「なんでですか。タンクトップのマッチョがマシンガンを乱射してるんですよ」
新名神高速道路、土山サービスエリア。
深夜のフードコートの一角で、春斗はぐったりとしていた。机の上には併設してあるコンビニエンスストアで買ったホットコーヒーと肉まんがある。
「5時間前はあんなに元気でしたのに」
その前には、同じホットコーヒーを飲んでいるメイドがいた。
「メイドー、運転代わってくれー。桂川……いや、大津まででいいから」
「構いませんが、わたくし、ミッション車は自動車学校を卒業して以来乗っていませんよ」
「じゃあやめとこうか」
「こすりますね、このやり取り」
休憩の度にこのやり取りをしていたのだった。
春斗は福岡にある実家まで帰省をしていたのだった。自宅を出てからおよそ5時間。疲労がだいぶ蓄積されてきているが、まだ行程の半分にも達していない。
「ですから新幹線でお帰りになればよろしかったのに」
「新幹線で帰ったところで、実家の周りには公共交通機関がねぇからな。毎回母ちゃんの軽四借りるわけにもいかんし」
実家には両親の車が1台ずつある。が、父は通勤に使っているし、母も買い物などに使っている。それに、母の軽自動車はだいぶ年期が入っているので、あまり運転したくないところだ。
「新名神も昼間ならのどかな景色でいいんだけどな」
「あいにく夜中ですね」
15時に早番が終わった後、仮眠を取って、21時に自宅を出た。というわけで、今は夜中の2時である。眠気も少し出てきているが、もう少し距離を稼いでおきたいところだ。コーヒーを飲み干す。
「しゃー。メイド、そろそろ行くか。寝るときは寝るって言ってくれよ。勝手に寝落ちは無しだ」
「それぐらいは心得ていますよ」
道中の飲み物にペットボトルの緑茶を補充して、車に戻る。菜摘は助手席に。サービスエリア内のガソリンスタンドで燃料を補給して、帰省を再開した。
山陽自動車道、三木サービスエリア。
春斗が目を開けると、周りは明るかった。カーナビの時計で時刻を確認すると、朝7時。3時間程度の仮眠を取れたようだ。だいぶすっきりしている。
助手席に目をやると、菜摘が寝息を立てていた。彼女は京都の辺りで眠りについた。そこからは1時間ほど一人で運転していたのだが、話し相手がいなくなったのと、菜摘が寝たことでカーステレオの音量も下げたので、眠気が限界に達した。ちょうどよく差し掛かった三木で仮眠を取ったのだった。
菜摘は目つきこそ悪いが、こうして寝ていると可愛く見える。減らず口をたたかないので余計にだ。彼女は口や態度で損をしていると思う。
今回、菜摘と一緒に帰省しているのは、帰省の間、彼女に行く当てがないといった、至極単純な理由である。一週間ほど一人でいさせるのもなんだし、普段色々やってくれているので、慰安旅行も兼ねて連れて行くことにしたのだった。
寝起きのコーヒーでも飲みに行こう。春斗は扉をそっと開けて、自動販売機コーナーに向かう。菜摘が寝ているので、鍵はかけ直しておく。鍵の音で菜摘が起きたら起きたである。
今日は平日なので、駐車場では営業車やトラックが行き来している。建物の中にいるのも、作業着やワイシャツ姿の男がほとんどだ。ミル挽きのカップコーヒーを買って、一息つく。
女性と一緒に帰省。ふと、昔のことを思い出した。数年前に付き合っていた女性のことを。
彼女とは本気で結婚を考えていて、両親に紹介するつもりで一緒に帰省していた。あのときはサービスエリアの度に立ち寄らされていたから、めちゃくちゃ時間がかかった記憶がある。ホットスナックやお菓子を食べてばかりいた。懐かしい思い出だ。
コーヒーを飲み干して、車に戻る。やはりというか、菜摘は目を覚ましていた。
「おはようございます、貴方様」
「ああ、おはようさん。すまんな、起こしたか」
「ええ。わたくしが寝ていますのに扉を開けて鍵を閉めるんですもの。エンジンも切られてましたし」
「人が寝てるのに鍵開けっ放しにして車を離れられるかよ。とりあえず飯でも食いに行くか?」
「そうですね。さすがにお腹が空きました」
「うどんでも食うかね」
メイドを連れて、建物に戻る。めちゃくちゃ周りからは浮いていると思うが、もう慣れてしまった。
フードコートできつねうどんを2つ注文する。うどんはすぐに出てきた。何の変哲もない関西風のうどんだ。
「なかなかいけますね」
「最近はサービスエリアの飯も良くなったな」
何の変哲もないうどんであるが、朝のサービスエリアという非日常がスパイスになっているのか、少し美味く感じる。
「ここからどれぐらいかかりますか?」
「調子よくて6時間ってところか」
「運転代わりましょうか?」
「ミッションは車校出てから乗ってないんだろ? いいよ、頑張るわ」
「元気になられましたね」
「応援でもしてくれたらいいよ」
うどんを食べ終えて、食器を返却口に戻す。菜摘の飲み物のミルクティーも補充。
「どう応援しましょう? がんばれ♡がんばれ♡みたいな?」
急に菜摘の声色が変わる。媚び媚びのアニメ声。なんだかぞわっとした。
「うわっなっちゃんが出てきた」
「うわっって何ですか、うわって」
トイレを済ませて、車に戻る。ガソリンを補充して、再出発。あと半分。目標は昼過ぎに到着。メイドに応援されながら、頑張るとしよう。
山陽自動車道、倉敷ジャンクション付近。
「こういう夢だしもう一度会いたい、いつか♪」
菜摘は歌が上手かった。スマートフォンの音楽アプリから流れていた懐メロであったが、完璧に歌いきっていた。
「ほんとメイドは歌上手いな……」
「歌って踊れるメイドでございますから」
「踊れるのか」
「踊りましょうか?」
「やめろやめろ、危ないだろ」
助手席で踊られてはたまったものではない。
「それにしても、スマホと無線で直接繋げられないんですね、このカーナビ」
今はスマートフォンとトランスミッターを無線接続して、そこからカーナビに飛ばしている。
このカーナビには無線接続の機能がない。このクルマには10年乗っているが、買ったときからカーナビはそのままだ。最近はもっぱらスマートフォンのナビアプリを使用している。カーナビはカーステレオ専用のようなものだ。
「無線が一般的になる前のやつだからな。地図も古いし」
「困らないんですか? 山の中とか川の真ん中とか走ったりしません?」
「カーナビに頼りすぎると野生の勘を失ってしまうんだ」
父の持論であったが、確かにそれも一理あると思ってしまう。
「いや、運転に野生の勘は必要ないでしょ」
「この車線は右折専用になりそうだから左に寄っとこうとか」
「最新のカーナビはそれを言ってくださいますよ」
「この先は混みそうだから迂回しようとか」
「最新のカーナビはそれを言ってくださいますよ」
「前にいるこいつは変な動きしそうだなとか」
「それはカーナビ関係ないのでは?」
珍しく突っ込まれる側になってしまった。まぁ、これはこれで悪くない。
左手にスーパーマーケットが見え、車線が増える。ジャンクションだ。
「では、貴方様は何を歌われますか?」
「……カラオケも飽きたな」
歌は得意ではないうえに、このメイドの後はやりにくいところだ。口ずさむ程度で済ませてほしい。
「お逃げになられましたね」
「なんとでも言えい」
「わたくしはどうやって暇を潰せばよいのでしょうか」
「前の車のナンバープレートの数字でも足してろ」
「21ですね」
「わざわざ777にするかね。希望ナンバーはよくわからんわ。特定されやすくなるしな」
「特定うんぬんでしたら、貴方様も大概と思いますが」
確かに、車種で特定されても仕方ない気がする。最近は滅多に見なくなったのだから。
「でも貴方様のお名前が一郎でしたら16になさるでしょう?」
「確かに。51というのも有りだな」
「畏れ多いからと52にはしないんですか?」
「それは野球がうまいファンの番号だよ」
ジャンクションを抜けて、車の流れも落ち着いた。
「暇つぶしに、かっこいい言葉しりとりでもしませんか?」
「かっこいい言葉しりとり?」
「かっこいいと思ったセリフでしりとりをするんです。いきますよ。『ここは俺に任せろ』」
「急に始めやがって。しかもベタなやつだな。……ろ、か……」
かっこよさそうな言葉を必死に考える。漫画や映画の記憶を辿ってみよう。
「……『肋骨の一本ぐらい』」
「確かにバトルものだとよく肋骨が折れますものね。『いいから先に行け』」
同じ人が言っているような気がする。同じようなシチュエーションだ。
「うわ、それ死ぬやつじゃん。け……『喧嘩なら負けたことがねぇんだ』」
「不良キャラが強敵に根性で一矢報いたときのやつ。『だから言ったんだ』」
「戻ってきたらやられてるよ。しかもかっこいいかそれ? えーっと、『誰でもいいからかかってきやがれ』」
「囲まれてますよ。れ……『連射じゃあ!!』」
「いや、かっこよくない。かっこよくないぞそれ」
「なんでですか。タンクトップのマッチョがマシンガンを乱射してるんですよ」
「それはかっこいいというか爽快だよ。それにタンクトップのマッチョは~じゃあとか言わねぇだろ」
タンクトップのマッチョがマシンガンを乱射している映画に外れはないのだが、かっこいいとは言い切れない。
「でしたら爽快な言葉しりとりでも」
「お前しりとり好きだな!?」
実家まであと5時間。
贅沢言わないから深夜のサービスエリアでメイドさんと一緒にうどんを食べたい。