藍丹山 六
「・・・ん・・・くっ・・・ここは?」
目を覚ますと、そこは暗闇に包まれていた。さっきまであったはずのテントも月の光も、サヤカもいない。私は一体どこにいるんだ?
「サヤカ・・・サヤカ!」
大声でサヤカの名を叫んでも、返事が返ってくる事は無い。サヤカからの返事が返ってこない事に不安を覚え、それでハッキリと目を覚ました私は、一つおかしな点に気付いた。
「空が・・・無い・・・。」
幾万もの星々や優しい光の月が、見上げてもどこにも無い。ここは本当に暗闇だけだ。
「もしかして、結界の効果が切れた・・・?」
いや、そんなはずは無い。だって、もし結界が消えたとしたならサヤカも一緒にいるはずだ。それとも、サヤカは別の場所にいるのか?・・・とにかく、前へ進まないと。なんだかさっきから、嫌な予感がする。
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あてもなく前へ進み続けていくと、地面に僅かだが緑色の光が灯っていた。その光の下へ近付き、光に触れてみると、ルーさんが着けていた指輪に嵌められていた緑色の宝玉であった。
「これって確か、祓い士の・・・。」
ルーさんが言っていた。祓い士にとって、この宝玉が重要な物だと。とすれば、この宝玉の主である祓い士は・・・いや、落としてしまっただけなのかもしれない。この暗闇の中のどこかに、まだいるのかも。
この暗闇の中では足元を照らす事も出来ない僅かな光だけど、光があるだけ心強い。それにやっぱり、この宝玉の光は見ていて落ち着く。
それにしても、ここは本当に暗闇がどこまでも続いている。目覚めてから体感30分くらい歩いていたつもりだけど、本当はもっと歩いているのかも・・・あるいは、まだ1分も経っていないかも。時間の感覚が麻痺している・・・このままじゃ、自分の手や足の動かし方まで忘れてしまいそうだ。
「ここにいたらおかしくなる・・・やっぱり私は、向こう側の世界に連れていかれたのか・・・?」
前の時は片足しか踏み入れていなかったが、今は完全に向こう側の世界に来てしまっている。ルーさんですらこの世界の事は何も知らないと言っていた。ここから抜け出す方法なんて、私に見つけられるのか・・・?
「っ!?駄目だ駄目だ!必ずサヤカと元の世界に戻るって決めたばかりだっただろう!」
とっととこの暗闇から狭間に戻って、サヤカを連れて今度こそ元の世界に戻ってやる!その為にはここで永遠と考え込んでいる暇は無い。とにかく前に進むんだ!
「たすけて。」
足を前に進めようとした時、気を失う前に聞こえていた声が後ろから聞こえてきた。そうだ、もう結界は無いから、あいつらが私を今度こそ捕まえに来る。捕まる前に逃げないと!
私は震える足を無理矢理動かし、一心不乱に前へ前へと走っていった。走っている途中でも、左右から「たすけて。」と何人もの声が聞こえてくる。まるで巣から這い出てきたようにゾロゾロと。
「クソったれ!!!自分の事は自分で解決しやがれってんだ!!!」
だんだんと苛立ってきていた私は大声で怒鳴り散らかした。そのお陰か、体の節々から力が湧き出てきた。これがアドレナリンってやつか。
走る元気が湧き出たのはいいが、いつまで経ってもこの世界から抜け出せる気がしない。このままじゃいずれ体力が尽きて、私は奴らに捕まってしまう。
「いい加減にしろよ!私をここから出せぇぇぇぇぇ!!!」
全身全霊の想いを込めて叫んだ。
そしたら、不思議な事が起きた。
いつの間にか私は街に戻っていたんだ。
「・・・戻ってきた?」
上を見上げると、眩しい光を放つ夕陽が浮かんでいる。眩しい・・・本当に私は、戻ってきたのか。
「・・・違う・・・戻ってきてなんかいない!」
夕陽に照らされた街を見て、私は思い出した。あの時、私があの黒猫を拾った時に起きた不可思議な現象があったあの日。向こう側の世界に繋がった扉の先には、夕陽に照らされた街があった。
その時見た街と、今私が立っているこの場所はよく似ている・・・いや、同じだ。
「は、ははは・・・。」
抜け出したつもりが、実際はその逆。私は今度こそ本当に、向こう側の世界に来てしまった。死んでしまった者の魂が行く世界・・・そんな場所に。
「・・・もう終わりだ。もう花と話す事も、ルーさんと会う事も・・・サヤカに触れる事も出来ない・・・。」
人が絶望した時、涙を流すと思っていた。呆れて笑う事しか出来ないと思っていた。理不尽な事に激怒するかと思っていた。
でも、実際は何も湧かない。ただひたすらに、元の世界の思い出に浸る事しか出来なかった。悲しもうにも無駄だと悟り、怒ろうにも無意味だと気付き、何も感情が浮かばないようになった。
「・・・これから、私はどうすればいいんだろう・・・ずっと一人で・・・ずっとこうやって・・・。」
「アキちゃん。」
聞き慣れた声がした。でもそれはあり得ない事だ。だって、ここにあの人がいるはずがない。
そう思いながらも、私は声が聞こえた後ろへ振り返った。
「やぁ、迎えに来たよ。アキちゃん。」
「・・・ルーさん。」
その人は紛れもなく、ルー・ルシアンだった。
黒澤アキ
・幼い頃から他の人には見えない者が見えたり、話せたりした。それが生きている者ではない事を知ったのは、中学生になった頃だった。
ルー・ルシアン
・普段は他人に深入りしないようにしているが、自分が心を許した相手には自分の身を犠牲にしても行動する。




