黒澤アキのトラウマ
日本に越してきてから1週間が経った。今は夏休み期間であるが、休んでいる暇は私には無い。私達が日本にいる間、私は日本の学校に通う事になる。となれば、今よりももっと日本語を勉強して、日本でのマナーなんかも学ばなければいけない。
コンコン。
それにしても、日本語っていうのは難しいものね。漢字一つにも色々な意味があるし、同じ言葉でも別の意味で通じてしまう場合がある。自分で言う時もそうだけど、相手が喋った言葉の意味も理解出来るようにしておかないと。
コンコン!
・・・それにしても、日本の夏は暑いわ。この部屋にクーラーがあって本当に良かったわ。パパとママは「日本の文化に触れてくる!」なんて言って仲良く遊びに行ったけど、こんな暑い日に外になんか絶対出たくないわね。
コンコンコンコンコン!
「だぁぁぁぁ!!!うるっっっさい!!!」
さっきからやたらとうるさい窓の方へ行き、窓を開けて向かいの部屋にいるあの馬鹿に怒声を浴びせた。
かなりの声量と迫力で怒鳴ったはずなのに、この馬鹿・・・黒澤アキはニコニコと眩しい笑顔を見せてきた。
「やっと開けてくれた!あともうちょっとで窓を蹴破っていく所だったよ。」
冗談のように聞こえるが、この1週間の間に黒澤アキという人間について嫌という程分からされた。こいつに常識なんか無い。やると思ったら、もう既に体が動いている。ヤバい奴というのは黒澤アキの事を言うのだろう。
「ねぇねぇサヤカ!これから一緒にさ―――」
「行かないわよ!」
「えぇ・・・まだ何も言ってない・・・。」
「どうせ外に遊びに行こうって話でしょ?私言ったよね?今日から一緒に遊んであげるのはもう無理だって!」
「確かに言ったけどさ。こんな天気の良い日に家の中でずっと勉強って退屈でしょ?」
「ふん!私はあんたと違って、勉強する事が山のようにあるのよ!あんたみたいに遊ぶ事しか考えていられないのよ!」
「あ、そうだ!山行こ!」
「人の話は聞きなさい!!!」
駄目だ、こいつと話していると冷静じゃいられなくなる。そして最悪な事に、私が通う事になる学校にはこいつがいる。きっとこいつの事だ、学校でもしつこく私に絡んでくるに違いない。もしそこで今のように声を荒げてしまえば、私は短気な外人だと思われてしまう。
私が日本での学校生活に求めるものは、平穏。面倒事に巻き込まれないように目立たないようにしておきたい。その為にも、こいつを今の内に排除した方が良さそうだ。
しかしどうすれば・・・体力や力では圧倒的に不利。頭の良さでは勝ってるけど、そんなのこいつ相手には何の役にも立たない・・・そうだ!
「・・・ねぇ、あんた。」
「ん?」
「仕方ないから遊んであげる。でも条件があるの。遊ぶなら、私の部屋の中でだけにして。」
「やった!それじゃあちょっとどいてて!」
「え?え、ええ・・・。」
とりあえず私の部屋に誘い込む事に成功したけど、一体何をするつもりなの?
「そりゃ!」
「いやっ!?」
信じられない・・・あいつ、窓からこの部屋に飛び移って来た。確かに手を伸ばせば向かいの窓には付く近さだけど、足を滑らせて落ちれば大怪我じゃすまない。
「あ、あんた!危ないでしょ!?もしも足を滑らせれば、下に落ちちゃうのよ!?」
「大丈夫大丈夫。その時はその時で何とか頑張る。さ、何して遊ぶ?」
ここまでイカれてると怖くなってくる・・・駄目駄目!こんな事で怖がってちゃ!とにかく、こいつを部屋に誘い込めたんだ。あとは行動に移すだけ・・・。
「へぇー。サヤカの部屋って女の子の部屋って感じだね?・・・ベッドがある・・・。」
「・・・あんたさ、私と遊びたいんでしょ?」
「え?うん!」
「そう・・・それじゃあ、こんな遊びはどう?」
ベッドに興味を惹かれているこいつをお望み通りにベッドに押し倒し、私はその上に乗っかった。いくら力があるとはいえ、背中に全体重を乗せられれば動けないでしょ・・・動けないわよね?
「え・・・ちょ、ちょっと、どうしたのサヤカ?」
「どうしたって・・・遊ぶんでしょ?」
頭を抑えつけ、こいつの耳たぶを軽く噛んだ。すると、声は出さなかったが体はビクリと動き、こいつの耳が熱くなったのが分かった。
「ね、ねぇ・・・これって、遊びなの・・・?」
「・・・そうよ。」
そんな事はない。これが遊びだとするなら、私は一生誰とも会わないように部屋に引きこもる。だが狙いは的中したみたいね。こいつみたいな元気だけが取り柄の奴は、こういった行為に弱いものよ。そして私の狙いは、この恥ずかしさをトラウマにさせて、二度と私の前に顔を出せないようにする事。我ながら良い作戦ね!
さて、次はどこを攻めようかしら?初めてこんな事したけど、相手の反応を見るのが楽しいわ。特にこいつ相手だと余計にね。
「ひゃっ!?」
首を噛んでやったら良い声を出してくれた。なるほど、首の方が弱いのね。それにこいつの首、結構癖になる噛み心地ね・・・って!楽しんでるんじゃないわよ私!あくまでこれはトラウマを植え付ける為。決して楽しむ為じゃないんだから!
「サヤカ・・・?」
「っ!?」
なんでそんな甘えた声で私の名前を呼ぶのよ!そんな風に言われたら、体が熱くなってくる・・・駄目だ、これ以上熱くなってしまえば、駄目になってしまう。
落ち着いて・・・落ち着いて・・・こんな奴に惑わされちゃ駄目よ!
「・・・サヤカ!」
「ふぇ?きゃっ!?」
一瞬、私が自分を落ち着かせるその一瞬の隙に、こいつは無理矢理体を起こし、今度は逆に私をベッドに押し倒した。
しまった・・・!こいつの馬鹿力を甘く見ていた!少しでも油断すればこうなってしまう事くらい分かっていたのに!
「サヤカ。」
「な、なによ!?」
怖い・・・体を動かそうにも両手を抑えつけられて動けないし、お腹に乗られているから体を起こす事も出来ない・・・こいつに好き放題されてしまう・・・!
「早くどきなさい!こんなお遊びはもうおしまいよ!」
「・・・。」
「ね、ねぇ・・・お願い、やめて・・・ごめん、ごめんなさい・・・。」
怖くて怖くて、私は涙を流していた。誰かに涙を見せた事も、こんなに誰かに許しを請うのも初めて・・・でも、分かっている。こんなんじゃ、こいつは私の事を許さない。きっと殴られる・・・何度も、何度も、何度も・・・。
「サヤカ。」
「ひっ!?・・・え?」
殴られる・・・と思っていたけど、違った。こいつは私にしがみつくように抱き着いてきた。痛いくらい強く。
「・・・やっぱり、温かいな。」
「え・・・?」
「・・・ぐすっ・・・。」
「あんた・・・泣いてる、の?」
「・・・サヤカ・・・サヤカ・・・!」
「ちょ、ちょっと!どうしちゃったのよ!?」
まるで意味が分からない。こいつが泣いている理由も・・・泣いているこいつの事を愛おしく思っている私も・・・。
分からない・・・こんなに誰かの事も、自分の事さえも分からなくなった事なんて今まで無かった。
でも・・・それ以上に分からない事が、こいつの口から出てきた。
「お父さんと、お母さんが・・・もうすぐ死んじゃう・・・!」
「・・・え?」
それっきり、こいつは一言も喋る事も無く、ただ泣きながら私を抱きしめていた。私は何も理解出来ず、ただこいつを離さないように、抱きしめ返してあげていた。
そして、この時言っていたこいつの言葉が分かったのは、この時から僅か3日後の事。
黒澤アキの両親は、事故で亡くなった・・・。
黒澤アキ
・意外とくすぐったがり。特に首は弱く、恥ずかしい声が出てしまう。
岸サヤカ
・父親と母親の部屋に隠してあった本に書かれていた【ある事】に一時期興味が湧き、色々とネットで調べながら勉強していた。今となっては黒歴史となっている。




