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「えっと、幼馴染をやりに来ました!」

 ある日の夕方。台所からは揚げ物の音が聞こえてくる。菜摘が急に唐揚げを食べたくなったそうで、少し前から揚げ始めている。家で揚げ物なんか、一人だと絶対しないので、珍しい環境音だ。

 夕方のワイドショーを流しながらスマホを触る春斗だったが、インターホンの音がした。

「貴方様、申し訳ございませんが出ていただけませんか? わたくし、揚げ物をしていますので」

「あいよ」

 立ち上がって、モニターをちらっと見る。

 そこには、セーラー服を着た女がいた。そわそわと目を泳がせている。

 嫌な予感がする。

「……居留守、使えないかな」

 だが、この部屋のドアには明り取りのすりガラスがあり、そこから照明が外に漏れている。居留守は難しいかもしれない。そうこうしているうちに、インターホンがもう一度鳴った。対応しないといけないようだ。

「……どちらさま?」

 ドアを開けると、玄関先に立っていた女は安堵のため息をつき、笑顔を浮かべた。

「えっと、幼馴染をやりに来ました!」

 ドアを閉める。すると、女は慌てて扉を開けてきた。

「な、な、なんで閉めるんですかぁ!?」

「閉めるに決まっとるわ! 出会って5秒で幼馴染を名乗りやがって、野良幼馴染かお前は!」

「は、はい! そうです! わたし、野良幼馴染の三奈木晶子みなぎ あきこっていいます!」

 野良幼馴染も実在した。菜摘がのたまっていた、野良妹や野良ママも実在するのかもしれない。

 晶子はセーラー服の冬服を着ていて、黒髪のポニーテール。確かに高校生のような服装であるが、彼女の容姿そのものは大学生といったほうが的確だ。正直なところ、少しキツい。

「お願いします! 幼馴染をやらせていただかないと、わたし、わたし……」

「やるもんじゃないだろ、幼馴染って……」

「騙されたと思って……」

「いやもう騙されてるよ。じゃあいいよ、やってみなよ」

 付き合ってやらないと帰りそうにない。というか、菜摘のせいでこういったことには慣れてしまっている。

「いいんですか? やったぁ! では、失礼して……」

 晶子はドアを閉めると、インターホンを押した。

「はいはい」

 ドアを開ける。そこには、笑顔の晶子がいた。

「もう、学校サボっちゃダメだよ! ほら、今日のプリント! 明日はちゃんと出てきてよね!」

 学校をずる休みしたからプリントを届けに来た幼馴染、という設定のようだ。晶子は唇を尖らせながら、鞄の中からクリアファイルを取り出す。中には幼馴染の料金表が入っていた。端のほうには二次元コード。

「……悪くないな」

 見ず知らずの女ではあるが、幼馴染ムーブそのものは可愛かった。堂に入っている。

「でしょう? あ、これ、幼馴染料金表です」

 料金表に目を通してみると、朝起こしに来る、3000円。手作りのお弁当を一緒に食べる、8000円。夕方、一緒に帰る、10000円。相場がわからない以上、なんとも言えない。

「他の設定は事前に相談のうえで……」

「なんというか……パパ活みたいなやつだな……」

「予約制ですので、どうかひとつよろしくお願いします。このアカウントを友だち登録お願いします」

「○△□ちゃん、よかったらご飯食べていかない?」

 話を聞いていたのか、菜摘が乗っかってきた。エプロンで手を拭きながらこちらへ来た。

「あっ、メイドさんだ! わたし、初めて見ました!」

 どうやら仲間ではなかったらしい。野良メイドと野良幼馴染、似たようなものと思ったのだが。

「いやいや、そんなお母さんみたいなムーブしなくていいから」

「〇△□様、よろしければお食事でもいかがでしょうか?」

「メイドムーブもいらない」

「あの……」

 晶子がひそひそ話を持ち掛けてきた。耳を貸してやる。

「彼女さんですか? め、メイドプレイなんですか?」

「違うわ! プレイ言うな!!」

「わたくし、野良メイドでございます」

「野良メイド……聞いたことありませんが、何か胡乱な響きですね……」

「野良幼馴染が言うか、それ」

 すると、晶子のほうから腹の音が聞こえた。

「あ、あの……」

 晶子は恥ずかしそうに腹を押さえる。

「さっきの、お食事のところ……よろしければ、無料でサービスさせていただけませんか?」

 料金表に目をやる。一緒に食事となると、普通なら8000円は取るようだ。これはお得なのかもしれない。

「……いやいやいや、タダ飯じゃねぇかよ。騙されるところだった」

「お願いします! ここ二日間、おにぎりとカップ麺しか食べてないんです!」

「職人の兄ちゃんみたいな食生活だな……」

 ちら、と菜摘に目をやる。いつも通りのポーカーフェイスだ。

「……いいよ。食べてけよ」

 放っておくわけにもいかない。我ながら甘いことだ。

「ありがとうございます! あなたはわたしの命の恩人です! 超人です! 神です! 超人の神です!!」

「言い過ぎ、言い過ぎ……」

「知性要素が眼鏡しかなさそうな神でございますね」

 このメイド、超人プロレス漫画を読んだのだろうか。

「では、お呼ばれします。おじゃまします」

 晶子はローファーを脱いで、部屋の中に入った。リビングのちゃぶ台には、大皿に盛られた唐揚げと千キャベツがある。菜摘はご飯とみそ汁をよそいに行っているようだ。

「あ、唐揚げだ……。唐揚げなんか、ここ最近は3割引きか半額のシナシナになってるやつしか食べられませんでした……」

 晶子は心底嬉しそうだ。確かに美味そうな唐揚げである。

「えっと……ちょっと脚開けて座りましょうか?」

「いいよ、そんなつい無防備になっちゃう幼馴染しなくても。それだと俺が『み、見えてるから……』って恥ずかしそうにしなきゃならんだろ」

「幼馴染というよりは、少年を誘惑してくるお姉さんですね。貴方様、そんなご趣味が?」

 菜摘がご飯とみそ汁を持ってきた。晶子のぶんは食器がなかったのか、カレー皿と丼ぶりだ。

「あったとしたらどうするんだよ。お姉さんメイドでもしてくれるのか?」

「あ、近所のボーイッシュな幼馴染が罰ゲームでメイドの格好をするのはいいと思います!」

「ボーイッシュな幼馴染はメイド服着ても誘惑しないだろ。しょうもない話しないで、さっさと飯食うぞ」

 右手には菜摘、左手には晶子。両手に花であるが、素直に喜べないところだ。

『いただきます』

 唐揚げを食べる。美味い。菜摘の料理の腕は本物である。

「うわっ、美味しい! これ、お店に出せますよ!」

「唐揚げはまずく作るほうが難しいですよ」

 そうは言うものの、菜摘はなんだか嬉しそうだ。ドヤ顔がそれを物語っている。

「そういうのをさらっと言えるの、いいなぁ……。料理上手な幼馴染は有りだと思うんですよ……」

「幼馴染ケータリングでもやったらどうだ? 作りすぎちゃったってやつで」

 作りすぎちゃったからどうぞ。そんな幼馴染は有りかもしれない。いや、幼馴染というよりはお隣の若奥様だ。

「いい案だと思いますが……わたし、家庭科は小学生の頃からずっと③でして……」

「コメントしづらいな」

 可もなく不可もなくというのはキャラ的に弱い。というか、このご時世、メシマズキャラはあまり受け入れられないかもしれない。

「幼馴染やるなら、セーラー服はもうやめたほうがいいんじゃないか?」

「……やっぱりキツいですか? 27にもなってセーラー服は……」

「うん、それはキツい」

 とはいえ、晶子は20歳前後だと思っていた。だいぶ幼く見えるようだ。

「セーラー服にこだわらなくても、大学生幼馴染もいいんじゃないの?」

「進学先でかつての幼馴染と再会して昔は全然意識してなかったのに女を感じてしまいドキッとしてしまうやつですね」

「お前幼馴染のことになると早口になるな……」

「だって商売道具ですから! それに、幼馴染はわたしの憧れなんです!」

 晶子の言葉には熱がこもっている。その傍らで、菜摘は食器を片付けていた。

「幼馴染って、だいたい負けちゃうじゃないですか。ずっと主人公の近くにいたのに、ポッと出のヒロインに取られちゃう。そんなの、かわいそうです。報われないですよ」

「まぁ確かに。でも野良幼馴染はポッと出だぞ」

 痛いところを突かれたのか、晶子は頬を膨らませた。

「それはそれ、これはこれです!」

「便利な言葉だなぁ……。まぁなんだ、幼馴染を続けるかどうか、人生について考えるときが来たんじゃないか?」

「そうですね……。幼馴染、いつまで続けられるでしょうか……」

 菜摘が戻ってきたところで、晶子は姿勢を正した。

「お兄さん、メイドさん、今日はありがとうございました。久々においしいものを食べられましたし、勉強になりました」

「お役に立てたんなら何よりだよ」

「これからは女子大生幼馴染としてやって行こうと思います!」

「取り入れるのそこかよ! まだ続けるのかよ幼馴染!」


 数日後。春斗は職場の休憩室で缶コーヒーを飲みながらスマートフォンを触っていた。すると、おもむろに後輩が話しかけてきた。

「春さん春さん、知ってます?」

「何をだ」

「最近、この辺で幼馴染サービスってのをやってる子がいるらしいんすよ!」

 完全に晶子だ。営業は続けているらしい。

「基本は『進学して久々に再開した幼馴染』らしいんすけど、リクエストには応えてくれるらしいっす」

 女子大生幼馴染を取り入れてる。さすがにセーラー服は諦めたようだ。

「セーラー服着てもらって、高校の幼馴染とかやってくれないすかねぇ」

「女子大生幼馴染やってる人がセーラー服は、だいぶキツいんじゃねぇか?」

「いや、俺、そういうの好きなんすよ」

「おもむろにキツめの性癖を晒すなよ。なんなら一度試してみたらどうだ? ガチ恋するかもよ」

「それが怖いんすよね。俺、幼馴染キャラは好きなんすよ」

 こんなところに上客がいた。頑張れ、野良幼馴染。そんなエールを送りながら、缶コーヒーを飲む春斗であった。

「……いや待て、綺麗な感じで終わろうとするなよ」


 幼馴染サービスが男女問わずにコアな人気を得るようになるのは、また別の話。

贅沢言わないから無防備に座ってるから下着が見えそうになってて「別に見るなら見れば。減るもんじゃないし。あたしとあんたの仲じゃねーか」ってからかってくる幼馴染が欲しい。

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