人魚の祝福と呪い
この島に建てられた家は思っていた以上に快適だ。キッチンの隣にある機械で海水を水に変えられるし、電気もいっぺんに使わなければ十分に使える。それらの仕組みは一つも分からない私からすれば、科学の力って凄いなとしか言葉が出ない。ベッドもフカフカだし、私達以外に誰もいないから大声で叫んでも迷惑にならないのも気に入った。
ただ一つ、一つだけ不満があるとすれば・・・。
「なんでお前も何食わぬ顔で家にいるんだよ・・・。」
私とサヤカの為だけの家に、何故かコイツまで一緒にいる事だ。同じ姿をした奴が一緒の空間にいるだけでも気持ち悪いのに、コイツの場合は性格まで腐りきってやがる。
「僕が気に入らないなら外に出ていればいい。外にいる方ががお前にお似合いだしな。」
「私は犬か!出てくのはてめぇだ!」
「僕に負けた癖に、よく言えたな。」
「負けてませんー!負けそうになってたのはお前の方ですー!」
「僕は負けてない!お前が負けそうになってたんだ!」
「白黒つけようぜ!今度はボコボコにしてやるからよ!」
「二度と喋れないように顔面潰してやる!それも今ここでな!」
「はいはい落ち着いて。二人共、コーヒーでもいかが?」
一触即発の所にサヤカが割って入り、私もアイツも気持ちが萎えてしまった。というか、なんでサヤカはこんなに冷静でいられるんだ? 私と同じ奴がいるってのに、私よりも先に受け入れてる。
「ありがとう、サヤカ。ほら、座って飲めよ。そしてサヤカに感謝するんだな。」
「・・・ありがとう、サヤカ・・・さん。」
やめてくれ、私の姿でサヤカにさん付けはやめてくれ。恥ずかしくって背中が痒くなってきたよ。
とりあえずこの場は収まり、私とサヤカはソファに座ってコーヒーを飲んだ。アイツはというと、部屋の隅っこに座ってコーヒーを飲んでいる。
たまにサヤカの方をチラチラと見て、私が睨むとサヤカを見ていた時のお可愛らしい表情から打って変わって、般若のような顔で私に睨み返していた。
「ふぅ・・・それで、もう一人の方のアキは何でこの島にいるの?」
「・・・。」
「おいお前!サヤカが聞いてんだろうが、さっさと答え―――痛ぇ!?」
「あんたは黙ってて・・・ねぇ、教えて?」
「・・・僕は、この島に住んでいる。」
「住んでるって・・・一人で?」
「前はもっと人がいた。島の中に小さな家を作って、男は海に出て、女は家の中で料理や服を作ってた。今僕が着ているのも作った物だ。」
そう言って、アイツは襟元を引っ張ってみせた。あまり気にしていなかったが、アイツが着ている服は布製ではなく、木の皮や葉を上手く縫い合わせたような物みたいだ。言われるまで、私達が着ている服と何ら違いが無いと思っていた。
「僕は男として育てられたから、男の連中と一緒に力仕事をしていた。大変だったけど、結構楽しかったし、周りの連中も僕の事を女として見てなかったから居心地が良かったよ。」
「まるで私みたいだな。」
「名前も姿も性格も似てるなんて、ほんと凄い偶然ね。それで、なんで他の人はこの島からいなくなってしまったの?」
「・・・おい、お前。」
「サヤカに対してお前って、ぶち殺すぞ?」
「安心しろお前の事だ、この馬鹿。」
「クソがっ・・・で、なんだよ・・・?」
「あの時僕に見せた本。あれ、どこから手に入れた。」
「あ? あれはこの島に来る時に、船の老人に貰ったんだよ。」
「その老人、声が出てなかっただろ?」
「ああ・・・そうだが?」
「そいつ、この島の元住民だ。」
「はぁ!?」
あの老人がこの島の住人だったのか。だが、それが一体何だって言うんだ?
「お前が僕に見せた本はこの島、聖恋島の伝承が記された本だ。もう何十年も見ていないが、内容は人魚の呪いと祝福についてだ。」
「人魚の? というか、何十年も前って・・・お前、今何歳なんだよ?」
「さぁな、数えていない。だが、その本を渡した老人がまだ子供だった時から、私はこの姿のままだ。」
「いやいや!ちょ、ちょっと待てよ!冗談にしては下手過ぎるぞ!」
「冗談じゃないさ。僕が何十年経ってもこの姿のままなのは、人魚の祝福の一部の所為だからな。」
「人魚の祝福って、永遠に歳を取らないって事なの?」
「まぁ、僕の場合は一部だけだから。祝福された人物は、人魚になるんだ。体に金の鱗が浮かんで、下半身は魚みたいになる。その代わり、永遠の美しさと生を手に入れられるんだ。」
「それじゃあ、逆に呪いの方は何なの?」
「声が出せなくなって、何も考える事が出来なくなる。それだけじゃなく、人魚の操り人形になるんだ。サヤカと・・・そこのお前も、人魚の噂でここに来たんだろ?」
コイツ、目に見えて私の事を嫌ってきやがる。だが、奴が言ってる事は当たってる。この島に人魚がいるという噂がネットには多数あったし、その噂をネットに発信している人もかなりの数がいた。
という事は、奴の言葉を鵜呑みにすれば、彼らはみんな人魚の呪いに掛かっているって事なのか?
「なんで呪いを拡散するの?」
「さぁね。僕が呪ってる訳じゃないから分からないけど、呪われた人が増えていくと、あの黄金の果実の輝きが増している。」
「黄金の果実? アキ、あんたそれ見た?」
「見たよ。なんだか不思議な果実だったよ。見ている内に意識が遠のいていって、無意識にその果実に手が伸びていくんだ。」
「あれは人魚の呪いが出てから生え始めた。多分あれも呪いの類だろうな。僕が止めてなかったら、お前はどうなってたかな? 感謝しろよ?」
「ぐっ、ぐぐぐぐ・・・どう、いたしまして・・・!」
コイツに感謝なんて言いたくなかったが、確かにあのままあの果実に触れていたらどうなっていたか。
「・・・なるほど。決めたわ、アキ。」
「「え?っておい!お前に言ったんじゃねぇぞ!」」
「どっちにも言ったのよ。その人魚の呪いと祝福、詳しく調べましょう。」
「「へ?」」
「だって面白そうじゃない。丁度自由研究の題材について悩んでいた所だったし。」
「駄目だサヤカ!君まで危険な目に遭うかもしれないんだぞ!?」
「・・・無駄だよ。サヤカはスイッチが入ったら誰にも止められない。ま、危険ならすぐに止めさせるけどね。」
「そうと決めたら今日は早めに寝るわよ!私ベッド使うから、アキ二人はそころ辺で適当に寝てね?おやすみー。」
早口で言い終えると、サヤカは一人でベッドを占拠して眠りについた。残された私とコイツはお互いを睨み合いながらも、対角線上になるよう隅っこに座り、相手が先に寝るまで睨み続けた。
((さっさと寝ろ・・・!))
「・・・う~ん・・・。」
アイツとの睨み合いは想像以上に長引き、お互い眠りそうになった時には、既に陽は上っていた。本当に気持ちが悪い程、アイツと私は似ている。
岸サヤカ
・同じ姿、性格をしたアキが現れてから、自分の中にある母性が更に高まった。
黒澤アキ
・人生で一度も喧嘩で負けなかった為、もう一人のアキに負けそうになったのが物凄く悔しかった。
アキ
・何十年も前から聖恋島に住んでいる。十代の黒澤アキと変わらない若さを持っているのは、人魚の祝福の一部を受けている為、永遠に老けない。




