藍丹山 八
自分の体の中から吐き出した黒いタコのような物体。そいつは無数にある細い触手をウネウネと動かしながら、黒い体液を吐いていた。
「なに・・・これ・・・!?」
こんな得体の知れない生き物が私の体の中にいたの?・・・うっ!そう考えただけで、また吐き気がしてきた。
「隠れるのが上手い奴だ。今の今まで気付かなかったよ。」
黒い物体に未だ恐怖心を覚えている私とは違い、ルーさんは物怖じせずに近付き、容赦なく黒い物体を踏み潰した。
グチャッ!という粘り気のある音が鳴り、ルーさんは三度踏みにじってから足を放した。足の裏には踏み潰した黒い物体の体液が糸を引いている。
「そいつ・・・一体、何なんですか・・・?」
「人の心を蝕む虫だよ。こいつの所為でアキちゃんは死んだ者や異形達に目を付けられていたんだ。」
「こんなの、いつ・・・いや、それよりも、これで私はもうこんな目に遭わなくて済むんですか!?」
私が不可思議な現象に巻き込まれる原因が無くなった事で、これ以上何も起こらなくなるのかと安堵していた。
しかし、ルーさんは首を横に振った。束の間の安堵であった。
「今吐き出させた虫は一部だけ。実際はまだまだいると思う。それを全部取り除かない限り、君に平穏は訪れない。」
「そう、なんですか・・・。」
「そう落ち込まないで。一部だけ取り除いたとはいえ、少し気が楽になったでしょ?」
「・・・ええ、確かに。言われてみると、前より体が軽くなった気がします。」
「全部取り除けば気が晴れて、以前のようにサヤカちゃんと一緒にいられるよ。そして、私は君の中から虫を全部取り除く方法を知っている。でも、それはここから抜け出した後に説明するよ。」
そう言うと、ルーさんは私に背を向けながらしゃがみ込んだ。背におぶされって事かな?身長が大きくなって、そしておんぶしてくれる人がいなくなってから、おんぶなんてしてもらった事は無かったな。
「・・・それじゃあ、失礼します。」
「はい、どうぞ―――ぐっ!?」
「ど、どうしたんですか!?」
「い、いや・・・アキちゃんって、見た目の割に重いんだね・・・?」
「・・・ごめんなさい。多分、筋肉の重みです。」
「はは、筋肉か・・・祓い士って、フィジカル強い奴があんまりいないから、やっぱりアキちゃん向いてるよ。いっその事、虫を出さないでいようか?」
「サヤカと一緒にいられなくなるからいいです。」
「そっか・・・あーあ、良い人材なのになー。」
心底残念そうにしながらも、ルーさんは私をおんぶして歩き出した。ふと踏み潰された黒い物体が気になり、後ろを振り向くと、夕陽に照らされた道に、未だ色濃く跡が残っていた。
しばらく進んでいたが、一向に出口と思わしき場所が見当たらない。それどころか、風景が変わらない。住宅街→公園→住宅街と、この二ヶ所でループしている。
「ルーさん、いつになったら出口に辿り着くんですか?」
「さぁ、いつだろうね?」
「いつだろうねって・・・。」
「私も来た事無いって言ったでしょ?それにさ、思ってた場所と違うんだよ。てっきり、死んだ者や異形が蔓延ってる世界だと思ってたのに、そういった存在の気配が全くしない・・・そこで、私は一つ疑問に思ってるんだ。本当にここは向こう側の世界なのか、って。」
「違うとすれば、ここは一体なんの世界だと思ってるんですか?」
「んー・・・可能性があるとすれば、結界の中だね。祓い士の中には防壁を作る結界だけじゃなく、自分の世界を作り出して、自分に有利な場所で戦う人がいるんだ・・・あ、そうか!!!」
ルーさんは急に大声を出し、頭を勢いよく上げた所為で私の顔面に激突した。
「痛っ!?」
「あ、ごめん。」
「痛っつ・・・急にどうしたんですか・・・?」
「いや、気付いたんだ。というか気付いていた。君はまだ祓い士という存在しか知らないからと否定していたんだ。」
「だから何を?」
「ここは、君が張った結界の中なんだよ。」
「え?・・・でも、私は結界の張り方なんて知りませんよ。」
「アキちゃん、ここに来る前に違う場所にいなかった?ほら、祓い士の宝玉を拾ったって場所。」
この場所の前・・・あの暗闇の世界か。そういえば、あの世界は一体何だったんだろうか?
「大勢の人の声が四方八方から聞こえる暗い場所にいました。そこを全力で走り続けていたら、いつの間にかここに・・・。」
「そこが向こう側の世界なんだよ。なるほど合点した。ここが向こう側の世界じゃなくて、結界の中っていう事なら、ここから抜け出す方法は簡単だ。」
するとルーさんは右腕を前に突き出し、中指に着けていた指輪の宝玉からいくつもの光の線を放出した。放たれた光の線は私達の目の前に何かを描いていき、描き終わったそれは扉だった。
「扉が・・・!」
「祓い士に必要な能力は想像力。それさえあれば、出口の無い場所にも出口を作り出せる。」
「・・・最初からそれをやれば良かったんじゃ?」
「・・・さぁ!とっとと帰ろうか!」
強引に誤魔化したな。でも、これでようやく帰れる。早く帰って、サヤカに会わないと・・・あれ?そういえば、サヤカってまだあの場所にいるの?
「あの、ルーさん。この出口って、どこに繋がってるんですか?」
「私の店だけど?藍丹山にある結界の効果も切れてるだろうし、私の店に行った方が安全だろうし。」
「でも、まだあの場所にサヤカが・・・。」
・ ・ ・ ・ ・
「忘れてたぁぁぁぁ!!!」
一瞬、私達は息をするのを忘れる程、固まっていた。しかし数秒経った後、まるで今まで息を吸い込んでいたかのような長く、そして大きな声でルーさんが叫び、そんなルーさんの頭を私は何度も叩いた。
「早く早く!!!出口変えて!!!」
「待って落ち着いて!?今すぐ変えるから!!!」
「急いで!!!サヤカが危ないんですよ!?」
「あーもう!なんで最初に言ってくれなかったの!?・・・はい!描き替えた!」
「くそっ!先に行ってます!」
「先に行かないで!その扉の先は何が待っているか分からないんだから!」
私を掴んできたルーさんの手を振りほどいて、私は扉を開けて飛び出した。扉を抜け出した先は、私とサヤカがテントを張った場所だが、すっかり暗闇に覆われている。ルーさんの言う通り、結界の効果が切れたのか?
「サヤカ!サヤカ!」
大声でサヤカの名を叫んでみたけど、サヤカの返事が返ってくる事は無かった。もうここにはいないようだ。となれば、この外に?
「サヤカ、今行くから!」
私はテントから持ってきた金属バットを手に、ここよりも更に暗闇が広がる森林の中へと走り出していった。
黒澤アキ
・親におんぶをしてもらったのは幼少期の頃。家の近くの公園で遊び疲れたアキを父親がおんぶして連れ帰った。それが最初で最後であった。
ルー・ルシアン
・祓い士を引退した今でも、生きた状態で向こう側の世界に行く方法を探している。




