袖沼雨空──4
書けない。
このところ酷いスランプだった。
何を書いても叩かれる気しかしない。
書けない自分が嫌で仕方ない。
書けない自分に価値なんてない。
一日中自宅のパソコンの前に座っていても、ほとんど進まずに、締め切りだけが近付いてくる。
しかもこんなときに限って、妹たちの楽しそうに映画を撮る様子が脳裏に浮かんでくるのだ。
腹のなかでどす黒いものが滴っていき……それが許容範囲を越えると、わたしは無意識に立ち上がっていた。
それは、もう何年も前から続いていたことのように思う。
腹の底に溜まったどす黒いものは、世にも恐ろしい衝動を形作っていた。それがもたらす結果は、未来予知のように明確に頭のなかに浮かんでいる。
わたしは自分自身に怯えつつも、衝動に突き動かされる。
疲労とストレスの前に、人間の理性はあまりに脆弱だった。
雨降りしきる夜闇の中、レインコートを着込んだわたしは自前のバイクに跨がり、実家へと向かう──三十分ほどで到着した。
今日は確か、両親が共に不在なはず。そう思って玄関に入ると、見知らぬ靴が二足並んでいることから、来客があるのが察せられて、少し意表を突かれた。
すぐにピンときた。きっと現映画部の連中だろう。忌々しい。
全員が祖父のシアタールームで寝ていることを確認すると、わたしは妹の部屋に向かった。
彼女のノートパソコンを起動する。パスワードは自分の誕生日──相変わらず迂闊だ。
案の定、撮影中の映画のデータが入っていた。
再生する──楽しそうな連中の姿が映っている。
わたしはノートPCを両手で高々と掲げ、全力で床へと振り下ろした。
嫌な感触が手に走り、PCはただのひしゃげた板になった。
続いて、撮影に使用されたとおぼしきカメラも床に叩きつける。不吉なほどの轟音が拡散する。
最後に、バックアップがされている危険性があるので、付近のUSBメモリも一通り、ひしゃげたノートPCで叩いて破壊した。
──やはり、わたしの心は糞以下の汚物だったのだ。
一連の作業を終えたわたしは胸に心地の良いカタルシスと罪悪感の混じりを感じながら、妹の部屋を後にした。
そして──トイレか何かで起きたのか──廊下で妹と鉢合わせすることになった。