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袖沼雨空──2

 大学三回生──就職活動の時期になり、映画の撮影は中断した。

「大丈夫。社会人になってからだって、映画撮影くらいできるよ。ちょっとずつ下積みしてさ、それでいつか、皆でプロ入りしようよ」

 ヒカリはそんなことを言ってたが、実際そうはならなかった。社会に出てからのわたしたちの日々は容赦なく、すさまじい密度でのしかかってきた。

 映画を撮る時間なんてとてもなかった。何度か集まるような機会はあったが、その度各々の顔色が悪くなっていくのが確認できて、あまり気分の良い会合ではなかった。

 わたしとヒカリはとんだブラック企業に入社してしまい、互いにろくでもない日々を過ごしていたのだ。他のメンバーも、わたしたちほどではないにしろ、あまり楽しそうには見えなかった。

 特に、ヒカリの顔色の悪さは格別だった。いつも元気でエネルギッシュで、わたしたちを引っ張っていってくれる彼女の姿は、もはやどこにもなかった。

 ヒカリはよくわたしに電話をかけてきた。彼女の声は以前とは人が変わったように悲壮感を帯びていて、終始別人と会話してる気がしていた。

 電話でヒカリがする話は徐々に上司や同期の悪口が主になっていって、いつしかその割合が十に達した。

 わたしは段々、狂ったように同じことばかり話す彼女の相手をするのが面倒になってきた。

 かかってきた電話を無視するようになると、彼女は留守電やチャットに呪詛のこもったメッセージを残すようになった。

 それをわたしは……迷惑には感じなかった。

 わたしは彼女を内心で嘲笑っていたのだ。

 自分も相当酷い労働環境にいた自覚があった。毎日上司から怒鳴り散らされ、色んな人から蔑まれるなか、それでもわたしは、ヒカリのように泣くことも誰かに愚痴を言うこともなかった。だから自分は彼女よりは強いのだろうと思っていた。こんな程度で音をあげている彼女は情けないと、見下していた。

 毎日ヒカリが残した呪いのメッセージを聞くことだけが唯一の楽しみでありストレス発散方法だった。

 端的に言って、わたしの心は糞未満の汚物だったんだと思う。

 そしてわたしたちの思考も、きっとどうかしてたのだろう。仕事が嫌なら辞めれば良かったのだ。

 現状にいっぱいいっぱいで、視野が狭まっていた。

 でもそれに気付いたときには全部手遅れで、ヒカリの命はこの世界のどこからも失われてしまっていた。

 彼女が自殺する数日前に残したメッセージはこうだ。

『学生時代はたくさん映画撮ってたよね。この前久しぶりに映画借りてきてさ……まあ最後まで観る暇なかったんだけど……学生時代を思い出したんだ。やっぱりあの頃が一番楽しかったなぁ…………ねぇ、そういえばさあ、大学の頃撮ってたやつ、まだ途中だったよね? ……今度さ、続き撮ろうよ。他の皆も誘ってさぁ。また昔みたいに。……きっと楽しいよ。すごく。……無理かなぁ?』

 今更なに言ってんだ、とわたしは思った。

『映画、撮りたいなぁ……こんなはずじゃなかったのになぁ……わたし、何なんだろ? …………何か、何者でもないような気がする……わたしには映画しかないのに…………みんな、わたしが映画を撮らないから認めてくれないのかな? 映画を撮れないわたしなんて……価値がないのかな?』

 わたしはいつも通り、何も返事をしなかった。

 どうせいつもの愚痴と同じだと思っていた。それが彼女の心の断末魔だとも知らずに。

 糞ったれのゴミ屑野郎。

 繰り返しになるが、わたしの心は糞未満の汚物なのだ。

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