隣には君がいて
今日は夏祭りだ。いつもは数人の老人達しかいなかった公園は、夏祭り効果で多くの人や出店が公園内を埋め尽くしている。特に何をするとかは決まってはいない。とにかく街のみんなでワイワイ騒いで、美味い物をみんなで食う、それだけだ。
私はうるさい場所があまり好きじゃない・・・いや、嫌いだ。
「ちょっとあんた!先に行ってたなら連絡ぐらいしなさいよね!」
「あ、忘れてた。ごめんごめんサヤ―――」
頭を掻きながら後ろへ振り返ると、紫色の浴衣を着たサヤカが立っていた。いつもは可愛いサヤカが、浴衣を着た事で可愛さと美しさを兼ね備わっている。
「それ・・・。」
「え?あー、せっかくのお祭りなんだからね。てっきりあんたも浴衣を着てくるのかと思ってたよ。」
「いや、私は浴衣似合わないし・・・。」
「そんな事無いでしょ?あんた、顔は良いんだから。私でも見惚れるくらいに・・・って!ち、違うわよ!いや、違うとかじゃなくて、たまに!たまにしか見惚れてないから!」
私はいつもサヤカに見惚れてるよ。いやまさか、浴衣を着ただけでここまで破壊力があるとは・・・もちろんサヤカの浴衣姿を見たのは初めてじゃない。
けどそれは幼少期の頃の話。今の大人に近づいたサヤカの浴衣姿は初めてだ。祭りってだけでこんな良いものを見られるなんて。祭りって良いなぁ・・・。
「なにジロジロ見てんのよ・・・!」
「いや・・・目に焼き付けとこうと思ってね。サヤカの浴衣姿を。」
「大袈裟よ!ほら、早く行くわよ!」
赤面しながらも、サヤカは私の手を掴んで引っ張っていく。祭りで賑わう人達の中に入っていくと、密集した周りの人達によって私とサヤカは簡単に離れていきそうになる。
ここで手が放れて離れ離れになってしまえば、サヤカを見つけるのに時間がかかりそうだ。そこで私は先に進んでいたサヤカを自分へと引っ張り、引き寄せたサヤカを抱き留める。
「ふぇ?」
「離れたら大変だし、このままで行こうか。」
という理由を建前に、サヤカの細い体をしっかりと抱きしめる。いつもならすぐに離されてしまうが、こういう状況下でならサヤカも断れない。
案の定、サヤカは無言で頷き、まるでコアラのように私の体にしがみついたサヤカを抱きしめながら、人が混雑した道を進んでいく。
人が邪魔でよく見えないが、出店は色々とやっているようだ。定番の綿アメ・射的・金魚すくい等々。それ以外のあまり見かけない出店としては、ハンバーガー・クレープ・猫耳を生やした店員が立っているコーヒー屋・・・ん?なんか見知った顔の人がいたな。
「サヤカ、ちょっとバック。」
「え?ちょちょちょ!?」
サヤカを少しだけ持ち上げて戻っていき、問題のコーヒー屋の前に立った。そのコーヒー屋の前にはカメラを持った人達が集まっており、店員の猫耳部分しか姿が見えない。
「すみませーん、ちょっと通りまーす。」
「ねぇ、いいかげん降ろしてよ!?」
店の前に集まっている人達の中を進んでいき、店の全貌と共に店員の姿がハッキリと目に映った。
「・・・なにやってんですか、ルーさん。」
「あら?二人共いらっしゃーい!」
ルーさんは私達に手を振りながら、猫耳をピコピコと動かした。その瞬間、周囲に集まっていた人達から驚きと拍手が飛び交い、飲食の出店というよりかサーカスみたいだ。
しばらくして周囲の人達は満足したかのようにルーさんの出店から離れていき、ようやく私達は落ち着いてルーさんと話せるようになった。
「アキちゃんいらっしゃい。サヤカちゃんは久しぶりね、いらっしゃい。」
「あ、どうも・・・えと、その・・・儲かってますか?」
「サヤカ!?」
開幕一番とんでもない事を言い出したなサヤカ!?見ると、サヤカの目は泳いでいた。私と違ってまだ打ち解けきれていないから緊張しているのだろう。にしても、悩んだ末に聞く事がそれなのか・・・。
「あははは!もう凄いよ!さっきまでお客さんが雪崩れ込んできてたから!」
「え?ルーさんのコーヒーが売れたんですか?」
「まるで私のコーヒーは売れないって決めつけてるみたいだね。」
「はい。」
「まぁ確かにそうだね。だから、少しだけ工夫をしたんだ。そこ見てみて。」
ルーさんが指差す方には一枚の紙に書かれた注意書きであった。
『コーヒーを一杯頼んでくれれば、撮影しても良いですよー!』
まさかの身売り・・・。
「いやー、みんな通り過ぎざまに私を見ていてさ。そこでその紙を置いてコーヒーを売り出したら、お客さんが来るの来るの!」
それみんなコーヒーが目当てじゃなくて、ルーさんを目当てに来てるよ。もはやコーヒーはオマケ扱いにされてるよ。
「けど、猫耳を生やしてもいいんですか?ルーさん気にしてるんじゃ・・・。」
「大丈夫、みんな付け物だと思ってるから!」
「左様ですか・・・。」
「あ、そうだ!せっかくだしコーヒー飲まない?今回のは自信作だよ?」
「そうなんですか?それじゃあ―――」
「待て待て、サヤカ。」
差し出されたコーヒーカップを受け取ろうとするサヤカを止め、さっきから道の先で騒ぎになっている場所を指差す。
私が指差した場所には数人の人が倒れ込んでおり、みんな苦悶の表情を浮かべていた。そしてその近くには、ルーさんのコーヒーカップが地面に転がっている。
その様子を見たサヤカはどんどん青ざめていき、しまいには小刻みに震え始めてしまった。
「ああなりたくないでしょ?」
「う、うん・・・。」
「という訳でルーさん、さようなら。またお店に遊びに行きますね。」
「え?いや、ちょっと飲むだけでいいから!ねぇちょっと二人共ーーー!?」
サヤカを持ったまま素早くルーさんの出店から離れていく。危ない危ない・・・あと少しでサヤカが死んでしまう所だった。
流石に追っては来ないと思うが、万が一という場合を考え、一旦公園の外にサヤカを連れていく。
ギュウギュウに詰められた人の集団から離れると、さっきまで感じていなかった疲労感がドッと体に広がり、私は地面に座り込んだ。
「あー、疲れた・・・まさかあの人がここに出没するなんて。良い人なんだけどな~。」
「あんた、大丈夫?」
私を心配して、サヤカが髪を耳にかけながら私の顔を覗き込んでくる。
「少し疲れたよ。もうちょっとしたら、すぐに戻ろう。」
「・・・いいよ、もう。」
「え?」
「無理する必要ないわよ。私も思った以上に人がいて疲れたし・・・。」
すると、サヤカは私に手を差し伸べ、その手を掴むとグッと引っ張られ、勢いで私はサヤカに抱きついてしまった。
「帰りましょ。私が美味しいご飯作ってあげるから。」
「・・・うん、そうだね。帰ろっか。」
サヤカを抱きしめている今の状況を堪能し終えてから、私はサヤカから離れた。
「さーて!何を作ろうかしら?」
「せっかくだし、お好み焼きでもやろうか。プレートならまだ残ってるよ。」
「それなら具材を買いに行きましょう。私が作ってあげるから、あんたが材料費を出しなさいよ?」
「全然いいよ。あ、それじゃあ花火も買おうか!線香花火なら売れ残ってるでしょ!」
「あれって変よね?なんでいつも線香花火だけ売れ残るのかしら?」
こんな風に、私達は他愛のない会話をしながらスーパーへと歩いていった。人が沢山いる場所より、サヤカと二人でゆっくり話しながら歩ける今の方が私は楽しい。サヤカも、私と同じ気持ちだったらいいな。
岸サヤカ
・祭りの出店では必ず綿アメとアイスを買う。クジ引きをすると毎回一番良い景品が当たり、店の人に苦笑いを浮かべられてしまう。
黒澤アキ
・射的や的当ての出店で景品を取り過ぎた所為で、彼女がいる街の祭りには射的と的当ての店が来なくなってしまった。




