身代わり
「・・・・・・・・・ぅ・・・ぅぅ。」
重い瞼を開き、目にしたのは視界一杯に広がる炎。その炎の眩い明かるさに頭から感じていた痛みが際立ち、お陰で意識がハッキリとした。
「ここは・・・。」
体を起こそうとしたが両腕は後ろに縛られ、足もキツく縛られていた。段々と気を失う前の記憶が蘇り、自分が何者かに捕まった事を思い出した。
「あの野郎ッぐぁ!?」
膝を使って立ち上がろうとした矢先、後頭部に棒を押し付けられ、顔面を地面に押し付けられた。
アァ アァ アァ
姿は見えないが、この声は聞き覚えがある。この島に初めて足を踏み入れた時に、島の内部から聞こえてきた声だ。
嫌な予感がほとばしり、なんとか身動きを取ろうとするが、押し付けてくる棒の所為で上手く立ち上がれそうにない。
「くく、くぐぅ・・・!」
「・・・離してやれ。」
アサの声だ。アサがそう言うと、頭を押し付けていた棒が離れ、私の体は勢いよく起き上がった。
後頭部から感じる痛みに顔を歪ませながら辺りを見渡すと、どうやら今私がいる場所は人魚を信仰していた池のようだった。目の前には燃え盛る炎があり、向かい側には私とサヤカを襲った白塗りの人間が焦点の合ってない眼で前を見ていた。
そして後ろには人魚信仰の信者達が信仰の場として使っていた池があり、まるで大口を開けて私を今か今かと待ち受けているようだ。
どうしてここに運ばれたのか、私を見下ろしているアサに理由を聞かずとも何となく察しはつく。
「くっ! 何故こんな事をしたんだアサ!!!」
「僕とサヤカが再会する為だよ。」
そう言うとアサは上着を脱いた。アサの体は私のような10代の肌をしているが、左胸の部分だけは異様に黒くなっている。まるで黒く焦げているように。
「こいつは人魚の儀式で負った火傷だ。この火傷の痕が出来てから、僕は死ねない体になった。腹を切っても、首を絞め上げても、痛みや苦しみがあるだけで死ぬ事はなかった。そして不死の体を手にした代わりに、僕だけがこの島から出れなくなった。」
「永遠の若さと死ねない体・・・どっかの童話の魔女みてぇだな。」
「この体になった僕は人魚になってしまったサヤカを探しに行こうと海へ潜った。何時間も・・・何日も・・・何ヶ月も・・・でも結局、サヤカを見つける事は出来なかった。途方に暮れた僕は島に戻り、暗闇の中で孤独に過ごしていた。そんなある時、黄金の果実が実った。」
すると、アサは手に持っていた袋から黄金の果実を取り出し、果実の皮を剥き始めた。皮が向かれた果実の中身はさっきまでの眩い黄金ではなく、中身が見える程の透明な実であった。
「ようやく・・・ようやく、実ったんだ。」
「・・・なんだよ・・・それ・・・。」
黄金の果実の中身、透明な実の中には小さな人間が眠っていた。とても心地よく、幸せそうに眠っている金髪の女の子が。
「あともうちょっとで生まれるんだ! サヤカが!」
アサの目は黒く淀んでいた。もう僅かな理性さえも残されていない、狂気に満ちた眼。そんな眼で実に頬ずりし、愛おしそうな表情を浮かべていた。
「サヤカを完全に生まれさせる為には、生贄が必要だ。魂は君を糧に。肉体は、君のサヤカを。そうしてようやく生まれ直る、僕のサヤカが!」
「肉体なら元の物を使えばいいだろ! 魂だって、てめぇの下僕共を使えば済む話だ!」
「駄目だ。こいつらの魂は既に黄金の実を育てる為に使い果たしてるし、僕の魂は儀式の際に失っている。生前のサヤカの体は既に朽ち果てているしね。だから、サヤカと瓜二つの彼女を使い、人よりも何倍も生命力があるお前が必要なんだ。」
すると、白塗りの人間達は私の体に新しい縄を結び付けた。縄の先には大人が数人がかりでようやく持てる程の重さがある石があり、白塗りの人間達は石を池の方へと運んでいく。
「サヤカを救いたいか?」
「もちろんだ!」
「なら頑張って生き続けろよ。」
「このクソ野―――」
罵倒を吐き捨て切る前に石は池の中に落とされ、私の体は先に池の底に落ちていった石を追いかけるように池の底へと引っ張られていった。
暗く・・・苦しい・・・上に上がろうにも手足は縛られ、重すぎる重りに繋がれている。もがいても、もがいても、私の体が浮き上がる事は無く、体力だけが奪われていく。
(ちくしょう・・・私がもっと警戒していれば・・・私が勝手にでしゃばらなければ・・・こんな、こんな事には・・・!)
いくら後悔しても何も起きない、何も変わらない。
あぁ・・・暗闇が私を飲み込んでいく。
痛みや苦しみ。
恐れや不安。
そして私という存在。
あぁ、全部全部、飲み込まれていく・・・
アサ (アキ)
・既に肉体から魂は消え、代わりに宿った未練が肉体を動かし、現世に留まっている。
次話から岸サヤカ視点になり、最終章となります。




