エピローグ──双葉ヒカリの墓に添えられた手紙より
あれから、妹たちは別の作品をコンペまでに完成させることができました。
わたしと妹の友達が話しながら即興で構成していったシナリオを、妹が八本のペンを同時に操るという人間離れした特技で、凄いスピードで書き起こしていきました。嘘のような話ですが本当です。
撮影も、撮りやすさを重視して脚本を組んだこともあり、スムーズに進みました。
そればかりか内容も面白かった。きっと彼にはストーリーテラーの才能があるのでしょう。
一方で、わたしも脚本作りだけではなく、サブ役ですが、出演もさせてもらえました。とても嬉しかったです。
役者なんてやったことなかったから緊張したけど……凄く楽しかった。
あんなことをしたわたしが、一体どの口で言うんだという話ですが。
あの子たち、本当に楽しそうに映画を作るんです。そのおかげで、わたしも映画に関わる楽しさを思い出せた気がした。
作品の評価を決めるのは観客でも、自分が何者かを決めるのは自分でしかない──そんなようなことを、妹の友達は言いました。
わたしはその言葉に救われました。そして、踏ん切りを付けることができた。
脚本を仕事にするのはやめました。きっと、わたしはプロの脚本家には向いていなかったと思うのです。
プロというのはおそらく、才能のある人が積み重ねた結果成るべくして成るものであって、端から目指すものではないのではないかと……今では思います。
別にプロじゃなくても、一生懸命創作をしてはいけない、なんてことはないですし。
多くの人に観てもらえなくても、認められなくても、わたしはわたしの世界を胸を張って作っていきたい。
妹たちと作った映画のなかで、わたしがきちんとわたしで居られたように。
妹はまだわたしを許してはくれないみたいですが(当然ですね。あんな最低なことをしたのですから)、それでも、応援すると言ってくれました。
自分は本当に幸せ者だと思います。
わたしはありのままのわたしになるために、これからも努力していくつもりです。
もちろん、自分が犯した罪を償いながら。
最後に、あなた自身のことも書かせてください。
あなたが最後に残したメッセージを、いつも思い出します。もう直接返すことができないと思うと、悔しくて仕方がありません。
敢えて断言しますが……あなたが『何者でもない』なんて、そんなことは絶対にありません。
わたしの中であなたは、『最高の映画監督』でした。
あの頃のヒカリが自分の作品を見るキラキラした目を思うと……それはあなたの中でもそうだったのだろうと、思います。
もっと、自分を信じてあげても良かったのではないでしょうか。……いえ、わたしが言えたことじゃありませんよね。
また、あなたに会いたいです。
また一緒に映画を作りたい。
でも、それはもう叶いません。
だから、せめてわたしはあなたのことを絶対に忘れないと誓います。
あなたと映画を作った日々をずっと覚えています。
あなたと作った映画を、いつまでも観返します。
そうして、わたしはあなたの一番のファンでいたい。
叶うなら──わたしはあなたの、『最高の観客』でいたい。
わたしは、あなたとあなたの映画を愛しています。
さようなら。