迷い猫 三
あれから1時間が経ち、私はようやく冷静さを取り戻せた。冷静になって気付いたが、おかしくなったのは窓や扉だけじゃない。テレビや携帯といった外部の情報を取り入れられる物が全て使い物にならなくなっている。唯一外の状況を見れる窓は窓のままであったが、固まって開けられない。
つまり、私は閉じ込められている。誰がどうやって、そして何の為にこんな不可思議な現象が起きているのかは分からないが、非常にマズい状況だ。幸いな事に電気や水は使える・・・が、問題は食料だ。今あるのは買ってきていたインスタント食品と缶詰。そしてここから黒猫の分も考えれば、持って1週間くらいだろう。
「1週間の内に、何とか外に出る方法を考えないと・・・。」
しかし、外に出るだけで問題が解決する訳ではない。外は雨や風が強く、一歩外に出れば呼吸も困難になってしまうだろう。それに外は真っ暗で、他の家の明かりが見えない。
まずは外に出る方法と、その後向かうべき場所を決めておかないと。
ニャー。
「ん?」
無い頭を使って考え込んでいると、私の足元に黒猫が擦り寄って来た。
「・・・そうだな、私は一人じゃない。お前もいるもんな。」
黒猫を抱き上げ、背中をさすりながら黒猫の温かさを感じ取る。この不可思議な現象の中で、この子の存在は私にとっての精神安定剤のようなものだ。この子がいなければ、私は今頃狂っておかしくなっていただろう。
ブー!ブー!ブー!
突然、ポケットに入れていた携帯が激しく揺れ出した。
「着信?一体誰から・・・。」
黒猫を一旦下ろし、私は携帯の画面を見た。画面には連絡をしてきた人物の名前が書かれてあるはずだが、文字化けされていて誰かは判明出来ない。
どうする・・・次々と起こる不可思議な現象の中、突然の電話・・・これも、この不可思議な現象の一種かもしれない。電話に出れば、この状況をより悪化させてしまうかも。
だけど、この状況の中で唯一の助けになるかもしれない。何者かは知らないが、今まで使えなかった通話が出来る。上手くいけば、助けに来てくれるかも。
迷っている暇など無く、私は意を決して電話に出た。
「・・・もしもし?」
『ァガ・・・デレ・・・ルド・・・!』
「なに?聞き取れない。」
『ア・・・アキ・・・チャン・・・!』
声はノイズが掛かって分かりずらいが、私の事をちゃん付で呼ぶ人は一人しかいない。恐らく、通話相手はルーさんだ。
「ルーさん?ルーさんなの!?」
『アキ・・・チャン・・・キコ・・・エル・・・!?』
「ルーさん!少しだけど、聞こえるよ!」
『ソコ・・・デナ・・・イデ・・・!』
「そこ、出ないで?ここから出ちゃ駄目なの?けど、ますますおかしくなってるんです!このままじゃ―――」
その瞬間、一つの疑問が浮かんだ。何故ルーさんは私が不可思議な現象に遭っている事を知っているのだろう?連絡はおろか、外の状況さえ分からないんだ。そんな中、今の私の状況を知る事など不可能なんだ。
『アキ・・・ゼッ・・・ソ・・・』
「ルーさん?ルーさん!?」
通話は切れてしまった。もう一度掛け直そうとしたが、やはりこちらから掛ける事は出来ないようだ。
「くそっ!早くここから出たいのに、出るななんて言って!」
私は苛立っていた。それは恐怖心から来る苛立ちであった。冷静さを取り戻したといっても、この状況に慣れた訳じゃない。怖さや不安はまだ根強く残っている。
「・・・落ち着こう。このまま一人で怒っても何も変わらない。今すべき事は、この不可思議な現象に対応する事だ。」
私はまず、この不可思議な現象が何をキッカケに起きているのかを調べてみる事にした。扉や窓が消えた事や、テレビなどが使えなくなった現象が起きたのは一斉にではない。
となれば、何か規則性がある・・・かもしれない。
ニャー。
「お前・・・付いて来てくれるのか?」
ニャー。
一人じゃ怖い所に、まさに猫の手が借りられた。これで少しが恐怖心が抑えられる。私は黒猫を抱き上げ、リビングから出ていく。
リビングから出ると、どこか息が詰まるような空間に変わっていた。何の変化も無いように見えるが、空気が変わっているという事は、どこかがおかしくなっているはず。
一部屋ずつ調べていき、何か変わった事がないのかを調べていく。浴室・トイレ・物置は何の異常も見られなかった。
そして、1階で残された部屋は、両親の部屋だけとなった。
「・・・ここだ。」
部屋に入る前から、部屋の中から異常な雰囲気を感じ取れた。抱いていた黒猫をしっかりと抱き直し、部屋の扉をゆっくりと開けていく。
ゆっくりと開いていく扉の隙間から徐々に部屋の中が見えていき、扉が完全に開くと、そこには異様な光景が広がっていた。
「・・・は?」
扉の先、そこには部屋は無かった。そこには、外が広がっていた。何の変哲も無い、青空が広がる外の世界が。
「外・・・なんで・・・?」
今見ているものが信じられず、私は扉の先に広がっている外の世界に一歩足を踏み入れた。
その瞬間。
「見つけた!!!」
その声が聞こえたと同時に、私の体は勢いよく引っ張られた感覚に襲われ、一瞬で視界が真っ暗に変わった。
「・・・ん・・・あれ?」
目を覚ますと、どこか見慣れた天井を見上げていた。周りを見渡すと、意味不明な置物が沢山置かれており、コーヒーを作る為の器具も置いてあった。視界を下に移すと、そこには床で大量の汗をかいていたルーさんが横になっていた。
「ルー・・・さん・・・?」
「や、やぁ・・・アキ、ちゃん・・・おはよう・・・。」
息をゼエゼエと吐きながら、ルーさんは私に笑顔を向けながら立ち上がる。
「私、さっきまで確かに・・・。」
「大丈夫、ちゃんと・・・説明、するから・・・少し休憩、させて・・・?」
ルーさんは近くに置いてあった椅子に倒れ込むように座り、天井を見上げながらシャツのボタンを二つ開けて、タバコを吸い始めた。
何が起きたのか、一体さっきまでの不可思議な現象は何だったのか・・・聞きたい事は山ほどあるが、今は休ませよう。
ニャー。
ふと私の体の上を見ると、そこには黒猫が座っていた。良かった、こいつも無事に戻ってこれたんだな。
「良かった・・・お前も無事か。」
「・・・アキちゃん?」
「なんですか、ルーさん?」
「君、何と話しているの?」
「・・・え?」
黒澤アキ
・昔から捨てられた物や動物が目に入る事が頻繁にある。
黒猫?
・アキ以外の人間には見えない。
もう一話だけ続きます。




