10話
トレ氏はテッド氏やクレアさん、ブランカさんに質問攻めにあった。
テッド氏は「トレ。てめえ、今まで何してやがった?!」と問い詰めてくるし。クレアさんは「あなたはどうやってモルモットンを手懐けたんだ?」とか訊いてきた。ブランカさんは「あなた。今頃に来るだなんて。いい度胸しているわね」とか凄んできたが。
トレ氏は顔を引きつらせながらも答えた。
「拙者は実は。さる公爵家の執事をしている故。ご主人様にお暇を言っていたのでござる。ついさっきに半年くらいなら休暇をあげるとか。なのでグリーンの呼びかけに答えられたのだ」
「……成程。そーいや。トレのご主人ってどなたなんだ?」
「……フェレンツェ公爵のハロルド・サーベル様でござる」
「フィレンツェ公爵かよ。また、すげえ高貴な方じゃねえか」
「うむ。フィレンツェ公爵閣下はなかなかに有能な方でござる。1度皆に会わせてくれとかおっしゃっていたが」
そう言うと。テッド氏は目を開いて固まった。
「……トレのご主人が俺たちに会いたいだって。んな事言われてもな」
「いや。テッドだけ会わせてくれとは言ってないでござる」
テッド氏にトレ氏が冷ややかなツッコミを入れる。2人は睨み合った。
「お前。俺にケンカを売るとはいい度胸してんな」
「……それはお互い様でござる」
「ほほう。そう言うか。なら。やってやろうじゃないかよ!」
テッド氏は眉を吊り上げて殴りかかろうとする。寸でのところでグリーン氏とすずお君の2人がかりで止めた。すずお君が殴りかかっていた右腕を掴み、グリーン氏が羽交い締めにする。何とかケンカをやめさせようと2人とも必死だ。
「テッドさん!口ゲンカならぼくは何も言いませんが。殴り合いはダメですよ!!」
「そうだぞ。テッド。すずお君の言う通りだ。落ち着け!」
「本当よ。仕方ないわね。スリーピング」
止めるのにブランカさんも加わる。極めつけとばかりに睡眠魔法をテッド氏にかけた。よく効いたようで彼は1分もしない内に眠りについてしまう。
「……ありがとうございます。ブランカさん」
「いいのよ。いつかのお返しよ、グリーンさん」
「はあ。クレアさんの件では反省しています」
グリーン氏がため息をつきながら言った。ブランカさんはふふっと笑う。
「あら。反省はしているのね。あたしなら口説くのはいつでも歓迎よ」
「……ははっ。なら。またの機会に」
「そう。楽しみに待っているわ」
ブランカさんが言うと。グリーン氏は困ったように笑った。ちょっと大人な雰囲気はすずお君にはまだ刺激が強いらしい。顔を赤らめてしまう。クレアさんやトレ氏は苦笑いしながら目配せをし合うのだった。
夕方になりトレ氏をまじえて野宿をまたする。野草の調達や魚を釣りにグリーン氏とトレ氏が行く。即席釣り竿を器用にもトレ氏は作ってみせた。といっても長めの木の棒にタコ糸を括り付けただけだが。先に何でか持ってきたイトミミズを括り付けて。近くの湖に2人で行ってしまった。それを見送りながらもクレアさんとブランカさんは荷物の整理などをする。テッド氏は夢の中なため、一応は簡単なテントの中に放り込まれている。
すずお君は1人で水の調達に行こうとしたが。心配だとクレアさんが付いてきた。
「……僕は。1人でも大丈夫だよ」
「何を言う。まだ人の姿になって1ヶ月も経っていないだろうが」
「それはそうですが」
すずお君は仕方ないとため息をつく。クレアさんと2人で湖に向かうのだった。
夜になりすずお君はクレアさんお手製のポトフにグリーン氏やトレ氏が釣ってきた魚の塩焼きを食べた。最初は魚を食べるのに抵抗があったすずお君だが。勧められて食べたら。意外といけると気づいた。
「美味しいですね」
「そうか。良かったでござる」
「トレさんって器用なんですね」
「そうでもないでござるよ。あれくらいは普通である故」
「そうなんですか」
魚の塩焼きを食べながらトレ氏は穏やかに笑った。すずお君を見る目は懐かしげだ。
「……昔はよくこうやって兄と釣りに行ったりしたでござる。拙者には妹もいて。花を摘んだりおままごとをしたり。今は兄が家を継いでいるでござるが」
「そうなんですね」
「拙者は元々カイドー国ではなく。ホンシュ国の出身でござる。ソルトがこちらに引っ越す際に頼まれ申した。それで後を追ってコダーテに来たのであるが」
ポツポツとトレ氏は身の上話をする。それによると。トレ氏の本来の名はカワヤ ライゾーといい、今の名は主のフィレンツェ公爵に与えられたらしい。今から20年前に公爵に出会い、執事として雇われたという。それからは魔術士としての修業をして魔法の腕を磨いた。そして10年前からはギルドマスターも兼任するようになったとか。
「……とまあ。こんな感じでござる。すずお君は元は魔族なのであろう?」
「はい」
「魔族を使い魔にして。いつも地上に居させ続けるためには膨大な魔力が必要になる。とすると。普通の人間では不可能だ。それこそ魔族の知を引く魔女でもないとな」
「……トレさん?」
「拙者。いや。私は魔術士ではある。が、実際はこちらで言う所のエクソシストなのだよ。魔族を祓う役割を持っている」
トレ氏は俯く。顔にたき火の灯りが当たって濃い陰影をつける。それがすずお君には不気味に映った。背筋が粟立つ。
「……今は白魔術を得意とする魔女達だから大目に見ているが。いつ黒に堕ちるかはわからない。その時は君達を祓わねばなるまいな」
「……トレさん」
「まあ。今のは冗談でござる。すずお君、怖がらせてすまぬ」
「いえ」
すずお君が首を横に振ると。トレ氏は魚を食べ終わっていた。パチパチとたき火が爆ぜる音が響く中、すずお君は大きく息をついたのだった。
夜中にトレ氏――ライゾーは目を覚ました。やはりクレアとかいう使い魔か。自分を警戒する鋭い視線をひしひしと感じる。
(……お前をいつかは祓わなければならぬ。それは今ではない)
内心でそう告げた。周囲の空気が不意にざわついた。殺気も同時に感じる。
(やはりな。白の大魔女の魔力によって抑えつけられているが。あの魔族は。最上位の魔王と同じ気配を持つ)
そう。クレアはかつて魔族の最高位にいた魔王だ。ライゾーはサンショー嬢の家に入った時からピリピリとした殺気を感じていた。あの時から彼の標的は決まっている。クレアを祓わなければ、カイドー国が危ない。ライゾーもといトレ氏は睨み合いが終わると深いため息をついたのだった。




