岸サヤカは変わらないでほしいと思っている。
今日は二時間分の授業時間を使っての体力測定の日だ。退屈な授業が二時間も減り、おまけにその時間は思いっきり体を動かせる。季節の始めごとに体力測定をやってもいいくらいに私は好きだが、他の生徒達は絶対やりたくはないだろう。
その証拠に今日は朝から至る所でダルイだ面倒だのと声が聞こえていた。私にとっては、いつもの授業を受ける方がよっぽど退屈だ。
「アキー、ゴム持ってない?さっき切れちゃって。」
体操服に着替え終えると、珍しくストレートヘア姿でいるサヤカが私の下へ来た。昔からサヤカはツインテールばかりだったから、髪を下ろした今の姿は新鮮だ。なんというか・・・いいね。
「聞いてる?」
「あ・・・ああゴムね、あるよー。はい。」
「・・・あんた輪ゴムで髪を結べって言うの?」
「え?ゴムでしょ?」
「いや、そうだけどさ・・・はぁ、あんたに聞いた私が馬鹿だったわ。違う人に聞いてくる。」
サヤカは私が渡した輪ゴムを指で引っ張り、私の顔に当てていくと別の生徒の下へと行ってしまった。
最近分かった事だけど、私ってもしかして女らしくないのかな?いや別に女らしくなくてもいいけど、もしこのまま私の中の残った女らしさが消えてしまえば、女子という括りから外されてしまうのでは?もしそうなれば、この学校から退学される・・・いやそんな事は無い・・・無い、と思いたい。
「よし。」
今から私は女らしくなろう!善は急げ、思い立ったが吉日だ!
という事で、私達は体力測定のボール投げを行う為、外に出ていた。よし、とりあえず最初の人を参考にしよう。投げるフォーム、声、投げた後の言葉を完璧に模倣する為に憶えとかないと。
「最初の人は・・・黒澤。」
「はい・・・私ですか!?」
「え・・・そ、そうだけど。」
私が最初かよ。思わず大声を上げてしまったよ。おかげで先生もちょっとビックリしちゃってるじゃん。
それにしてもまずいな。最初が私だなんて、全く考えもしなかった・・・こうなればアドリブでいくしかないか。
どう投げるかを考えながらボールを持ち、チョークで線が引かれた場所に立つ。
「それじゃあ黒澤さん。始めてください。」
「はい。」
そういえば、女子というのはボールを両手で投げる人が多いよね。えーと確か、こうやって持って、それでボールを上に突き飛ばす感じで投げる!
「ふっ!」
私が投げたボールは山を描くように飛んでいった。それを追うように測定係の女子が走っていき、先生に距離を伝えにまた戻ってきた。
「・・・42mです。」
「黒澤さんの記録42mね・・・え?」
42か、あんまり飛ばなかったな。でもこの距離なら良い線いったんじゃないか?結構女の子らしい投げ方もしたし。
私は確かな手応えを感じながら待機している他の女子達の方へ視線を向けると、サヤカ以外の全員が私の記録を聞いて騒めいていた。
それもそうだろう。なにせ、彼女達には私が今取り組んでいる事など知らないからね。きっとみんな去年の私と比べ、あまりにも女の子らしい距離だと驚いているに違いない。みんなには悪いけど、今年の体力測定は女らしさを極める為に記録は捨てさせてもらう。本気を出すのは来年からだ。
(よし、この調子でやってみよう!)
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二時間を経て、体力測定の全種目が終了した。シャトルランを除いた種目では去年よりも力は抑え気味で行った。その結果・・・
「黒澤さん!やっぱりカッコイイですね!」
「ほんと!私達と同じ女の子なはずなのに男の人みたいに体力があって!」
「むしろ男なんかよりもずっと凄いわ!」
「凄く硬い!お腹も引き締まっててカッコイイ!」
「私も体力をつけたいと思ってたんです!是非今度、一緒にトレーニングに付き合ってくれませんか?」
私はクラス中の女子に囲まれて体を触られまくっていた。彼女達が口から出す一言一言が、さっきまで自信満々に女の子らしい行動が出来たと思っていた私を一蹴していく。
私は肝心な事を見落としていた。いくら動きを変えた所で、今まで積み重ねてきた筋トレで得た力を完全に殺す事は出来ない事を。今まで自分の為、サヤカを守る為に行ってきた筋トレが、こんな所で裏目に出るとは・・・。
こんな事ならいっそ、最初から全力で取り組んで去年の記録を塗り替えた方が良かったな。そんな風に後悔していたら、突然誰かに腕を掴まれ、女子達の囲いから引っ張り出された。
「おわっ!」
崩れそうになる体勢を整え、私を引っ張り出してくれた人の顔を見る。その人物はサヤカだった。
「サヤカ?」
「はぁ・・・この人、借りていきますね。」
サヤカは私の腕を掴んだまま教室から出て、三階の空き教室へと連れ出された。
「ふぅ・・・助かったよ、サヤカ。あんな風に囲まれたら逃げづらいったらありゃしないよ。」
「・・・そう。」
「ん?どうしたの?」
なんだか機嫌が悪そうっというか、怒ってる?
「あんた、手を抜いてやってたでしょ。」
「あら?バレてた?」
「当然よ。何年あんたと一緒にいると思ってんの。」
「はは・・・いや実はさ、朝サヤカに呆れられてから私も少しは女の子らしくなろうと思ってさ。」
「それであの結果?」
「まぁ、そうだけど・・・。」
「あんたの中の女の子らしさどうなってんのよ・・・ったく、いらない考え事しちゃって。」
そう言うと、サヤカはポケットから黒いヘアピンを取り出し、私の前髪にヘアピンを付けた。
「ヘアピン?」
「あら、これは知ってるのね?」
「たまに前髪が邪魔で使うから。それで、なんで付けたの?」
「あんたを少しでも女の子らしくしようとしたのよ。ま、ちょっとは女子っぽくはなったんじゃない?」
私は教室の窓に近づき、窓に薄っすらと映る自分の顔を見た。確かに少しではあるが、女の子っぽい感じになってる。おでこを出すだけでこんなに印象が違うものなのか。
「別に、あんたが今更女の子らしくなろうとしているのは勝手だけどさ。あんたには、あんたらしさがあるんじゃない?」
「私らしさ?」
「馬鹿で、脳筋で、生まれる性別を間違えたような。」
「良い事が一つも無いように聞こえるんだけど・・・?」
「そうね。けどさ、そんなあんただからいいのよ。あんたは・・・黒澤アキなんだから。」
「どういう事?」
「・・・分かんなくていいわ。さ、帰りましょ。次は自分で逃げてね、モテ男さん。」
そう言い残し、サヤカは先に帰って行ってしまった。さっきのサヤカ、何か言おうとしてたけど言わなかった風に聞こえたな。何を言おうとしてたんだろう?
まぁ、サヤカの言うように、私が女の子らしくだなんて今更だよね。けどやっぱり、少しは学ぶようにしなきゃ。女の子らしくなれば、サヤカと話す話題が増えるかもだし。
「帰りにファッション誌でも買うか・・・。」
窓から見える風景を眺めていると、次の授業の予鈴が鳴り、私は急いで自分の教室へと戻った。
岸サヤカ
・服を買う時は時間を掛けて考えてから買うか決める。
黒澤アキ
・服を買う時は基本即決。その所為で会計時に思わぬ金額で驚く事が多々ある。




