12話
すずお君達はカムイ洞窟を少しずつ進んでいた。
奥に行けば行く程、ペンダントの共鳴が強くなる。最奥にもしかしたらレミリアがいるのかもしれない。
「……すずお。なんか、全くモンスターがいないな。奇妙なもんだ」
「本当ですね。神聖な何かに守られているような感じがします」
「確かに。けど。気は抜かない方がいいでござる」
テッド氏の言葉にすずお君が答え、トレ氏が忠告をする。ピチョンと雫が落ちる音に足音、自分達の息遣い以外は何も音がない。トレ氏の光魔法のおかげで何とか進む事はできていた。
『……グリーン様』
不意にあの少女の声が先程より鮮明に聞こえた。すずお君は声が聴こえた方角を探す。目の前には穴が2つに分かれていた。耳をよく澄ませてみる。左側に行くとより共鳴が強くなった。
「……テッドさん、トレさん。こっちです」
「凄いでござるな。進むべき方向が分かるとは」
「たぶん、ペンダントのおかげだと思います」
すずお君達はそう言いながらも足は止めない。洞窟の最奥を目指すのだった。
何時間が経っただろうか。洞窟の最奥らしき場所にたどり着いた。そこには巨大な身体の長い龍が鎮座している。角が生えていて黒い鱗と灰色の目を持つ。
『……何用だ。人間』
「……驚いた。人語を喋れるのか」
『見くびるな。我はこれでも数千年は生きる身故』
この龍――黒龍は声からすると中年男性と思しき年齢らしい。が、すこぶる機嫌は悪そうだ。
すずお君が目を凝らしたら黒龍の背中の向こうに金の何かが見える。よく見るとそれは黄金の髪をした美しい少女だった。あれがレミリアかと思う。
『……お前は人間ではないな。使い魔か』
「そうですね」
『そうか。なら。何故、人間に与するのだ』
黒龍は答えにくい事をズバリと言った。それでもすずお君は真面目に考えた。
「……白魔女のサンショー様は。人使いは荒いけど。本当は優しい人なんです。一番最初に出会った時に腹を空かせたぼくに野菜や牧草をたくさん分けてくれましたから」
『ふむ。だが。それはただの餌付けではないか?』
「まあ。否定はしませんけど」
すずお君が言うと。テッド氏やトレ氏は「おいおい」と白けた表情をしていた。そうしたら黒龍は口から不意に冷気を吐き出す。いわゆる冷凍ビームだ。3人はいきなりの攻撃ではあったが。後ろに飛び退るなどして何とか躱した。
『くっ。避けられたか』
悔しげにしながらも尻尾で鞭打ち攻撃を今度は仕掛ける。とっさにすずお君は火の中級魔法を放った。
「……彼の者を火の煉獄に。ファイア・パーガトリー!」
『むっ?!』
たちまち、黒龍は炎の檻に閉じこめられた。ゴォッと赤やオレンジの炎が渦を巻く。
「……やったか?!」
「いや。中程度のダメージは与えられたでござるが」
「ぼくの魔力は主の魔力と連動していますから。仕方がないです」
「ならば。拙者も掩撃するでござる。ファイア・カスケード!」
『……ググッ!』
さらなる上級の攻撃魔法に黒龍は唸り声をあげた。すずお君の魔力とトレ氏の魔力により大ダメージは与えられたが。炎が消えて無くなると黒龍はまだ倒れていなかった。
『……人間め。我を本気で怒らせたいようだな』
「なっ!?」
黒龍はすずお君めがけて冷凍ビームを放った。だが、胸元から強く眩い光に包まれる。それはワッカ・ブルーのペンダントから放たれた物だ。
『む。そやつを守るか』
「……ぼくを守ってくれてる?」
ペンダントはきぃんと高く澄んだ音を鳴らす。まるで「そうだ」と言っているようだった。
『ならば。もっと苦しませてやる!』
黒龍はさらに冷凍ビームを口から放った。すずお君は避けたり魔法で防御結界を作ったりして凌ぐ。これでは倒す目途がつかない。どうしたらと思ったら。トレ氏が前に出た。
「……すずお君。拙者が隙を作るから。その間にトドメを刺すでござるよ!」
「トレさん?!」
「行くぞ。テッド!!」
「おうよ!」
「……2人とも」
すずお君は両目から涙が溢れそうになった。けれど右手で乱暴に拭うと再び詠唱を始める。
「……彼の者を火の煉獄に誘え。ファイア・パーガトリー!!」
『……仲間を巻き添えにする気か?!』
すずお君が放った火魔法は黒龍に向かって放たれる。トレ氏とテッド氏は各々が持つ武器で黒龍を岩壁に縫い止めた。トレ氏が尻尾にダガーナイフを突き立ててテッド氏は頭に深々と突き刺していたのだ。2人は早急に退避するとすずお君の後ろに駆け寄る。
『……グアアッ!!』
断末魔の悲鳴をあげながら黒龍はもだえ苦しむ。勢いよく炎が巻き上がる。少し経つとしゅうしゅうと湯気が立ち、辺りに霧状の物が充満した。
「……倒せたのか?」
「どうやら。黒龍は倒せたようでござる。それよりもレミリア殿は無事であろうか」
「そうでしたね」
霧が徐々に晴れていく。すずお君はゆっくりと開けた穴の奥に行った。そこには水晶の四角い柩が壁に埋め込まれている。中には黄金の髪に白い肌、息を飲む程に美しい少女が瞼を閉じた状態で眠らされていた。
「……これは。確かにレミリアちゃんだ」
「そうなんですか」
「む。封印術が掛けられているでござるな。すずお君、拙者と2人で解くとしよう」
「……わかりました」
「後でレミリアちゃんには犯人の目的を聞かないといけねーしな」
テッド氏の言葉にすずお君もトレ氏も頷いた。封印術を解いたのだった。
パキィンッと硝子が割れるような音と白と銀の眩い光が穴の中に満ちた。それと同時に柩の蓋が開く。中から少女の身体が傾いだ。とっさにすずお君が受けとめる。
「……危なかった」
ほうと息をついて少女の身体を抱きしめた。ピクリと額の部分が動き、金色のまつ毛がふるりと揺れる。ゆっくりと瞼が開かれた。現れたのは綺麗なアクアマリン・ブルーの瞳だ。
「……んん。ここは?」
「……良かった。目が覚めたようだね」
「キャッ。あなたは誰?!」
少女は驚いたのか震えながら悲鳴をあげた。
「……落ち着けって。そいつは君を助けてくれたんだぜ」
「あ。もしかして。テッドなの?」
「おうよ。改めて紹介するな。君を抱っこしてんのは白魔女のサンショーさんの使い魔のすずお。俺の隣にいるのがトレだ」
テッド氏が簡単に説明すると少女――レミリアは成程と頷いた。どうやら状況が飲み込めてきたらしい。この後、4人はまずは洞窟を出る事にしたのだった。