空席
休日なのに暇だったので、ルーさんのお店に遊びに行く事にした。サヤカも誘ってみたが、サヤカは「たまには一人で休日を過ごしたい。」と言い、断られてしまった。
「・・・思えば、一人でどこかに行くって初めてかも。」
ルーさんのお店に着き、お店の扉を開くとルーさんがカップを拭きながら挨拶をしてくれる。
「いらっしゃ・・・なんだアキちゃんか。」
すると、ルーさんは指を鳴らして猫耳を生やした。一応あれって病気の一種なんだよね?気楽に出し過ぎじゃないだろうか・・・いや、隠す必要もない程、私達に気を許しているのかも。
うん、そう思っておこう。
「今日はサヤカちゃんと一緒じゃないんだ?」
「ええ。今日は一人で過ごしたいらしいです。」
「あー、確かに一人でいたい時もあるよねー。」
「そうなんですか?」
「アキちゃんは一人の時間が欲しくない?」
「一人よりも、サヤカと一緒にいた方が良いですし・・・それに、一人だと時間が遅く感じてしまって。」
「意外に寂しがり屋なんだ、そっか、ふ~ん・・・で、今日は何にする?と言っても、コーヒーしか出せな―――」
ルーさんが自信に満ちた眼差しで私にコーヒーを勧めてこようとしてきたが、その前に持参してきた缶コーヒーをポケットから二つ出した。
テーブルの上に置いた缶コーヒーを見るや否や、ルーさんは苦笑いを浮かべながら私の隣の席に座ってきた。
「どうしましたルーさん?」
「・・・いや、なんだ・・・コーヒーを頼んでくれないなら、私の仕事無くなっちゃったし、休憩しようかなって。」
許してくださいルーさん・・・あなたは良い人です、まだ少ない交流は少ないけど断言出来る程、良い人です。
でもそれを帳消しにしてしまう程、あなたが作るコーヒーは不味い。あのコーヒーを飲むくらいなら、インスタントコーヒーを粉のまま飲んだ方がマシと思えるほど。
「・・・なんかすみません・・・あ、コーヒー飲みます?」
すっかり落ち込んでしまったルーさんを見て、なんだか申し訳なくなってしまい、咄嗟にこんな事を言ってしまった。いくら不味いコーヒーを作ってくれるとはいえ、コーヒーを生業とする人にこれはマズかったな。
「ああ、頂こう。」
頂くんですか・・・まぁ、良い人だから断れなかったって可能性もあるよね。そう思いながら、コーヒーをルーさんに一つ渡すと、蓋を開けてわざわざカップに注ぎ始めた。律義だ・・・しかしあまりにも無駄だ。
「これ美味しいねこれ!どこのコーヒー?」
「駅前の自販機の・・・。」
「へぇー、自販機も腕を上げましたな。」
他人を褒める前に自分を磨いてみては?なんて言えるはずもなく、私は愛想笑いをしながら自分の分の缶コーヒーを飲んだ。
「アキちゃんさ、サヤカちゃんのこと好きでしょ?」
「ぶへぅ!?」
「おー初めて見たよ!そんな分かり易い反応の人!」
咳込みながらも、噴き出してしまったコーヒーをテーブルの上に置いてあったお手拭きで拭いていく。
隣で拍手しながらはしゃいでいる人、一回ぶん殴ってもいいかな?いきなりそんな話を振られたら、誰だって驚くさ。
「すみません、汚しちゃって・・・。」
「いいよいいよ!掃除する場所が一つ出来ただけだから!」
「いや、掃除する場所ここしか無いんですか?・・・それで、何でいきなりそんな事を聞いてきたんですか?」
「気になっただけだから。私、気になったものが分からないままだとボーッとしちゃう性格なの。」
「それは災難で・・・え?本当に言わなきゃいけないんですか?」
「当然。」
まいった・・・いや、別に私とサヤカの関係を話す事は何も問題ない。問題はその先だ。さっきのルーさんの口ぶりからするに、かなり細かい所まで質問してくる可能性がある。
「私達は友達ですよ。仲の良い友達。」
「友達ねー・・・でも、アキちゃんがサヤカちゃんを見る時の眼。あの眼は友達に向けるには愛が深すぎると思うけど?」
やっぱり突いてきた。ルーさんのこういう人を見る眼は凄いと思う。普通、眼だけで相手の気持ちを理解するのは難しい。相手の眼を見て話す事で、初めて相手の気持ちを理解する。けど眼を見るというのは嘘を見抜けるだけで、肝心なのは言葉だ。
だからルーさんは凄い、他人の気持ち・・・いや、もっと深い所まで見抜く才能があるのかもしてない・・・コーヒーを作る才能は無いけど。
「・・・ルーさんは、どうしてカフェを始めようと思ったんですか?」
「おっと話題を変えるかい?良い逃げ方だけど、少し分かり易いね。」
「あとで教えますよ。だから、教えてくださいよ。私も気になった事は知りたい性格なんで。」
「・・・ま、いいか。同じ性格の君になら話しても。」
ルーさんはカップに残っていたコーヒーを飲み干し、胸ポケットに隠していたタバコを取り出して、一本吸い始めた。
「ふぅー・・・私の恋人、コーヒーが好きだったんだ。飲むのも、淹れるのもね。」
「恋人?ルーさん、恋人いたんですか?」
「そりゃ、君達より長生きしてるしね。それで、コーヒー好きな彼女の為にカフェを始めたってわけ。」
「恋人の為に始めたんですか。それで、その彼女さんは?」
「亡くなったよ、去年にね。」
何の躊躇いも無く口に出したルーさんの言葉は時間を止めた。時間が止まった空間は重く、不気味で、酷く寒い・・・まるで自分が死んでしまったかのように思えた。
時計の針の音が8回鳴ると、ようやく私は私を取り戻し、天井にタバコの煙を飛ばしているルーさんに言葉を返そうとする。
「あ・・・その・・・。」
駄目だ。言葉が喉に引っかかって出てこない。怖い・・・さっきまで大人の余裕を漂わせていたルーさんが、今は脆く見え、そんな彼女を壊してしまうんじゃないかと怖くなってしまう。
「・・・はは、どうしてアキちゃんが悲しんでるんだい?」
「え?あ・・・。」
ルーさんが指摘してくれたお陰で、私が涙を流している事に気付いた。どうして私が泣いているんだろう・・・。
「君は優しいね。」
「そ、そんな事・・・ないです。」
「いや優しいよ。他人に対して涙を見せられるのは、その人に共感してしまったからだ。君は私の気持ちに共感したから涙を流したんだ。」
「・・・でも、私はまだ誰も失ってませんよ。」
「それじゃあ想像しちゃったんだろう。自分が、私と同じ体験をしてしまったらって。」
そうか・・・私は、考えてしまったんだ。もし、サヤカが突然いなくなったら・・・もしサヤカが私を残して死んでしまったらって。
いやだ、そんな事考えたくない。少し想像しただけでも悲しくてまた涙が出てしまう。この悲しみをルーさんはずっと心の中に秘めていたの?
「どうして・・・どうして、ルーさんは生きていられるんですか?」
こんな事を本人に聞く自分はどうかしてる。けど知りたかった。大切な人を失っても尚、どうして生きていられるのかを。
「・・・生きたいから。彼女の分まで私は生きたい。生きて、あっちの世界でまた会った時、死んじゃった後の世界の事を色々教えてあげたいんだ。それに、次に会った時に美味いコーヒーを淹れてあげたいしね。」
「彼女の分まで、生きる・・・。」
「死にたくなる気持ちも分かるよ?けどさ、自分まで死んだら悲しむ人が増えちゃうでしょ?だから死ぬ時は、悲しんでしまう人がいなくなってから死にたい。」
そう言うとルーさんは吸っていたタバコをカップの中に入れ、それを洗い場に持っていった。カップを洗い始めると、さっきまでの悲し気な表情だったルーさんとは別人かと思えるほど楽し気で、鼻歌まで歌いながらカップを丁寧に洗っていた。
するとその時、私の携帯から着信音が鳴った。見ると、サヤカからのメールであった。メールの内容は『暇になったから家に来なさい。』との事。
「お、やっと笑った。サヤカちゃんからメール?」
「え?なんで分かったんですか?」
「アキちゃんは分かり易いからね~。メールは遊びの誘い?だとしたら、こんな所にいないで行ってきなさい。ほら、ダッシュ!」
「そうですね・・・こんな所にいないで、サヤカの所に行きます!」
残っていた缶コーヒーを飲み干し、私はお店から出て行こうとする。
「アキちゃん!」
お店の扉に手を掛けた所で呼び止められ、振り向くとルーさんは真剣な表情で私を見つめていた。
「君達はまだ若いから、辛い事や理不尽な選択肢を突き付けられる事があるかもしれない。その場面で君が何を選ぶかは君次第。けど、自分の意思はしっかり持っていなさい。他人に頼りきりになったら、後悔するわよ。」
「・・・はい、憶えておきます。」
「それじゃあ、行ってらっしゃい。また二人でお店に来るのを待ってるわ。」
ルー・ルシアン
・カフェのお店を開く事を彼女の誕生日に打ち明けようとしたが、その日、彼女は事故で帰らなくなってしまう。
黒澤アキ
・普段は明るく男勝りな所があるが、一人になると途端に脆くなってしまう。




