サヤカとアキ
感情の赴くままに走り続けていたら、川を跨ぐ橋の下に辿り着いていた。走っていた時に感じていなかった疲れが一気に圧し掛かり、もう歩く事さえ出来そうにない。
「・・・はぁ。」
しばらくこの橋の下で休んでいこう。サヤカやルーさんには後で謝らないと。あんな風に取り乱した事や、二人を無視してここまで逃げてきてしまった事を。
それにしても・・・なんだろう、落ち着くな。最近不可思議な現象の所為で暗闇に対して苦手意識が出ていたはずなのに、今はとても落ち着く。外の明るい世界から切り取られたようなこの場所・・・誰の目も声もここには届かない安心感がある。
もうこのままここで死んでもいいくらい、ここは私の居場所だと思えてしまう。
「・・・結局、私は前に進めてなんかいないんだ・・・。」
将来の夢も、自分に対する好意も、誰かと深く関わろうとしないのも・・・全部、私があの日から立ち止まったままだからだ。お父さん、お母さん・・・二人が死んでなかったら、私はどんな私になってただろう?
夢に向かって地道に努力して、色んな人と友達になって、恋人も作って・・・きっと今よりもずっと自分の事が好きになれたのかもしれないな。
結婚式を挙げて、みんなが笑顔で祝福して、私と相手も笑顔で、両親も笑顔で見てくれて、そして私も親になって子供を育てていって・・・。
「はは・・・なんだよ、それ・・・そんな私、信じられないな・・・。」
まぁどれだけ思い描いても、それが現実になる事は無い。時間が経ち過ぎた・・・もう私は、私を変える事なんて出来ない。
「・・・。」
「アキ。」
「っ!?」
聞き慣れた声がした。こんな私にでも、夢中になれた人の声が。その声の方に顔を向けると、彼女は息を切らしながら私を睨んでいた。
「サヤカ・・・。」
「あんた、約束を破ったわね・・・私との約束を。」
「・・・ごめん。」
「ぐっ!?あんたねぇ!!!」
私に近付いてきたサヤカは私の体を引っ張って、橋の下から外に放り投げた。全身から力が無くなった今の私の体は抵抗する事無く転がっていき、夕空を見上げるように仰向けで大の字になった。
すると、ザッザッと鳴る足音がこっちに近付いてきて、サヤカが私に馬乗りになって殴りかかってきた。
「謝るくらいなら!最初っから!破らないでよ!」
不慣れながらも力一杯に私の顔面を殴ってくれるサヤカ。正直言って、サヤカのパンチは全然痛くない。でも、パンチしてくる時に言い放つサヤカの言葉の一つ一つが、私の胸を深く刺してくる。
あの時も、私はサヤカに殴られたな。自分から強引にちょっかいをかけていたのに、あっちから来たら逃げて・・・自分勝手にも程があるな。
「ごめん・・・サヤカ・・・。」
「きっ!?あんたねぇぇぇ!!!」
「ぐあっ!?」
「痛っ!?」
流石に・・・頭突きは、痛いな・・・。
「くっ・・・私、言ったわよね!?あんたが一番好きな人だって!」
「え・・・う、うん・・・。」
「あんただけなのよ!私の事をずっと見てくれて、ずっと気にしてくれて、ずっと好きになれた相手は!私にとっては、あんただけだったのよ!」
「サヤカ・・・。」
サヤカの目から零れた涙が私の目に入ってくる。彼女の痛みや悲しみが私の中で広がっていく。そうか・・・サヤカの隣に立てるのは、私しかいないんだ。他人に関われず、親の愛も疑ってしまう・・・私がいないとサヤカは、独りなんだ。
「・・・あははは!」
「ど、どうしたのよいきなり!?まさか、壊れちゃったんじゃないんでしょうね!?それじゃあもう一回頭を打てば―――」
「いや、大丈夫。ううん、大丈夫になった。」
「はぁ?」
「変わらないでほしい、か・・・サヤカ、それは私も同じ気持ちだよ。」
「同じ?」
「親が死んじゃった後・・・それよりも前から、私は他人と深く関わろうとしなかったの。他の人が悪い訳じゃない、一緒に遊べば楽しかったしね・・・でも、それだけなんだ。楽しいだけなんだよ。」
サヤカの顔に手を当て、彼女の形や温かさを確かめた。柔らかくて、優しくて、触れるだけで安心出来る。
「サヤカだけなんだよ。サヤカだけには、楽しい以外の感情が浮かんでくるんだ。楽しかったり、悲しかったり、イライラしたり、ホッとしたり・・・サヤカだけが、私の特別なんだ。」
「・・・ご機嫌取りかしら。」
「ふふ、違うよ。」
「・・・そう・・・私達、もっと早くに打ち明ければ良かったわね。こんな重い感情を抱いたままじゃ、本当に通じ合う事は出来ないのに。」
「そうだね・・・でも、遅くはなかったよ・・・ねぇ、サヤカ。」
「なによ。」
「・・・好き。」
初めて口にする私の本当の想い。私がサヤカが好きだ。だから、彼女が私にとって特別な存在なんだろう。少し考えれば、簡単に分かる事なのに。
私の言葉にサヤカは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑んで、私の頬に手を当ててきた。
「知ってたわよ・・・初めて会った時からね。」
「そっか・・・それは、お待たせしましたね。」
「ほんとよ。行動や態度で示せるくせに、口に出すのが遅いのよ。」
「私、意外とシャイなんだよ。それに口下手だしね。」
「馬鹿・・・私も好きよ、アキ。」
「・・・知ってたよ。」
私達の顔は自然と近付いていき、やがてお互いのおでことおでこがくっつく程にまで密着した。唇から今まで感じた事が無かった柔らかさを感じ、私の胸の奥にある闇が途端に晴れたような気がした。
しばらくして、サヤカの方から離れていき、私の唇に指を当てながら微笑んだ。
「・・・約束。新しい約束よ、アキ。」
「ん?」
「私以外の人を好きにならないで。私からあなたへ送った想いをずっと、憶えていて。」
「うん、約束する・・・今度は絶対、破らない。」
「ふふ・・・さ、もう行きましょ!ルーさんが私らの事を待ってるし。」
「あー、いたね確かに。それで、ルーさんは?」
「今もあの公園で黄昏てるわよ。早く行かないと、その内ブランコに乗って歌いだすわよ。」
「いい大人が?」
「そ、いい大人が。」
「そりゃいかんな!それじゃ、さっさと行くか!今の状況も整理しておきたいし。」
「ええ。行きましょ、アキ。」
私達は手を握って、ルーさんが待つ公園へと走った。ずっと夢見てた、サヤカの隣に立って同じ道へ歩いていく・・・ようやく、夢が現実になったんだ。
岸サヤカ
・アキが好き。
黒澤アキ
・サヤカが大好き。




