第二話②
「う、ん……」
ブリードが目覚めた。辺りを見回すと、畳の部屋に寝かされていたことがわかった。
何があった。記憶を手繰る。ぼんやりする頭を働かせ、思い出す。そうだ。自分はロゼとヴォルトと一緒に港を出て、それから砂浜に突撃したのだった。
ブリードが、自分が気絶したことを理解すると、声をかけられた。
「おう。起きたか」
先ほど、流れ弾に気を付けろと叫んでいた男だ。日に焼けた肌。ロゼの褐色の肌よりも黒い。
「さっきの。というか、ここは?」
「俺の女房が経営している宿だ。そこから、お前らの乗っていた船が見えるぞ」
男は部屋の窓を指差した。ブリードが窓に近づくと、海と砂浜、それから半壊した小舟が見える。ここが二階に位置する場所であることも理解した。
「お前らは運が良い。本当なら今頃、さっきの化け物に沈められていたぜ」
「いつも、あんなの相手に漁業をしているんですか? 命がいくつあっても足りねえんじゃ……?」
「まさか。今じゃ誰も海に近づこうとはしないさ。ここ最近、海面上昇が続いているだろう? その影響か、あの化け物が現れるようになってよ。で、皆で退治できないか試そうとしていたところだったわけよ。ああ、化け物なら、沖へと帰って行ったぜ」
「なるほど。そういえば、俺と一緒にいた二人は?」
「ああ。女の方なら、女房が面倒を見ていて別の部屋だ。もう一人の方はさっき目が覚めて、下に降りて行ったぜ」
「そうですか。ども。ありがとうございます。」
「気にするな。さて、と。俺はそろそろ戻るかな」
男が部屋を出る。ブリードは白い髪をがしがしとかしむしった。
「俺も下に行ってみるかな」
立ち上がり、ブリードは布団を畳んだ。それから部屋を出て、階段を下りる。
一階へと下りると、渡り廊下でヴォルトが数人の村人に囲まれているところを発見した。村人の老人がヴォルトをまじまじと見る。
「へえ。精霊ねえ」
「ああ。そうだ」
村人は、ヴォルトが精霊であることを知ったらしい。興味深そうに見る者や面白半分で見に来た者などの野次馬に囲まれているようだ。ただ、精霊であるという事実を鵜吞みにしている者はいなさそうだった。
ブリードは廊下に設置されている机を見つけた。机の上には紙の束とペンが置かれてある。
「すいません。これってなんですか?」
と、ブリードが小太りの女性に話しかける。
「ああ、それね。ここ、伝書鳩を貸し出していて、書いた手紙を宿の人間に渡せば、伝書鳩で届けてくれるんだよ。数や飛行距離には制限があるけどね」
「へえ。なるほど。」
説明を終えると、女性はヴォルトのいる人だかりへと歩いていく。少し考えるそぶりを見せた後、ブリードはペンを握った。
「里の皆に連絡しておくかな。本当なら、もうすぐ帰っている頃だろうし」
ヴォルトと村人たちの話し声を聞きながら、ブリードは手紙を書いた。
ブリードが手紙を書き終えた頃、ロゼが二階からやってきた。ヴォルトの周囲には、先ほどよりは少ないが、まだ人が集まっていた。
「二人とも、ここにいたんですね」
「ん。まあ、な」
「俺たちに何か用でもあるのか?」
ロゼはこくりと頷いた。
「二人は、ここに来るときに遭遇した魔物が、村の人たちを困らせていることを知っていますか?」
「そういえば、そんな話を聞いたな」
ヴォルトに続き、ブリードも答える。
「ああ、俺も」
「わたし、騎士を目指す者として、この事を見過ごせません。騎士への誤解が解けるまでの間、じっとしていようと思っていましたが、わたしは魔物の対応策を村の皆さんに考案するため、魔物の調査、可能なら討伐を視野に入れて行動したいと考えています。そこで、二人のお力を貸してほしいんです。二人はとても強いですし、それに闘技場で……」
「悪いけど、それはできない」
「えっ?」
「俺の目的は、シルフを探すこと。ただでさえ騎士のせいで動きにくいっていうのに、これ以上、面倒ごとに付き合っていられないな。ここは港町みたいだし、俺はさっさと港の船に乗るつもりだ」
ロゼの誘いをブリードが断ると、続けてヴォルトも拒む。
「俺も協力はできないな。そもそも俺はお前らと違い、闘技大会を台無しにしたことは事実だ。そんな奴が、騎士が追いかけて来るかもしれないという時に、魔物退治をすると思うか?」
「それは……」
「魔物退治をしていたら捕まってしまう。だから可能なら、俺もすぐにここを離れたい」
「それならいっそ、二人で港に行かないか?」
「そうだな。別に構わない。俺とお前の目的は、少し似ているところもあるからな」
二人が話を進める中、ロゼは残念そうな表情を見せた。だが、彼らの言い分も最もだと納得したロゼは、表情を元に戻し、二人に話しかける。
「わかりました。すぐに船に乗れるといいですね」
「ああ、それじゃあ」
二人が宿の外へと出て行った。