異世界寿司屋エドガー
「大将!掃除終わりました!」
「おう。のれん出してきな」
「へいっ!」
俺は口下手だからリックをなかなか上手く褒められないがよく頑張ってくれている。
リックは俺が森で傷ついていたのを拾って手当てしたキツネと犬のハーフみたいな見た目のコボルトの少年だ。今は弟子としてこの店で修行中。
手は犬そのものなので寿司を握るのは難しいが俺はこいつの努力家な所が好きだ。
いつかこいつと『日本』に行きたい。
「邪魔するぜぃー」
「おぅ!ハンバーガーくれ!」
「俺はスパゲッティーを山盛りで!」
「へいっ!」
俺の店は魔物の森に作られた王国騎士団の拠点から少し離れた所にある。
冒険者がたまに来るぐらいの店に多くの騎士団員が来てくれるのは嬉しいが、誰も寿司を頼まねぇ。
人気メニューは肉、パン、スパゲッティー……
兵士達は『森にいる金色の獣』の調査か退治が終わるまではここにいてくれるらしい。
それまでは儲けられそうだ。
……でも誰か一人ぐらい寿司を頼んで欲しい。
未だに俺の寿司を食ったことがあるのはリックだけだ。
この辺りには小さな濁った川があるだけで魚がほとんど手に入らない。
いつかは海辺の町で店を開けるほど貯えが欲しい。
「ワインくれ!」
「こっちもだぁ!」
「あいよぉ!」
日本酒も誰も飲んでくれないな。
何年もかけてこの土地で稲作してきたのにな。
「……」
金髪の女騎士が引き戸を強く開け姿を現した途端に賑やかだった店が静かになる。
リックもお盆を持ったまま固まっている。
この女の『倒気』とやらは凄まじく、睨むだけで魔物を倒せるらしい。
職人は板場にいれば全員最強の勇者だ。俺には効かない。
いつもは繁盛時には来ないのだがな。珍しく早く来たな。
「ガブスの丸焼きをくれ」
「ありがとうございます!」
ガブス……濁った川に住む泥臭い魚。この女は何故かこの魚を好む。
注文だから仕方ないが、焼いたぐらいじゃこの魚の泥臭さは取れないんだがなぁ。
もっと美味しく食べて欲しいなぁ。
「おい!エディ!今日の貴様はなんだ!」
「いてっ!すいやせん!」
「それにクラウド!貴様は回復魔法の詠唱を間違えたな!?貴様のせいで死人が出たらどうする!?」
「……申し訳ありません」
女の公開説教が始まってしまった。怒りによって倒気とやらが溢れているのか次々と兵士が倒れていく。これは営業妨害だな。
「お客さん。ご注文品は拠点に私が届けますので今日はお引き取りを……」
「……誰に口を聞いている?」
おめぇだよバーカ。とは客には言えない。ここはうまい飯を楽しく食う店だ。暴力も失神もご勘弁。
「贔屓にしてやったのに恩知らずな。私に生意気な口を聞いたことを後悔させてやる!」
「お引き取りを」
「……なぜ私を恐れぬ!?貴様ら!帰るぞ!そして今後この店に来ることを禁ずる!」
「えーっ!」
リックが動揺するのも分かる。兵士たちが来なくなったらまた暇で借金が少しずつ増える生活の再開だ。
「ってことはこれからは毎日携帯兵士食?あんな乾燥した味のない飯やだよ……」
「文句を抜かすな!ガブスの丸焼きだけは許可する」
(もっとやだよ)(あれ泥臭ぇもんな)
『帰りたくないけど帰らないと怒られる』そんな空気になって困っている様に見えたので俺は兵士達が帰りやすい様にこう言った。
「みなさんお帰りですか?今日は私のせいでみなさんに不快な思いをさせてしまいました。お勘定は入りません。またのお越しを」
この日を境に本当に兵士たちは店に来なくなった。
・
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「……唐揚げできた?」
「こっちのパエリヤは?」
「へい。出来てますよ」
何日か経ち、兵士飯に堪えられなくなったのか裏口から兵士達がやってくるようになった。
だから家は寿司屋であってテイクアウト専門の弁当屋じゃないんだよ……。頼まれたら作るけどね。
「ちょっとつまみ食い。へへへやっぱ大将の唐揚げはうめぇや」
「寿司も頼んでくれると有りがたいんですがね」
「いや。寿司はいいや」
「……」
「いつかまた堂々とここに来れるといいけど……隊長が代わらないうちは無理だなぁ」
『俺がなんとかしますよ』と喉まででかかったが、
飲み込んだ。
あまり無責任な事をは言いたくないし、あの女が確かな舌を持ってるとは限らない。
さぁ『勝負』だ。
・
「ほらな?やはりガブスは丸焼きに限る!これこそ至高!これしかないのだ!」
深夜。女が店に来てガブスの丸焼きを頼んだ。
俺は女に勝負を挑んだ。
『丸焼きより美味いガブス料理を俺が作れたらまた兵士達がここに来れるよう許可してくれ』と。
さて。どうなるかな?美味いかどうかは女が決める。こいつが意地でも美味いと言わなければ俺の敗けだ。
こいつは性格は悪いが、悪人ではないと思う。
職人の勘だがな。
「貴様も他の国の奴等と同じように私が悪魔だと思うか?だが、これは私の優しさなのだ。全員平等に厳しくして全員強くする!そうすれば戦闘で生き残る可能性が高くなる!違うか!?」
「貴方が悪魔?私にはただの美しい女性に見えますがね。だが後半に関しては同意しかねます」
「ふふ……ふざけるな!美しい女性!?貴様!……この……はずかし……そうでなくて!私のやり方が間違っていると言うか!?」
女は顔を赤くして叫んだ。出来るだけ丁寧に返したつもりだったが怒らせてしまったか。
「みんな同じに鍛えたらいいってのは違います。あなたは固定観念に囚われすぎだ。十人十色。全員同じでいいってのはハッキリ言わせてもらえば手抜きです」
「おのれ。たかが料理人が我が国の伝統を否定するか……これは何だ!?」
「ガブスの寿司です」
「ふざけるのもいい加減にしろ!生じゃないか!泥臭くて食えぬ!骨だらけで寄生虫もいる!正体を現したな!いいぞ!これで勝負ありだな!貴様の顔に吐き出してや……る?」
女は寿司を口に含んで俺にそれを吐き出そうと前のめりになったが、ゴクリという音がハッキリと聴こえた。
飲み込みやがったな?
「……美味いぞ?しまった!」
勝負あり……だな。
「ご安心を。寄生虫も骨も心配ありません。生け〆にして酢に浸してピンセットで味の邪魔になるものは取り除きました」
俺だってガブスの調理法を調べたんだ。ここで取れる数少ない魚だからな。
「こちらも召し上がってください」
「……ふわぁ」
美味いと思ってるのは顔を見れば分かる。可愛い顔も出来るじゃないか。
「なんだこの食感は?口で身がほぐれたぞ。何をした?」
「包丁で少し切り込みを入れただけです。硬いガブスの身が噛みやすくなってコリッとした食感があるでしょう?」
「包丁。たったそれだけでこんなに変わるのか?」
「へい」
それだけって言葉で済ませられる程簡単な技術ではないが今はこれでいい。
それからも切り方を変え身を変え米を変え味付けを変え俺に出来る限りの『ガブスの寿司』を女に食わせてやった。
「ぶはぁ!日本酒とやらも美味い!酒は酒。食い物は食い物だと思っていたがこの組み合わせはお互いの美味さを高めあっているな!」
「ガブスの寿司だけでこんなに種類がある。人間だってそうじゃないと思いませんか?どう活かすかは職人次第です。あなたも兵士という食材を活かす職人なんですよ」
「……ふん。生きた人間と殺した魚を一緒にしおって。そう言われても伝統を変えるってのは勇気がいる……」
「お気持ち。分かりますよ」
俺だって本来はサーモンもカツオも握らない生粋の江戸前寿司職人だったが、今ではサーモンどころかハンバーガーや唐揚げを作っている。
リックを弟子にする時も躊躇った。
江戸前寿司の世界にコボルトを入れたくなくて「諦めろ」と怒鳴ったこともあった。
「リック。握ってみな」
「えっ!?いいんですか!?大将」
「自信を持て」
「へいっ!」
「お……おいおい。寿司は手で握るのだろ?こんな毛むくじゃらに寿司が握れる訳がない」
「そう思ってましたよ。私も。見てください」
「それはクリスタルホークの皮か!」
クリスタルホーク。透明な翼を持つ美しい鳥のモンスター。その翼を薄くフィルム状にしてその上に酢飯と身を乗せてフィルムごと握る。
こうすれば毛も気にしないで握れる。
ビニール手袋みたいな物だ。
「お待ち!」
「うーむ。この男ほどではないが貴様の寿司も美味いぞ!」
「ありがとうございます!」
リックは本当に嬉しそうだ。そうか。寿司を客に誉めらるのは初めてか。
「だが。クリスタルホークの翼なんてどうやって手に入れた?あれは私たち数人で挑んでも手を焼く強さのモンスターだぞ?」
そうだったのか?魚以外の食材の仕入れはリックに任せてある。
リックが倒して?まさかな。仕入れルートがあるのだろう。
「お前ら二人には分からされてしまったな。私の敗けだ。そうか。しかしこれからどう奴等と接すればよいか私には分からぬ」
「ツマになって下さい。それが一番ですよ」
「……ツマ?」
「そうです」
あくまで主役は刺身(兵士)だ。俺たちはおまけのツマでいいんだよ。
「私にいきなりプロポーズとは恐れ入る。よかろう。約束通り兵士達のこの店への立ち入り禁止例は解除する。それが私の隊長としての最後の仕事だ。寿司屋の妻か。今までのどんな戦場よりも大変そうだ」
「……ありがとうございます?」
よくわからないがまたこの店に活気が戻るのなら言うことはない。
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。よろしくな!」
何を?
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俺の店には客が戻った。
「なにぃ!?焼き肉定食だとぉ!?貴様!私の主人の寿司が食えないというのか!?」
「すみません!隊長!」
「やめねぇか!注文もろくに取れないのか!すいやせんお客さん。焼き肉定食ですね?かしこまりました」
「でもあなた!」
「でもじゃねぇ!それにお前はもう隊長じゃないだろ!お客に貴様とか言うな!あと倒気を出すな!」
騎士団の隊長の女は退団して俺に嫁いできた。意味が分からなくてはじめ断ったが女の名は前を聞いて俺は結婚することを決意した。
女の名前は『シャリー』。こんなに寿司職人の嫁に相応しい名前があるか?
しかし金髪に割烹着は似合わないなー。言ったら怒られそうだから言わないが。
「あんたー!ケバブとシェリー酒!」
「あいよー!」
相変わらず寿司と酒は注文されないけど俺は幸せだ。可愛い弟子に可愛い嫁。それにシャリーのお陰で仕入れルートは増えたしな。
シャリーは『私が金を出すから帝都に店をだそう』と言ってくれたが男としてそんな格好悪いこと出来ない。
自分の店ぐらい自分の金で出さないとな。
『金色の獣』は倒すどころか情報すらほとんど手に入らないらしい。噂では凶暴で恐ろしい顔をしているらしいが……そんなやつこの森にいるかな?
彼らには悪いが見つからない方が客が減らなくていい。
「おーいリック!大根を桂剥きにしておいてくれ!」
「ヘイッ!」
リックは金色の毛を揺らしながら店を走り回る。
そろそろ簡単な料理ぐらいつくらせてみるかね……ん?金色?