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ショートストーリー いただき物

作者: 夢前孝行
掲載日:2022/08/15

桜前線が北上してくるころ、

YMCAからSセンターに水泳場所を変えた。

そこには毎朝、背が高くて、

カーリーヘアのスレンダーな女性が来ていた。

顔はすっぴんだがそこはかとなく品がある。

彼女はぼくと違って水泳はせず、

スポーツジムにいって自転車をこいで、

二十分ほどで帰るらしい。

四十前後と思うが、

ご主人を病気でなくし、

今は旦那がやっていた事業を引き継いでやっているが、

運動不足でこうしてちょっと運動にと来ているのだという。



彼女もYMCAからこのSセンターに移ってきたのだが、

半年を過ぎたころより、あまり姿を見せなくなった。

どうしたのだろう。

不景気で会社がつぶれたのかそれとも病気になったのか、

心配している。

住所も名前も知らないので、

どうしているのか聞くに聞けない。

ぼくは下心があるのを見過ごされなくなかったので、

名前も住所も聞いていない。

それにぼくは何故か男であれ、

女であれ最近先方が名前を教えてくれるまで、

聞かないことにしている。

それの方が生きていくにしろ、

友達付き合いするにしろ楽なからだ。

その上美人というものは、

別にどうこうする積りはないが、

ちょっと話ができるだけでもうれしいものだ。

そんな彼女はちょっとドジで憎めないところがある。

 


彼女の話によるとある日曜日の朝、

洗濯をしていたところにインターホーンが鳴ったので、

エプロンで手を拭きながら出てみると、

隣の人が引越しの挨拶に来ていた。

どうかしていた彼女は、

いただくであろう百貨店の包みの物しか目に入らず、

「わざわざ、どうもありがとうございます」

 というや否や包みに手が伸びてしまった。

 一瞬きょとんとした隣に引っ越してきた人は、

挨拶代わりに持っていたものを渡すと、

「じゃ、そういうことで」

 と言ってろくに挨拶もせずにそそくさと帰っていった。

 いただき物を手にして

「なんとはしたないことを、と思ったのですが、

もう、とりかえしがつきません。

恥ずかしくて二、三日外へも出られませんでした。

時々ドジなこと私やるんです」

 と面白おかしく彼女はぼくに話してくれた。



その彼女も今はこのSセンターに姿を現さない。

桜前線が九州の方から上がってくる報を聞きながら、

彼女は元気でやっているのかな。

となにやらさびしい気持ちが桜前線のように

足元から胸のほうに春風とともに北上してくるような

気がしてならないのです。

そして彼女が好きだったのかな、

とセンチメンタルになって、

ふと郷愁のようなものに襲われる今日この頃です。

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