第一話⑦
ライオンに似た、全長五メートルはある魔物が、女の子の方へと近づいていく。女の子は足をくじいた様子で、座り込んでいる。立ち上がろうと、必死になる女の子にライオン似の魔物が咆哮をあげた。魔物の影が女の子に届き、女の子は涙を浮かべた。魔物は、自身の前足を上げ、女の子を叩き潰そうと振り下ろす。
「危ない!」
叫んだロゼが、女の子の元へ走る。それから間一髪のところで杖を使い、ドーム状のシールドを張った。薄緑色のシールドはロゼを中心に展開され、二人を守る。が、魔物の攻撃はおさまらない。魔物は何度も頭突きや前足による攻撃を繰り出す。
その光景を見ていた騎士団長は焦る気持ちを抑え、近くの魔物を蹴散らしつつ、ヴォルトとの戦闘に集中していた。
騎士団長が剣を振るい、目の前の小さな狼型の魔物を薙ぎ払う。すると、ヴォルトが宙へ飛んだ。それからヴォルトは騎士団長の真上まで距離を詰めると、雷を足に纏わせ、かかと落としを繰り出す。その攻撃を騎士団長は盾で防いだ。その瞬間、電撃が弾けフラッシュが起こる。距離を取るため、二人は互いに後方へと身を引いた。
「止めるんだ、ロゼ君! その魔物は、君一人でどうにかできる相手ではない。戻るんだ!」
今なら、女の子を見捨てればロゼは助かるかもしれない。ロゼを説得する騎士団長の表情は焦りのせいか、険しい。
一方、ロゼは動かない。杖を握ったまま離さない。シールドの展開に集中していた。
「くっ。このままでは……」
騎士団長に、猿に似た魔物が後ろから飛びかかった。騎士団長は盾をぶつけ、すぐさま剣でなぎ倒す。
その僅かなやり取りの間に、ヴォルトが動いた。ヴォルトは無言で戦闘フィールドへと走る。
「待て、何をするつもりだ!」
ヴォルトは騎士団長の声に耳を貸さなかった。道を阻む、鳥や狼に似た魔物をかわし、ロゼと女の子を襲っているライオン似の魔物へと突き進む。
ライオン似の魔物は攻撃を続けていた。他の魔物は、ライオン似の魔物が怖いのか、距離を置いていた。ロゼたちの周囲にいるのはライオン似の魔物だけだ。
シールドの色が、薄くなっていく。攻撃を受け続けたせいだろう。シールドが壊れるのは、時間の問題だった。
「大丈夫。きっと騎士が助けに来てくれるはずだから。大丈夫だからね」
ロゼは自分の後ろに隠れている女の子を安心させるため、落ち着いた口調で話す。
が、騎士の大体は、ヴォルトという少年に倒されたか、避難の誘導に当たっているかだ。来るとしたら、騎士団長くらいだが、あれからどうなったかわからない。
ダメかもしれない。不安がよぎったそのとき、シールドにひびが入った。魔物が再び咆哮をあげた。
「えっ……?」
ロゼの瞳に、魔物に突っ込む二人の少年の姿が映った。
「はああああっ!」
魔物の顔面にめり込む、刀と拳。魔物は数回、横に転がりフィールドの端へと吹き飛んだ。水面が激しく揺れる。
ばしゃり、と地面に着地する二人。着地した際に、水しぶきが起きた。
「あんた騎士……じゃないよな。普通はこんなバカな真似はしないぞ」
と、ブリードがヴォルトに話しかける。ヴォルトは淡々と答えた。
「俺が騎士と戦ったために、魔物が逃げた。そのせいで被害者が出るのは、面白くない」
「なるほど、ね。まあ、わからないでもないかな。そういうの」
ひょうひょうとした態度のブリードに、今度はヴォルトが訊ねた。
「お前は?」
「ん?」
「そういうお前は何故ここにいる? 関係者ではないのだろう?」
「んー」
少し考えた後、ブリードは含み笑いをした。
「ただの気まぐれさ」
ヴォルトは首を傾げた。ブリードの言葉が理解できなかったのだ。
「がああああ」
ライオン似の魔物がゆっくりと起き上がった。まだ動けるようだった。ブリードたちを睨んでいる。
「俺の名前はブリード。あんたは?」
「ヴォルトだ」
「会ったばかりで悪いけど、協力してくれないか?」
「勝率が上がるのなら、別に構わない」
「あの、わたしも手伝います!」
杖を持って、二人の間にロゼが立つ。杖の先端に、クリマをはめ込んだ。
戦闘はできるらしい、と判断したブリードは「わかった」と言い、ヴォルトは無言で頷いた。
ライオン似の魔物が真正面から飛びかかる。ブリードとヴォルトはそれぞれ左右に分かれるように駆けだした。魔物はロゼに噛みつこうと突撃。ブリードとヴォルトには目もくれない。魔物の狙いはロゼのようだ。
しかし、ロゼはぎりぎりまで引き付け、シールドを展開させた。魔物はシールドに激突。頭を打った魔物はたまらず天を仰いだ。
「はあああ!」
次はブリードが追い打ちをかける。大きくジャンプして、魔物の顎を斬り上げる。
「があっ!」
滞空中のブリードに攻撃しようと、魔物は前足を振るおうとする。
しかし、
「やらせはしない」
ヴォルトが水面に両手を突っ込んだ。紫色の雷を放出する。雷は這うように水面を走り、魔物を襲った。魔物の動きが止まる。
「もらい!」
滞空しているブリードが、とどめの一撃を放つ。身をひねって、回転。大きく縦に刀を振るった。
「が、がああ」
顔を斬りつけられ、魔物が倒れる。まだ息があるようだが、立ち上がれないようだ。
三人はそれぞれ呼吸を整える。すでに大半の魔物は逃げたか、騎士に倒されたため、フィールド内にはあまり残っていない。
ロゼの後ろにいる女の子を母親が呼び、駆け寄る。動けない女の子を抱きしめた。
「今のうちに逃げてください」
落ち着いた口調を努めて、ロゼは母親に指示する。母親は頭を下げ、お礼を言った。
「いたぞー! そこにいるのが侵入者だ!」
遠くから騎士が叫ぶ。他の騎士が三人に近づいてくる。これで事態は収束するだろう。三人は一息ついた。
「無理に突っ込まず、囲んでから連中を捕らえろ!」
「「……へ?」」
連中。その言葉に、ブリードとロゼがぽかんとした表情になる。ヴォルトが冷静につぶやいた。
「ん? 奴ら、何か勘違いをしているようだな。共闘したからだろうか」
「そんな……!」
「え、なに? どういうこと? 全然わからねえんだけど」
「簡潔に説明すると、ここにいる三人は、大会を台無しにした犯人だと思われている。あの様子では説得は難しいそうだな。早急に撤退すべきだろう」
「あはは。それは大変だ」
「なら近くにある港へ逃げましょう。海へ出れば騎士を振り切れるかもしれませんし、時間が経てば誤解も解けていると思います。捕まったら何をされるかわかりません。急ぎましょう」
「連中を振り切れるなら、異論はない。俺も行こう」
「よくはわからないけど、仕方ないみたいだな」
それから三人は、闘技場の外へと駆ける。騎士が妨害するが、ヴォルトが電撃を放ち、強引に突破した。残りの騎士が追いかけるが、母親と女の子を見捨てるわけにもいかないため、何人かは二人の誘導に残った。
女の子が、逃走する三人に、ぶんぶんと大きく手を振った。