第二話①
小舟が海上を進む。波は穏やかだ。小舟の後ろにはシェルが搭載されていて、推進力を生み出している。小舟の向かう先に岸が見えることから航海は順調のようだ、と操縦しているブリードは一息ついた。
あれから、ブリード、ロゼ、ヴォルトはろくに会話をしていない。お互い親しい関係でもない上、ロゼとヴォルトに至っては、一度、敵対している。
しかし、このままというわけにもいかない。沈黙に耐えきれなくなったロゼは、なるべく印象良くするため、笑顔で話しかけた。
「と、とりあえず自己紹介でもしましょうか」
胸に手を当て、ロゼが更に続ける。
「わたしは、ロゼ・アルバと言います。騎士になるため、訓練生に所属しています。今日は特別に休日をいただき、闘技場で観覧していました」
「へえ。その訓練生が今では騎士に追われる身か」
と、にやにや笑うブリードに、ロゼはむっとなった。ロゼがヴォルトを指差す。
「あなたと同じで、こちらの方に巻き込まれたんですー。そういえばあなた、変わった服装ですね」
「ああ。住んでいる場所の文化で、ちょっとな。俺はブリード。シルフっていう精霊を探しているんだけど、どこかでそんな話を聞いたことはないか?」
ブリードの言葉に、ヴォルトが目を向ける。表情は変わらないが、ブリードの話に興味を持った。
「シルフは知らないですけど、こちらのヴォルトさんは精霊らしいですよ」
「本当か!? なあ、知らないか? 風の精霊で、ものすごく自分勝手なやつ」
ブリードに訊ねられ、渋々、ヴォルトも会話に加わった。
「俺は今まで、何百年も人間に封じられ、ずっと行動を制限されていた。だから、この時代の常識すら、俺にはわからないことがある」
「なんだ。じゃあシルフについては」
「知らないな」
ブリードは肩を落とす。
「封印されている間、俺は今の姿に転生した」
「転生?」
聞きなれない単語を聞き、ロゼは首を傾げた。
「封印の影響か、その際、記憶のほとんどを失ったが、自分が精霊であること。そして俺が封じられる前は、世界には様々な精霊が存在していたことを覚えている。だが、今の時代では精霊の気配が感じられない。闘技場とやらでようやく気配を感じたと思ったが、結局探せなかった」
ロゼの目をじっと見つめ、ヴォルトが訊ねる。
「一体、精霊に何があった。精霊は今、どこにいる?」
ロゼは視線を逸らした。
「そんなこと、わたしに聞かれても……。大体、精霊は実在しない、架空の存在だと思っていたので。というか、大半の人間はそう思っていますよ。ブリードさんが特殊なだけです」
「そうなのか」
そのとき、突然、小舟が大きく揺れだした。先ほどまで穏やかだったはずの波が荒れている。これは普通ではないと三人は察した。
「なんだ? 何が起きている」
ヴォルトがつぶやく。ブリードは小舟の操縦につき、ロゼは海面を見る。海面には、大きな黒い影があった。
「真下に何かいます!」
二人の目にも大きな影が映る。ブリードはシェルの出力を上げた。小舟が加速する。
「こういうでかいやつは、大抵、浅瀬には来られないもんだ。しっかり掴まっていろよ!」
ブリードの操縦で加速していく小舟。そして小舟を追いかける黒い影。すると、向こう岸の砂浜で、大勢の村人らしき人物が弓や杖を構えていた。男性が、ブリードたちに向かって叫ぶ。
「おーい、お前ら! 援護してやる。流れ弾に気をつけろー!」
放て、と男性が合図を送ると、一斉に砂浜にいる人間が攻撃を開始した。
「どう気をつければいいか、教えてほしいのだが」
「なんとかするしかないだろ!」
矢の雨が降り注ぐ。ブリードは右へと舵を切り、矢をかわしていく。
必死に小舟にしがみつき、後方を確認するロゼ。すると、影に三つの光があることに気づく。三つの光のうち二つは、目のように見えた。
小舟が猛スピードで砂浜に打ち上げられる。砂浜を滑り、小舟が止まる。
近くにいた村人たちが確認すると、三人は気絶していた。