1話
あれから1年が経っていた。
すずお君は一回り大きくなっていて重たくもなっている。相変わらず主のサンショー嬢はソルト氏と共に怪しげな薬を作っていた。そんな二人をよそにすずお君は使い魔として白の大魔女のブランカさんに伝達魔法で連絡を取っている。
サンショー嬢が作る薬の材料で足りない物があったら分けてもらったり魔法でわからない所を教えてもらったりもしていた。クレアさんも時折遊びに来てくれていた。
穏やかな日々は続いていたのだった。
そんな初夏のある日、ソルト氏を訪ねて珍しいお客人がやってくる。昔からの知り合いらしい魔術士のグリーン氏と剣士のテッド氏だ。また、同じく知人で遠い親戚筋である隣町のギルドマスターのトレ・カワヤー氏も一緒だった。
「……あ。久しぶりだな。グリーン、テッド。それにトレも」
「ああ。久しぶり。ソルト」
「で。わざわざ来たのは何でだ。言ってみろ。グリーン」
ソルト氏が問いかけると。グリーン氏は肩を竦めた。
「……いや。実はな。私の使い魔が数日前から行方知れずなんだ。テッドと一緒に探し回ったんだが。まだ見つかっていない」
「確か。あのレミリアちゃんか。一体何があった?」
「それは私が聞きたいよ」
グリーン氏はため息をつく。傍らにいたトレ氏も眉を八の字に下げた。
「……拙者にも聞きに来られてな。が、いくら探しても手がかりはろくにない。そこで白魔女殿に頼ろうという話になったのだ」
「成程。まずは。レミリアちゃんが行方知れずになった日の事を聞かせてくれ」
「確かに。そうする必要があるでござるな」
トレ氏が頷く。ちなみに白いものが混じった髪を撫でつけて左目にアンクルを付け、黒い背広にスラックスというシンプルな格好のナイスミドルなおじ様が彼だ。灰銀色の髪に琥珀の瞳の実年齢不詳の美青年がグリーン氏、赤い燃えるような髪に淡い緑色の瞳のワイルドな美男はテッド氏だった。
ソルト氏は白銀色の髪に灰色の瞳の美中年である。濃い藍色の髪に真っ赤な瞳の可愛らしい美魔女がサンショー嬢だ。モルモットでツルッとした感じのすずお君は密かに「ウナギみたい」と評判だが。
さて。グリーン氏はレミリアちゃんが行方不明になった日の事を語りだした。
確か、あれは1週間前だったかな。カイドーのある町で魔導具を買いに行ったんだ。もちろん、レミリアも一緒だよ。
そして魔導具を扱うお店に入って。私は夢中になって買う商品を選んでいた。レミリアは退屈になったんだろうね。
「ご主人様。外で待っています!」と言ってお店を出ていった。私は大急ぎで魔導具を選んで店主に後日届けてくれるように頼んだ。走ってレミリアがいるであろうお店の入口前に行ったが。忽然と姿を消していたんだ。
もちろん、お店の周囲を探索魔術で念入りに探したさ。けど全く見つからなかった。ただ、レミリアが身につけていたペンダントやリボンが落ちていてね。それは拾っておいたが。
その後も私の自宅やかつて訪れた町などにも寄って探しているんだがね。一向に手がかりも姿も見つからなくて困っているんだよ。
グリーン氏はそう言って説明を終えた。ソルト氏やテッド氏、トレ氏も腕を組んで考え込む。それを横目に見ていたサンショー嬢は小声ですずお君に言った。
「……すずお。ここはあんたの出番よ」
『……主。ぼくに何をさせる気でふか』
「何をって。あんた、グリーンさんやテッドさんと一緒にレミリアちゃんを探しに行きなさい。ほら。人型になるお薬もあるわよ」
サンショー嬢はにっこりと笑いながら人型になる薬液が入った小瓶を掲げてみせる。すずお君は毛を逆立てて逃げようとしたが。サンショー嬢は見かけによらない強い力ですずお君をガッチリホールドした。
『あ、主。また飲ませる気でふか!?』
「そうよ。前回は子供の姿だったから。今回は改良に改良を重ねたわ。大人の姿になれるわよ。良かったわね。すずお!」
『全然嬉しくないでふ〜!!』
ヤー家にすずお君の悲鳴が響いたのだった。
その後、すずお君は結局お薬を飲んだ(飲まされた)。立派な青年――18歳くらいの男性の姿に彼はなっていた。またソルト氏に服を借りたが。シャツもズボンも丈が足りない。仕方ないのでテッド氏の服を貸してもらった。
「……はあ。また人型になる羽目になるとは。ぼくは運がないな」
「すまんな。俺やサンショーが行ってもいいんだが。レミリアちゃんのような使い魔の気配は同じ使い魔でないとわかりにくいんだ」
「そうだったんだね。まあ、わかったよ。レミリアさんはぼくが探しに行く」
グリーン氏やテッド氏もすまないと言った。が、サンショー嬢が止める。
「待った。すずおだけだとグリーンさん達に何かと迷惑がかかるし。外にクレアちゃんがいるはずだから。今から頼みに行ってくるわ!」
「えっ。主?!」
サンショー嬢は走って家を出ていく。あ然として男性陣は見送った。
少し経ってから赤毛の一頭の猫を抱いてサンショー嬢が戻ってきた。
『……サンショー様。いかがなさいましたか?』
「クレアちゃん。ちょっと人探しを頼まれてほしいの」
『はあ。人探しですか』
「……実は。そちらの魔術士のグリーンさんの使い魔ちゃんが行方知れずになったの。レミリアちゃんと言ってね。このカイドー国を巡って探しているらしいんだけど。全く見つからないんですって」
『そうでしたか。で。私の出番ですね?』
クレアさんが問うと。サンショー嬢は頷いた。
「ええ。頼まれてくれるかしら。すずおも一緒だけど」
『……わかりました。すずおだけだとサンショー様も心配でしょうから』
「ありがとう。交渉は成立ね!」
ふうとクレアさんはため息をついたが。サンショー嬢の腕からスルリと音もなく降り立つ。カッと赤い光に彼女は包まれる。すぐに背の高い美女が現れた。
「……お任せください。早速、今から旅の荷造りをしますね」
「……すみません。クレア」
「すずおのせいではないよ。まあ、私は今から惑いの森の家に戻るから。荷造りができたら知らせておくれ」
すずお君は頷く。クレアさんは転移魔法を無詠唱で展開した。シュッと音を立てて姿を消してしまう。それにグリーン氏は目を輝かせたのだった。