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ショートストーリー いただき物

作者: 夢前孝行

桜前線が北上してくるころ、

YMCAからSセンターに水泳場所を変えた。

そこには毎朝、背が高くて、

カーリーヘアのスレンダーな女性が来ていた。

顔はすっぴんだがそこはかとなく品がある。

彼女はぼくと違って水泳はせず、

スポーツジムにいって自転車をこいで、

二十分ほどで帰るらしい。

四十前後と思うが、

ご主人を病気でなくし、

今は旦那がやっていた事業を引き継いでやっているが、

運動不足でこうしてちょっと運動にと来ているのだという。



彼女もYMCAからこのSセンターに移ってきたのだが、

半年を過ぎたころより、あまり姿を見せなくなった。

どうしたのだろう。

不景気で会社がつぶれたのかそれとも病気になったのか、

心配している。

住所も名前も知らないので、

どうしているのか聞くに聞けない。

ぼくは下心があるのを見過ごされなくなかったので、

名前も住所も聞いていない。

それにぼくは何故か男であれ、

女であれ最近先方が名前を教えてくれるまで、

聞かないことにしている。

それの方が生きていくにしろ、

友達付き合いするにしろ楽なからだ。

その上美人というものは、

別にどうこうする積りはないが、

ちょっと話ができるだけでもうれしいものだ。

そんな彼女はちょっとドジで憎めないところがある。

 


彼女の話によるとある日曜日の朝、

洗濯をしていたところにインターホーンが鳴ったので、

エプロンで手を拭きながら出てみると、

隣の人が引越しの挨拶に来ていた。

どうかしていた彼女は、

いただくであろう百貨店の包みの物しか目に入らず、

「わざわざ、どうもありがとうございます」

 というや否や包みに手が伸びてしまった。

 一瞬きょとんとした隣に引っ越してきた人は、

挨拶代わりに持っていたものを渡すと、

「じゃ、そういうことで」

 と言ってろくに挨拶もせずにそそくさと帰っていった。

 いただき物を手にして

「なんとはしたないことを、と思ったのですが、

もう、とりかえしがつきません。

恥ずかしくて二、三日外へも出られませんでした。

時々ドジなこと私やるんです」

 と面白おかしく彼女はぼくに話してくれた。



その彼女も今はこのSセンターに姿を現さない。

桜前線が九州の方から上がってくる報を聞きながら、

彼女は元気でやっているのかな。

となにやらさびしい気持ちが桜前線のように

足元から胸のほうに春風とともに北上してくるような

気がしてならないのです。

そして彼女が好きだったのかな、

とセンチメンタルになって、

ふと郷愁のようなものに襲われる今日この頃です。

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