岸サヤカは平気なつもりでいる
今日は家庭料理の授業の日だ。うちの女子高では将来の為に、こうやって定期的に料理実習を行う。教室内には様々な調理器具や具材が各テーブルに並べてあり、五人が一グループとなって各テーブルに分けられる。
正直言って、料理というのは苦手だ。まったく作れないという訳ではないが、一品作るだけでも時間が掛かる。しかもその後に片付けや洗い物まであるから面倒だ。
「アキ!今日という今日はちゃんと働いてもらうわよ!」
具材のリンゴを眺めていると、隣に立っていたサヤカにリンゴを没収し、代わりに包丁を握らされた。
「私がやるよりサヤカがやった方が早いでしょ?」
「何の為の授業だと思ってるのよ・・・ほら、まずは野菜から切りなさいよ。」
そう言って、サヤカはまな板に半分にされたキャベツを置いた。チラッとサヤカの方を見ると、ジッと私の方を睨んでいる。まったく怖くない、むしろ可愛らしいものだ。
ずっと見ていたい気持ちはあるけど、ここで止まっていたら次の工程に移れないので、大人しくキャベツを切り始めよう。
「えっとキャベツは・・・千、切り・・・?」
千切りって何?千通りに切るって事?え、こんな所から手間が掛かるの?
「サヤカ、私には荷が重いよ。」
「え?たかが千切りよ?」
「されど千切りだよ。ここはやっぱりサヤカが―――」
「そうやって逃げるつもりね!もう、しょうがないわね。」
サヤカはため息を吐きながら私の背中につき、私の両手を掴んできた。
「えーと・・・ん~・・・!」
私の手を操ろうとしているのかもしれないが、私とサヤカの身長差では前が見えないだろう。さっきから私の手を握ったり放したりばかりで、一向に私の手が動く事はない。
これじゃあ埒が明かない。しかし、私は千切りというものを知らないし、サヤカに任せようにもきっと彼女は断るだろう・・・そうだ!
「ねぇ、サヤカ。このままじゃ一向に進まなそうだし、交代しない?」
「はぁ!?さっきも言ったけど、今日という今日は手伝わせるって言ったでしょ!」
「もちろん私がやるよ?交代っていうのはさ、私とサヤカの場所の事だよ。」
「場所?」
包丁を置き、私はサヤカの後ろに回ると、彼女の脇の間から腕を通して包丁を持つ。
「ひゃ!?」
「こうすれば教えられるでしょ?」
「そ、そうかもしれないけどさ・・・!」
「ほら、早く教えてよ。」
「う、うん・・・。」
サヤカは戸惑いながらも私の手を握り、キャベツを切り始めた。切り始めてすぐに千切りという切り方が何なのか理解したが、サヤカに密着出来るこの状況を続ける為に何も言わないようにしよう。
「ね、ねぇ・・・もう、分かったんじゃない・・・?」
「ん~。」
「あとは同じように切ればいいだけだからさ・・・ん!」
「え?」
なに今の声。今まで聞いた事もない声だった。妙に生々しいというか、胸にグッとくる声だ。
「サヤカ?今―――」
「別に何でもないから!ただくすぐったかっただけだから!はいもうおしまい!」
そう言って、サヤカは私の腕の中からスルリと抜けていき、別の作業を始めた。少しイジワルが過ぎたかな?
けど、あの声・・・思い出すだけでも胸がザワつく。今度もう一度後ろから同じようにやってみようかな。
「さて、キャベツの千切り終わり。お次は肉を・・・叩く?・・・え、なんで?」
「くっ・・・!あーもう!アキは座ってて!」
結局、今回も私は大した手伝いも出来ず、みんなが和気あいあいと料理をしている所を眺めていた。途中、何か手伝おうと立ち上がったが、すぐにサヤカに制されてしまった。
無事出来上がった豚カツをみんなで食べる際、私の皿には山盛りのキャベツが盛られ、私も豚カツが食べたいとサヤカに尋ねるが「働かざるもの食うべからず」と言われてしまう。
しょうがなくキャベツを食べていると、サヤカはため息を吐きながら、自分の分の半分を私に譲ってくれた。
「サヤカ・・・!」
「勘違いしないでよね!私は小食なの!残して捨てるのは勿体ないでしょ!」
「ほんと優しいね、私の為に半分もくれるなんて。」
「勘違いしないでよ!バカ!」
岸サヤカ
・料理上手。和洋中なんでもござれ。
黒澤アキ
・自称料理上手。インスタントの味噌汁を丁度いい味にするのが得意。