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七里歩──4

 ぼくらの映画制作は、とても順調に進んでいるとは言い難い。

 それに加えて、今年も遅めの梅雨がやってきてしまった。連日続く雨によって、否応なく外での撮影は後倒しになってしまう。

 何としても、青空が提出するつもりだというコンペに間に合うようにしなければならないのに。

 予報を信じるなら来週の頭にはようやく晴れ間が見えるとのことなので、一先ずは屋内での撮影と、今まで後回しにしていた編集作業をメインに行うことになる。

 部活の時間だけでは到底足りないため、その週の土曜日、ぼくらは袖沼家に赴いた。主人公の部屋でのシーンは全て青空の部屋(二階建ての一軒家で子供部屋が一階にあるという珍しい間取りだ。)で撮影することになっていた。

 両親は共働きで、父親は単身赴任、母親は短期の出張ということなので、迷惑をかける心配はない……というのが理由だ。

 加えて、彼女の部屋は年頃の女の子のそれにしては殺風景で、男子のそれと区別がつかないため、主人公の部屋という設定でも問題はない。

 撮影は、まあまあ捗った方だと思う。 あっという間に時間は過ぎていった。いつの間にか夕食時くらいの時間になってしまい、母親から『夕飯はどうするのか』という旨の連絡もきた。

「泊まっていけば良いじゃない。雨も酷いし」

 などと青空は言ったが……幼馴染みといえど、この年齢で女子の家に泊まるというのはどうかと思った。しかしまだまだ時間をかけないと作業がとても追い付かないというのは事実だったし、杵築さんも抵抗はないということだったので、結局は青空の提案に甘えることになった。



 この日も例によって、外は梅雨真っ盛り。叩きつけるような雨音が響き渡っている。

 ぼくらはその時、部屋の奥に置かれたベッドに三人で並んで座り、映像のチェックを行っていた。真ん中には膝の上にノートPCを載せた青空が居て、両サイドからぼくと杵築さんが画面を覗き込むような格好だ。

 作業の合間、何とはなしに窓を見てみると、稲妻の閃光が視界に飛び込んできた。

「あ、光った」

 数秒後に訪れるだろう雷鳴への警告のつもりでそう発すると、

「うわぁ! ビックリしたぁ!!」

 横からそこそこの声量の感嘆が発された。

「いやビックリするの早くない? まだ何の音もしてないけど」

 元気すぎて雷にまで先走ってしまう杵築さん。ビックリしたと言いつつ、本人はどこか楽しそう。よく見ると青空も。

 数秒遅れて、腹の底に響くような雷鳴が耳をつんざき、

 それと同時に部屋の電気が消えた。

「ん? ……停電?」

 というぼくの呟きに被せるように、二人が楽しげな奇声をあげた。

「びっくりしたぁ!! 何だよ突然デカい声だすなよ!?」

「だって、雷ってだけでもテンション上がるのに、」

「……小学生かな?」

「停電がもたらす非日常感にテンションマックスよ!」

「小学生かな?」

 電力が一時的に失われるという迷惑でしかない事態を前に、子どものようにはしゃぐ二人。ポジティブと言って良いのか何なのか……もはや羨ましくさえ思えてくる。

「ところで、もう結構な時間ですよね。今何時でしょうか?」

「オヤジよ」

「小学生かよ」

 真っ暗闇の中、激しい雨音と時々起こる雷鳴をバックミュージックに、女子二人のはしゃぐ声が部屋を包む……え、そんなに楽しいの? この状況。もしかして、逆にぼくがおかしいのかな?

「いやぁ……何かしらね。暗闇というのは人を本能的に興奮させる何かがあるのかしらねぇ」

 うっとりとした口調で自説を語る青空。

「そう言えばこの前ネットで、停電したエレベーターに丸一日閉じ込められた人の監視カメラ映像観たんですけど、メチャメチャテンション上げてましたね!」

「それテンション上げてたというより極限状態になってただけじゃね?」

 ていうかその動画、そんなノリで観ちゃいけないやつだろ。何だこの子、サイコパス(誤用)か?

「あーワクワクするなー大雨に雷に停電を友達と一緒に過ごせるなんて」

「誰と一緒だったところで特に何も起きないと思うよ? それより早く作業再開しようよ、時間もないんだし」

「いや、それがノートPCの充電切れちゃったみたいなの」

「うわー最悪。停電最悪」

 充電できないじゃん。

 とはいえ、デスクトップだったらデータ飛んでたかもしれないからな……。PCが無事なだけ良しとするか。



 外を見た際、街灯も消えていたことから、単にこの家だけブレーカーが落ちたというわけではないだろう。電線に落雷したのだ。

 懐中電灯の灯りを頼りに、何か火災の原因になりそうな家電が電源繋ぎっぱなしになっていないかなどを確認しているうちに数分が経過した。

 電力の復旧はなし。

 ぼくらはまた、ベッドの上で並んで座っていた。

「暇ですねー。真っ暗だと」

 と杵築さん。先ほどよりはテンションが落ち着いている様子。

「君たちが、『せっかくの暗闇が台無しだから懐中電灯もスマホも使用禁止』なんて狂ったこと言い出したんじゃなかったかな……」

 ぼくの苦言は無視される。

「ゲームでもしましょうよ」

 杵築さんと同じく落ち着きを取り戻した青空が退屈そうに提案した。この調子で停電に対する幻想が消えたら良いなぁと思いつつ、適当に対応してやる。

「ゲーム?」

「十回クイズって知ってるかしら?」

「……知ってるけど」

 またベタなのが来たな。

「じゃあ、歩くん。取り敢えず『ピザ』って十回言ってみてくれるかしら」

「一番有名なやつじゃん。……まあ良いけどさ。ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ……」

 直後、隣で身体を動かすような気配がした。

「じゃあ……ここは?」

「どこだよ」

 真っ暗で何も見えないんですけど。

「ピザ……間違えた膝。……じゃなかった、肘よ」

「グダグダじゃん」

「なんか面白そうですね」

「そう思うならあと二人でやってたら? 夜が明けるまで延々と」



 そうやって馬鹿話を重ねてるうちにさらに数分が経過し、電力は無事復旧した。

 ぼくらは杵築さんが作ってくれたやけに美味しい夕飯を食べ終えると、作業を再開した。そして、それが取り敢えず『一段落』と言えなくもないところまでくると、息抜きと称して、青空の祖父が作ったシアタールームに行くことにした。

 その部屋は、袖沼家一階の突き当たりに、ひっそりと、しかし圧倒的な存在感を伴って眠っている。

 入室すると同時に、ぼくの胸には切なさに似た感傷が込み上げてきた──ここに来たのは何年振りだろうか?

 懐かしさの一方で、そこはまだ自分にとって身近な場所に感じられた。

 何もかもがあの頃のまま。個人で所有するだけでは勿体ないほどの設備たちが、各々重厚な気配を醸し出しながら鎮座している。

 正面の壁には、それをほとんど丸ごと覆うほどの面積のタペストリー型スクリーンが掛けられていて。

 7.2chサラウンド──七基のスピーカーと二基のサブウーファーが、部屋の中心に鎮座する三人掛けのハイバックソファを囲むように配置され。

 アンプにプロジェクター、ブルーレイレコーダーなどその他オーディオ機器も高性能なものが揃えられていて。

 部屋の後方の壁を占めるラックには、部室にある数倍の量のブルーレイディスクが納められている。

 杵築さんは入室すると共にテンションマックスになり、青空は得意気にしていた。

 そしてぼくらは、短めの映画を一本観ることにした(勿論時間も時間なので小音量でだ)。青空が選んだのは、彼女の姉たちがかつて作った、短編の自主制作映画だった。

 ぼくらはそれを観ながら、いつの間にか寝落ちしてしまっていた。

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