番外編、レミリアちゃんの日常
あたしはある魔術師団長様の使い魔をやっていた。
魔術師団長もとい、ご主人様は名前をグリーン・キアンと言う。年齢は二十八歳だ。
「やあ、ただいま。レミリア」
「はい。おかえりなさい、ご主人様」
あたしが言うと、ご主人様はにっこりと笑う。灰銀色の肩まで伸ばした髪に透明感のある琥珀の瞳。凄く美形の自慢のご主人様だ。魔術の腕も凄腕だし、頭脳明晰だし。武芸の心得も何ならあるんだからね。
誰ともなしに胸中で言ってみる。ご主人様は苦笑いしながら、あたしに近づく。頭を優しく撫でられた。
「レミリア。すずお君に手紙は書いたかい?」
「はい。昨日に書いて送りました」
「そうか。すずお君は君の命の恩人だしね」
あたしにそう言うと、ご主人様はさらに撫でた。心地よくて瞼が重くなり出す。あ、いけない。このままだと人型を保てないわ。あたしは気がついたらポンと間抜けな音を立ててモルモットの姿に戻ってしまっていた。
『……もう、ご主人様!』
「悪かったよ、レミリア。けど、疲れたろう。もう休みなさい」
『はあい』
渋々、頷いた。ご主人様はしゃがみ込んであたしを抱き上げる。やはり、ご主人様は背が高いわね。あの剣士のテッドさんもそうだけど。
「レミリア、明日の朝までは休みなさい。私も疲れたよ」
『わかりました』
「さ、君専用の部屋にまで運ぶよ。行こうか」
ご主人様はあたしを抱きかかえながらゆっくりと歩く。少しずつ、眠くなっていった。瞼がおりて完全に閉じてしまう。あたしは『お休みなさい』と言いながら、眠ってしまった。
翌朝、あたし用の部屋にて目を覚ます。やっちまったわね。そう思いながらモルモットの姿でため息をついた。
(……すずお君、元気にしているかしら)
胸中でポツリと呟く。人型の凛々しい彼やモルモットの際の可愛らしい姿が脳裏に浮かぶ。また、ため息をつく。あー、もう。今は寝床から出て、ご主人様を起こしに行かなきゃ。あたしは寝床からトコトコと出る。さ、ご主人様を起こしに行ったら朝ご飯の準備よ。気合いを入れながら人型になった。
呪文を唱えながら全身鏡の前に行く。少しずつ、背が高くなり手や足も人のそれになる。ちなみにあたしがご主人様の使い魔になったのは今から、六年前だ。それから、毎日の身の回りのお世話はあたしがやっている。そんなことを思い出していたら、既に人型になっていた。
「よしっ。着替えましょう!」
一人で呟くとあたしはクローゼットに行った。肌着類や今日に着るワンピースやらを取り出す。手早く着替える。後は歯磨きやら洗顔やらも済ませ、髪も簡単にブラシで梳かした。最後に鏡でチェックをした。よしっと頷いてご主人様のお部屋へ向かったのだった。
早速、起こしに行く。ご主人様はまだ、夢の中らしい。スヤスヤと眠っていた。
「ご主人様、起きてください!」
「……んん?」
「もう朝ですよ!」
耳元で呼びかけた。あたしはすうと息を吸って一際、大きな声で言った。
「ブランカ様がいらっしゃいましたよ!」
「ええっ?!わ、わかった。起きるよ!!」
かの白の大魔女様の名前を出したら、ご主人様は飛び起きた。布団を蹴飛ばしてベッドから降りる。
「……ふふっ。嘘ですよ」
「……驚かさないでくれよ。心臓が止まるかと思った」
ご主人様は大きく息をつく。あたしはくすくす笑いながらも寝室を出た。キッチンに向かった。
その後、作り置きしておいた黒パンを魔道具のオーブントースターで焼いた。次にベーコンエッグを作ったり、野菜スープを温め直したりと忙しく動く。トースターが鳴ると扉を開けてパンを取り出す。前もってこれも魔道具の冷蔵庫から出しておいたバターやマーマレードジャムを塗った。ベーコンエッグも丁度よく出来上がる。お皿に盛り付けたら、テーブルに置いた。野菜スープも沸騰する直前に魔道具のガスコンロの火を切って器に注ぐ。
「ふわぁ。良い匂いがしているね」
「あ、ご主人様。もうちょっとしたら出来上がりますから。座って待っていて下さい」
「ああ、身支度は済ませたんだがね」
あたしは頷いてから、野菜スープやパンのお皿をテーブルに置く。カトラリーも用意して専用のカゴに入れる。ご主人様は椅子に座るとあたしが同じく置いたカゴからフォークなどを取り出した。
「じゃあ、先に食べるよ」
「はい。召し上がれ」
おどけて言った。ご主人様は野菜スープを飲む。ちなみに昨夜に作っておいた物だ。あたしもエプロンを外して、ついでにカップにハーブティーを淹れた。ミントティーだが。
「ああ、ミントか。爽やかな香りだね」
「はい。朝方にはいいかなと思ったんです」
「うん、いいね」
あたしも椅子に腰掛けた。軽く手を合わせてから、パンにかじりつく。マーマレードジャムはあたしの好物だ。ああ、幸せだわ。そう思いながらも甘酸っぱい味のジャムを堪能した。
「レミリア、朝食を済ませたら。私は王宮に出仕するから留守番を頼むよ」
「わかりました」
頷いたら、ご主人様はスープを再び飲む。しばらくは穏やかな時間が流れていた。