでいる。
これじゃあまるで、作者が読者を主人公にさせているようなものだ。
「他に何かヒントになりそうな事は?」
「他には・・・人物の関係、死因が刃物によるもの・・・くらいしかないな。」
「なによそれ?大きなヒントも無いまま終盤まで書かれてるの?」
「そうなんだよ・・・う~ん、もう一回重要そうな部分だけを読んで、もっと細かく関係図を書かないと分かりそうにないな。」
「それじゃあ、あんたの部屋でこの続きをしましょ。」
「それって、泊まり込み?」
「どうせ明日から三連休よ。暇ならあるでしょ?」
「あはは・・・三連休は布団の上で過ごすつもりだったんだけどなー・・・。」
という訳で、明日からの三日間、私達はこの小説の犯人を当てるべく、泊まり込みで推理する事となった。自分で始めておいてなんだが、面倒な事になってしまったな。
岸サヤカ
・一時期、推理物にハマっていた時期があったが、どれも犯人を当てた事が無い。
黒澤アキ
・推理物を真面目に見た事は無いが、ほとんどの犯人を勘で当てている。