番外編、グリーン氏の恋愛は前途多難?!その1
私には最近、恋人ができた。
名前は白の大魔女ことブランカ・サディと言う。彼女は白銀の真っ直ぐな髪と淡い銀色の瞳の背が高い超がつく美女だ。スラリとしていて、プロポーションが良い。が、性格には難があった。まず、なかなかの人見知りだし。次に非常に酒癖が悪い。私と一緒に飲んでいたら、喧嘩腰で来られた事が三回くらいはあった。
まあ、ブランカは普段は冷静で穏やかな女性だ。初対面の人間でさえなければ、普通に接してくれる。
さて、私がブランカと付き合い出したのは今から一年程前からだ。二年前くらいに私の使い魔が行方不明になった事がある。弟子に当たる白魔女のサンショー嬢の使い魔のすずお君やテッド達と一緒に探すために、旅に出たのだが。その際にブランカは私の事を好きになったらしい。まあ、はっきりとはわからないが。
無事に私の使い魔のレミリアは見つかった。魔物に連れ去られ、クリスタルの中に封じ込められていた。そのせいで古馴染みのトレの力を借りざるを得なかったが。そんなこんなで今に至る。
「グリーン、今日も何処かに行きましょ?」
「あ、ブランカ。こんにちは」
「んもう、こんにちはじゃないわよ。あたしとあなたの仲でしょうに」
含みたっぷりで言われても、正直困るんだが。ブランカの使い魔であるクレアさんの姿は見えない。どこかに行ってしまったか。ふうとため息をついた。
「……ブランカ、私はまだ勤務中なんだが」
「それはわかっているわ、けど。今は休憩中なんじゃないの?」
「まあ、そうなんだが。けど、他の師団員もいるから。しなだれ掛かるのだけは勘弁してもらえないかな」
「……わかったわ、あなたが嫌がっているのはね。もう、来ないから。安心してちょうだい」
ブランカはそう言って、にっこりと笑う。が、目は笑っていない。ちょっと、嫌な予感がする。
「ではね、グリーン」
「あ、ああ。またな、ブランカ」
ブランカは手をヒラヒラと振った。彼女はそのまま、転移術で執務室を去った。ただ、甘い残り香だけを残してだが。私はまた、ため息をついた。
書類を決済し終わったのは、この日の夜半過ぎになってからだ。私はやっと終わったと肩を手で軽く叩いた。けど、不意に違和感があり、椅子から立ち上がる。
(……まさか、ブランカか?)
執務室に備え付けてある簡易な洗面所兼浴室に行く。ドアを閉めて、急いで着ていたシャツのボタンを上から外した。3番目まですると、斜めに襟元をずらす。鏡でその箇所を確認したら、淡い赤い痣が浮かび上がっていた。親指の第一関節までくらいの大きさの薔薇型の痣だった。幾重にも花弁を重ねた綺麗な物だが。私はすぐに、ブランカの仕業だと気付く。彼女が去る間際に掛けた軽度の呪詛だ。確か、この手の呪詛は体調が軽く悪化したり、嘘がつけなくなったりするといったような効果が現れる。しかも、大魔女が掛けた呪詛。解くには本人に頼み込むか、代わりに同等の魔力を持つ魔女に解いてもらうか。自分で解けなくもないが、非常に面倒極まりない。私は仕方ないと腹を括った。ブランカの元へ転移術を展開したのだった。
ブランカの住む「迷いの森」に着いた。相変わらず、鬱蒼とした所だ。私は無言でサクサクと草や落ち葉を踏みしめながら、奥へと進む。しばらくそうしていたら、開けた所に出た。
『……あら、早速来たのね。入りなさいな』
遠い所から声が頭の中に響いた。かと思ったら、木がアーチ状に開かれる。驚きながらもそれを潜った。少し歩くと一軒のこじんまりとした家が現れる。赤い屋根に淡い黄色の壁の可愛らしい家ではあった。ひとりでに玄関のドアが開かれる。私は中へと入った。ドアがパタンと閉まり、奥から白いノースリーブワンピースを着たブランカが出てくる。全体的に真っ白な彼女は浮き世離れした雰囲気を纏う。私はそれでも、ブランカの白くほっそりとした腕や足に目を奪われた。レミリアもなかなかに可愛らしいが。彼女はその上をいく美しさを持っている。まあ、実年齢は私よりもかなり上ではあるが。
「……やっと、来てくれたわね。グリーン」
「ブランカ、単刀直入に言う。呪いを掛けたのはあなたか?」
「ふふっ、そうよ。なかなか、あなたが振り向いてくれないから」
やはりなとため息をつく。そろそろ、彼女にはっきりと答えを出すべきか。遊びなどではなく、真剣に将来の伴侶となってほしいと。
「……ブランカ、呪いを解いてくれたら。真面目にあなたに交際を申し込みたい」
「あら、真面目にね。それは結婚を見据えて、という事?」
「ああ、私はそう考えている」
頷くと、ブランカは黙り込んだ。どうやら、機嫌を損ねてしまったらしい。まずかったかと思ったが。ブランカは顔を上げた。その顔には嫣然とした笑みがある。
「……面白い事を言うわね、あなたは。けど、私が人と結婚したら。魔女ではいられなくなるのを知っていて、言ったの?」
「ああ、以前に調べて知ってはいる。あなたが魔女である事を辞めてでも私を選んでくれるなら。生涯をかけて、幸せにすると誓うよ」
「グリーン、私は魔女をそう簡単には辞められないわ。けど、呪いを解かなかったら。あなたは振り向いてはくれない」
ブランカは泣き笑いの表情になった。けれど、何事かを決めたらしい。すぐに普段の表情に戻った。
「……わかったわ、呪いを解いてあげる。けど、一つだけ条件をつけるわ」
「何だ?」
「浮気はしないと誓えるかしら」
「……ああ、浮気はしないよ」
「なら、決まりね。こちらへ来て」
ブランカが手招きをする。言われた通りにすると、彼女の顔が間近に迫ってきた。チュッと頬に温かくて柔らかな物が当てられる。キスをされたとすぐに気がついたのだった。




